31.建国記念舞踏会の悪魔②
そして迎えた建国記念舞踏会1日目。
「うわあ……!」
思わず、クリアは馬車の窓から歓声を上げた。
建国記念行事に湧くネフライト王国王城は、昼より明るく輝いていた。いつも王立学園から塔の一部が見えていたが、クリアがこんなに城へ近づいたのは初めてだ。
幾千ものロウソクの黄色い灯りが、幾百もの窓から漏れていた。辺りは艶のある布の正装や色とりどりのドレスを纏い、慎重に馬車から滑り降りる紳士淑女で溢れている。
クリアはこの日、蜂蜜色のバッスルドレスを着ていた。ノースリーブの片方の肩から胸元にかけて、星屑のようなビジューが付いている。バッスルドレスはこの時の夜会の流行で、お尻の部分を専用のペチコートで膨らませたシルエットのドレスだ。
ベージュ色の髪は編み込み、クリアの素材の良さを引き立てるべく後れ毛は出さない。オレンジ色の瞳は灯りを反射しキラキラと輝いていた。アニメと同じ装いである。違いは、身につけているアクセサリーが色石ではなく、磨き上げた銀細工であることだが、これは意図して準備している。
馬車から王城の入り口へ降り立った瞬間から、多数の視線を感じる。
今宵のクリアのエスコート役はサンブリング男爵で、夫人も同行してくれている。サンブリング男爵家は王都にタウンハウスがないため、二人は知り合いの貴族宅に滞在している。クリアもそこで準備をさせてもらった。
薄茶色の髪の少し下腹の出ているサンブリング男爵は、堪らずと言ったように息を吐いた。
「こんな機会に恵まれるなんて……」
「これでほんの少しは、バーリーの父がご迷惑をおかけしたものを返せるでしょうか」
「クリア。そのことはもういいと何度も言っているじゃない」
上品で小柄な女性、サンブリング男爵夫人マーガレットは言った。
「私たちまで貴女の『回転ブランコ』の栄誉に預かって、一生の思い出ができて嬉しいわ。だけど、貴女が気にしていることやサンブリング男爵家のために……自分の心を捨ててまで無理をする必要はないのよ。私たちは貴女のことをもう本当の娘みたいに思っているの。それだけはどうか、忘れないで」
マーガレットの言葉に男爵も頷く。要は、今日は出会いの絶好の機会でもあるが、無理をしてまで高位の貴族を狙うことはないと言っているのだ。
二人の気持ちにクリアは胸に迫るものがあった。
ぞろぞろ舞踏ホールに向かいつつ、廊下の分かれ道で物珍しさのあまり横目で周囲を見渡す。
ふと、50代くらいのかなり高貴な身なりをした男性が休憩室に入り、後を二、三人の男性たちが追っていくのに気づいた。
(これらの部屋は、一般的に……舞踏会の途中で良い感じになった男女が「二人きりで使う部屋」。こんな時間から人が、しかも男性たちが集まっていることには、違和感がある)
年齢がそれなりにいっているあの紳士は、体力温存のためあらかじめ休みたいのかもしれない。サンブリング男爵はそう判断したようで、何も言わなかった。
しかし。
男たちのうち、最後にドアを閉めようとした一人がクリアの存在に気づくと、上から下まで舐めるように見たのだ。サンブリング男爵がクリアを庇うように背中に隠したが動じず、むしろニヤニヤと口元をだらしなく緩めながら室内へ消えていった。
「……けしからんな。クリア、マーガレット、ホールに着くまで私から離れないように」
「お父様……話の途中ですが、おそらく道が間違っています。手にしているそれは多分、用具入れのドアです。向かうべき扉はあちらかと」
「!? 用具入れなのにこのドアの立派さ!?」
「全く、どっちが保護者なんだかねえ……」
サンブリング夫人は苦笑いしながらため息をついた。サンブリング男爵こそ、本物の天然キャラだった。
これから始まる長い夜を前に、クリアはつかの間家族との楽しい時間を味わっていた。




