17.どういう風の吹き回し
「レイニー殿下! 上手くいきましたね」
音楽室から自分たちの教室へ戻りながら、クリアは上機嫌で話しかけた。
「ああ、今までで一番先まで進んだな」
レイニーとペアを組んでいた歌唱試験が大成功したのである。二回目のサビのラストでクリアが音を外してしまったが、予想以上の成果だ。オーディエンスのクラスメイトからの評価も上々だった。
「せっかくなので、良かったらどこかで打ち上げをしませんか? 試験では色々お世話になりましたし、この間のパスタスナックの御礼もしたいです」
胸の前で両手の人差し指をすり合わせる。
ちょっとかなりポーズがウザいが、これもアニメのヒロイン・クリアのデフォルトだからクリアに拒否権はない。細部を馬鹿にするものは細部に泣くことになる、というのがクリアの持論だ。
今提案した打ち上げもまた、アニメのエピソードの前段である。
(この頃のヒロイン・クリアは、密室事件や試験で励ましてくれたレイニーをやぶさかではなく思い始めているのよね。レイニーだってクリアが隣にいることが当たり前になっている)
「まあ! なら、わたくしも参加してもよろしくてよ」
「ラネージュ殿下!」
いきなりラネージュが話しかけて来た。彼女は顎を上げて見下ろしてくるが、その目にはいつもの険しさがない。
レイニーから聞いた話だと、ラネージュは薬物入りマカロンをクリアに渡さずに済んだことに、酷く安堵していたそうだ。クリアを巻き込みそうになったことに、思うところあったのかもしれない。
クリアとしてはラネージュが無事で何よりで、約束通り「髪の脱色の仕方」を教えた。
余談だが……その合間合間に、クリアはラネージュの髪色を美しいと思っていることを伝えた。本心だったので、僅かに饒舌になってしまい、通りすがる人々にほんのり見られるわ、最終的にレイニーやフォッグは集まるわで……気づいた日には、元々美意識の高かったラネージュは学園のファッションアイコンになっていた。
ラネージュは「どうせ一過性よ。でも脱色はもう少しだけ先にする。褒め言葉への礼儀、よ。それが人の手本なるものの責任だから」とツンケンしながら言っていた。とはいえ、女子生徒から話しかけられることも増えたようで、裏でこっそりニヤニヤしている姿を目撃したから満更でもないようだ。
「どこのお店に行きましょうか? ラネージュ殿下と一緒ならどこが良いか、悩みますね」
「あら貴女、レイニー殿とならどこでもいいのかって話になるわね」
「!」
アニメを知るクリアは、この後レイニーと庶民派の店へ行く流れを知っていた。しかし、今のクリアがそれを知っているのは確かにおかしい。
「クリア嬢、私は別に」
「それなら、」
珍しくレイニーを遮るラネージュ。
「わたくしが店を紹介してもよろしくてよ。貴女が困っているなら」
クリアはオレンジ色の瞳を丸くする。
ラネージュは頬を薔薇色にしながら、しばらく目を泳がせていた。しかし、ついに決心したように声を絞り出す。
「……だってわたくしたち、お友だちなんでしょう?」
「! ラネージュ殿下!!」
クリアは胸を押さえた。不覚にもときめいてしまった。
(つ、ツンデレキャラ……! 魅力を侮ってはいけない……!!)
「クリア嬢はラネージュ殿と友だちになったのか。良かったな」
「ええ、独りぼっちのクリア嬢を哀れに思いまして」
「……なんでお二人ともわたしに友だちが出来ないと思っているんですか」
クリアは一瞬半眼になるが、直ぐに自分の役割を思い出し、慌ててぷぅ、と頬を膨らませる。それにプラスして両手を腰に当てている。
このポーズもツッコミどころ満載だが、アニメのヒロイン・クリアのデフォルトである。
ーープスッ。
「な、」
「フォッグ!」
突然、フォッグがクリアの頬を指で突いてきた。レイニーが咎めるように名を呼ぶが、フォッグはしょっぱい顔をしている。
「ちょっと、貴方!」
ラネージュがこれ以上ないほど睨みつけたので、ようやくフォッグは観念したように両手のひらを見せた。
「ごめんね、ご令嬢の顔を触るのは良くないよね。でも、何かイラッとした」
考えるように首を傾げていたフォッグだが、やがて再び口を開いた。
「無礼のお詫びにさ、行く場所がないなら今週末にでもハーパー公爵邸に遊びに来たらいいよ。面白いものを見せてあげる」
「面白いもの、ですか?」
クリアの問いかけにニヤリとするフォッグ。
綺麗な顔をクリアに近づけ、囁くように言った。
「ハーパー公爵邸には怪談があるんだよ」
(ーー来た。本当はファーストフード店のワック……ワックワックバーガーでレイニーと打ち上げしている時にフォッグが口を挟んできて「この会話」になるはずだったんだけど、まあいいわ。この先にあるのは「親密度アップエピソード③」だけではなく、アニメのターニングポイントで)
クリアは腹を据えて、真っ直ぐフォッグへ顔を向ける。
レイニーはそんな二人を静かに見つめ、その手を口元へ当てていた。
(フォッグ・ハーパーは……実の父親である現公爵エルヴィン・ハーパーに切りかかる)
 




