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15.悪役令嬢密室殺人事件(仮)③

 そもそも、ラネージュを助けようと事件改変を決意するまで、クリアはこの閉じ込められエピソードの準備をしていたわけで。


 二人はマットの山に横並びに腰掛けていた。

 レイニーは前傾姿勢で膝に肘をつき、何かを考えている。日が落ちて一段と暗くなる中、ソワソワし出したクリアをレイニーは気遣ってくれた。


「濡れてしまっているが、寒くはないか」

「はっ、これって服を脱いでお互いの体温で暖め合うことに……!?」

「……上着と髪以外は濡れていないから、中まで脱いだらより寒いと思う」


 丸暗記してきた「ありがち天然発言」にもレイニーは冷静に突っ込んでくれた。ちなみに、アニメのストーリーでは二人は濡れていないが、この国の春の夜はまだ寒い。


(よし、ヒロイン・クリアとしてボケをかますシーンも再現した。このタイミングで)


「ラネージュ王女は命を狙われていた」

「わたし眠くなってーー……え、え?」


 セリフが被り、レイニーへ傾きかけていた身体を慌てて起こす。グキッと鳴る首。


(今なんて?)


 レイニーはその整った顔を動かさず、前を向いたまま続けた。


「ラネージュ王女の唇だ」

「唇?」

「先日、ラネージュ王女から顔を向けられた時、彼女の唇が気になった。あの唇の端の僅かな変色は、とある薬物を一定期間続けて摂取した者にだけ起きるとされている」


(あ、ラネージュがレイニーをランチに誘った日、レイニーはラネージュを真正面から見ることになった)


 クリアの脳裏にその時の光景が浮かんだ。


「ラネージュ王女は王族だから、王太子()と同じように、毒や薬物に慣らされて耐性があるはずだ。それなのに変色したということは、一度にかなりの量の薬物を盛られたはず。それも、致死量にならない絶妙なラインで。その薬物がどのくらいでラネージュ王女に効くのか、試されていたんだろう」


 確かに、ラネージュは夜にマカロンを食べてから翌日の夕方……倉庫にいる時間帯ぴったりに眠るよう仕組まれていた。薬の効き方にも個人差があるだろうから、あらかじめ試されていておかしくない。


「で、でも誰がそんなことを?」

「おそらく彼女の専属侍女ゾエ・カロン」


(!)


 ビンゴである。クリアともアニメとも違うルートから真相に辿り着いたレイニーに、クリアは驚愕する。


「王立学園寮の食事はカフェテリア形式だ。特定の人物を狙って薬物を盛るのは難しい。それに毒耐性のあるラネージュ王女用の量の薬を、一般生徒が誤って摂取したら大事件になっている。そのような話は聞かないから、彼女の身近な人物が疑われる。彼女の護衛騎士も念のため、調べた方が良いな」


 説明するレイニーをただ見ていたクリアだが、ここで一つ疑問が湧く。

 声を顰め、そっと聞いた。


「……レイニー殿下、何故そんなことをわたしにお話しされるのですか?」


 レイニーは少しだけ眉を上げてクリアを見た。


 水色とオレンジ色の瞳が互いに映し合い、が空いた。水色とオレンジ色を混ぜたら何色になるんだろう、と考えられるくらいには。


「怖がらせてすまない。ラネージュ王女によれば、クリア嬢は今日彼女からマカロンをもらう約束をしていたそうだな。悪いが、そのマカロンは王城側で検査させてもらうから君の手には渡らない。その理由を伝えたかった」

「そうでしたか」


 クリアは眉間から力を抜いた。

 話の筋は通っている。それに、レイニーにクリアへの何らかの思惑があったとしても、彼がラネージュを救うために動いていたことは変わらない。

 アニメから知るレイニーは優しいだけでなく、正義の人でもあった。


(しかも、んん? ということは、わたしが何もしなくても事件は防げたことに……)


「ラネージュ王女の協力もあり、ゾエ・カロンは今頃王城で取り調べされているはずだ。先程の暴漢は、現れたタイミングと学園敷地内へどうやって侵入したかを考えれば、この件に関与している可能性が高い」

「ありがとうございます。良かったです」

「? その『ありがとう』はなんに対してだ?」


 首を傾けるレイニー。クリアは思ったことを素直に言った。


「いえ、自分の選択が誤ってなかったと証明できた気がしたので」


 こんなところをはぐらかしても何にもなるまい。


「レイニー殿下の目を見られないような生き方をしなくて、良かったです」


 ラネージュを犠牲にしようとしたことには、クリアなりに理由があった。

 それでも、一時的にでもラネージュを見捨てる判断をしたことを、浅ましくもレイニーに知られたくないと思ってしまった。軽蔑されてしまう。

 レイニーに恋愛的な意味の好意はないが、あえて嫌われたくもなかったのだと気づく。


「……それはどういう」


 ふわっと目を見開いたレイニーが言いかけた瞬間、室内が一気に明るくなった。


「わあ、雲が晴れて月が出ました……!」


 月光が倉庫の窓から深く差し込んでいた。今宵は満月だ。

 窓へ近寄ったクリアが振り返ると、レイニーはクリア越しに月を見たまま目を見張ってた。あまりに天気が悪かったから、急に晴れたことに驚いているのかも知れない。


 それからは、しばらく二人で月を眺めた。

 二人とも無言だったけれど、不思議と少しも気まずくなくて、むしろ心が落ち着くような……穏やかな時間だった。


 どれだけ時間が経過したのだろう。


 クリアの瞼はすっかり重くなっていた。昨日は一晩中、悪役令嬢密室殺人事件への対策を考えていて、ほとんど眠れていなかったから。

 レイニーもそのことに気づいてくれ、彼の勧める通りマットの山へ横になる。


 護衛騎士ルーサーが迎えに来たのは、それから直ぐのことだった。


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