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29.回転ブランコ②

「わたしは、わたしがラネージュ殿下と一緒にいたいから、一緒にいるんです」


 クリアは気持ちそのままを言った。

 この頃にはきっと、分かっていたから。ここがアニメ映画の世界であっても、ヒロイン・クリアではなくクリアとしての素直な気持ちを伝えても、ちゃんと応えてくれる人がいることを。


 今度はラネージュが目をぱちぱちする。しばしの沈黙ののち、照れた頬を隠すように視線を逸らしたままボソリと言った。


「ーー言い方が悪かったわね。わたくしが、貴女が舞踏会で、適正に貴女の魅力が評価されているところを見たかったから、そう言ったのよ」


 そのままラネージュは観念したように言う。


「あと、一度お友だちとやらとダンス練習をするのが夢だったから」

「ん? 王女様って今まで友だちいなかったの?」

「っ、うるさいわね! 折角だからワルツ以外にも複数人で踊れるカドリールもやってみましょう。フォッグ(あなた)! 早速準備なさい!」

「え、俺いま王女様の中で立ち位置どうなってるの」

 

 大袈裟に肩をすくめて引いた顔をするフォッグに、クリアはラネージュと顔を見合わせ、笑い出してしまう。


 それからは三人で色々なダンスを踊りーーラネージュが大国のダンスを披露してくれたり、クリアが知識でだけ知るダンスを解説したりして(フォッグが試そうとしラネージュは負けじと張り合った)……楽しい時間となったのだった。



 ✳︎✳︎✳︎



 午後からの選択科目が異なるため、クリアはここでラネージュたちと別れる。

 ラネージュはクリアの後ろ姿を見送りながら言った。


「ねえ、フォッグ・ハーパー」

「何でフルネーム」

「貴方も気づいているでしょう?」

「何にさ」


「クリア嬢のダンスには違和感があるの。どうしてたまに『下手な()()』を入れてくるのかしら」


 フォッグは上目でラネージュを見た。ラネージュはまだクリアの後ろ姿を見ている。


「実際に相手をしてみて分かったわ。あの子のダンスの腕は、わたくしたちには敵わなくても、貴族になってからまだ三年と考えるなら大したものよ。不真面目な令嬢に比べたら、かなり練習してきたように見える。それなのに、たまにワザと身体のバランスを崩しているように思えるの」

「……直接聞いてみればいいじゃない。ご自慢のお友だちなんでしょう?」

「だからこそ、話せないことだってあるわ」


 フォッグは金色の瞳を丸くする。しかし、直ぐにいつも通りの気まぐれ口調で言う。


「ほんっとうに、綺麗な髪だねえ」

「は、はあ!? いきなり何なの、貴方!? ここがわたくしの国だったら近衛騎士にでも叩っ斬られているわよ!?」


 茶化すフォッグにラネージュは目を剥く。とはいえ、フォッグが全部出まかせを言っているとも思わなくて、セリフに反して口調は大人しい。


 フォッグは思い出していた。


 いつか学園図書館でレイニーに話した通り、フォッグの祖父であり摂政のサイラス・ハーパーの周りから「クリア」という単語を漏れ聞いているのは本当だった。

 しかし、レイニーの婚約絡みの話という雰囲気ではない。そんな話だったら、もっとおめでたいムードになるに決まっているから。しかも、レイニー自身が「そのこととクリアは関係ない」と言い切っていた。


 ーークリア嬢の様子のおかしさと関係はある?


 不必要には口にしないし踏み込むつもりはない。ただし、フォッグがレイニーに本当に必要だと判断した場合は、いつでも介入するつもりだ。


 ただ、もし困っていることがあるのならば……レイニーかクリアから打ち明けてくれたのなら、それはとても嬉しいのになーーとも、思ってしまった。

 


 ✳︎✳︎✳︎



 レイニーは公務のため隣国の同盟国との国境にいた。

 今はつかの間の休憩時間。割り当てられている一室で執務椅子に腰掛け、地図やら計算された報告書を見ている。有識者たちから話を聞き、散々頭を捻っていたところである。


 そのこととは別に、レイニーは考えあぐねていた。


 建国記念日の事業の褒賞として、王国からサンブリング男爵家を通じ、クリアにダンスの申し込みが行っている。レイニー個人からも、何か手伝えることはないかと手紙で聞いたところ、クリアが希望したものは予想外なものだった。


「もし手に入るなら」と但し書きがあった上で、クリアが必要としたものは「星見台修道院への紹介状」だった。

 ネフライト王国では無宗教が多数派だが、信仰する人は自由である。


「何故、この期に及んで修道院……本人が入会するのでしょうか? というか、もはや建国記念行事関係ないですし」


 ルーサーは首を傾げる。

 レイニーは背もたれに寄りかかった。


「クリア嬢は学業に力を入れている。少なくとも卒業までは学園に留まるはずだ。誰かに依頼されたのか……いずれにせよ、彼女自身が直近で使うとは考えにくい」

「星見台修道院、というのにも意味があるんでしょうか。まさか王妃殿下のことが」

「それはあり得ない。サンブリング男爵やクリア嬢が知る由もない」


 レイニーが言い切ったので、ルーサーは詰めていた息を吐いた。


「調べておりましたクリア嬢の頬の怪我ですが、理由がわかりました。あの日、女子寮で令嬢とトラブルになっていたようで。その前にもマナー講習室で囲まれるようなことがあって、主たる相手はいずれも侯爵令嬢グロリア・リコリスです」

「マリス・リコリス侯爵の息女かーーマリスはネフライト王国の金融政策の反対派筆頭だな」


 ネフライト王国は金融大国である。

 それにより中立国として大陸に存在出来ており、レイニーはこの立ち位置を変えるつもりはない。

 自国に預けられた金融資産には他者や他国からの干渉を許さないことを徹底しており、大陸内における独立と和平を得ているのだ。


 リコリス侯爵は、そんな国の在り方に疑問を呈していた。摂政サイラス・ハーパーおよびその息子エルヴィン・ハーパーとは対極にある派閥だ。


「殿下もご存じの通り、リコリス侯爵の令息でグロリア嬢の兄になるサジロード・リコリスは近衛騎士団在籍です。リコリス侯爵の反体制派活動が顕著になり始めた昨年から、しばらく体調不良で休職しておりましたが……近日復職予定です。復職にあたり身体を慣らすため、このひと月は王立学園の警備補助をしています」

「近衛騎士、ね」


 レイニーは短く呟いた。それから組んでいた腕を離しながら言った。


「ルーサー、至急『メモリア』を入手して欲しい。試してみたい人がいる」

「殿下!? なりませんーー」


 ルーサーが言い終わる前に、レイニーは指で小さな黒いものを空中へ弾いた。


 ルーサーがキャッチしたものは、黒いボタン。あの日、クリアのぬいぐるみの鼻を探していた時に見つけた、鼻じゃなかった方のボタン。


 きちんと磨かれたそれを明るいところでよく見れば。


「これは騎士に配給されている服の……!」


 あの時、学園の敷地内にて荷馬車でクリアを跳ねそうになった荷馬車は。

 偶然でなかったとしたら、さらにその者の狙いがクリアではなかったとしたら。


「大丈夫、人様に危害は加えないと約束するよ」


 レイニーは暮れゆく空に浮かび始めた星を、ただじっと見つめていた。


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