14.悪役令嬢密室殺人事件(仮)②
「れっ……レイニー殿下!?」
見れば、クリアの手を掴んでいたのはレイニーだった。そしてレイニーの背後には、暴漢が仰向けに伸びている。
「クリア嬢、大事ないか」
「あ、ハイ」
レジ袋つけますか? くらいの自然なテンションで聞かれ、クリアは何だかよくわからないまま反射的に答える。
「ちょっと、レイニー殿下! 渡り廊下から飛び降りるのは無しですよ」
遅れて、レイニーの後ろから彼の護衛騎士が息を切らしてやって来た。クリアは仰天する。
「飛び降り? ……二階から!?」
「ラネージュ殿に話があって渡り廊下にいた。そうしたらクリアとこの男が話しているのが目に入ったんだが、途中から二人の様子がおかしかったから」
よく見れば、レイニーも微かに肩で息をしている。
彼らの話を総合すれば、レイニーはクリアの危機を目撃し二階の渡り廊下から飛び降り、クリアたちを追いかけて来たことになる。当然、暴漢を(おそらく素手で)倒したのはレイニーだ。暴漢に声を出す間すら与えなかったようだ。
(さ、さすがはアニメのヒーロー。これは視聴者も惚れる……)
ここでハッと間違いに気づき、首を振る。
(いや、誰かがレイニーに惚れるんじゃなくて、わたしがレイニーを惚れさせるんだって……!)
「この男は一年生の色のネクタイをしているが、王立学園の生徒ではなさそうだな。見覚えがない」
「自分もレイニー殿下に同感です。クリア嬢のお知り合いではないんですよね? とりあえず、こいつは捕獲して出所と目的を吐かせます。少しだけ失礼します」
護衛騎士はキレ良く一礼し、暴漢を引っ立ててどこかへ去っていった。
その場にはクリアとレイニーだけが残される。
(えっと、何が何だか……)
護衛騎士を見送っていたレイニーが、ふいに振り返った。クリアと目が合う。
急に冷たくなった風に銀髪が揺れ、水色の瞳の色が深まった気がした時。
「!? あ、雨!?」
どういうタイミングか、ここでいきなり大雨が降り出した。地面の土をえぐるほど勢いが強く、目を開けているのも辛い。
「殿下! とりあえず建物の中に!」
クリアとレイニーは急いで近くにあった建物に入る。あまりに雨が激しいため、慌てて入り口の引き戸も閉める。
(そういえば、午後から嵐が来るって言っていたわね)
クリアはハンカチで身体を拭う。レイニーにも差し出そうとするが、レイニーは入り口の側で何かに気づいたようだ。確かめるように引き戸を触っている。
「しまったな」
「? どうしたんですか?」
「この引き戸には仕掛けがあったらしい。多分、外側に棒が立てかけてあって、一度扉を閉めたらつっかえ棒として引っかかるようになっている」
「えっ」
そういえばこの建物は。
(事件現場になるはずだった体育用具倉庫ーー!!)
クリアは叫び出しそうになるのを既で抑えた。
ゾエはきっと念には念を入れ、一度倉庫に入れば引き戸が開かないように細工していたのだ。ラネージュが発見される前、夜にでもつっかえ棒は取りに行くつもりで。
「っ、つまり、わたしたちはここに閉じ込められて」
「しばらくの間はな。いつかはルーサーが迎えに来るだろう」
「くっ……」
クリアはしゃがみ込みながら、頭を抱えた。
(そうか、この悪役令嬢密室殺人事件はそもそも「クリアとレイニーの親密度を上げるため」に用意されたもの。だから事件の中身を変えても、結局「ヒロインとヒーローの親密度を上げるため」のエピソードが起きることは変わらないの……!?)
アニメのエピソード自体は「クリアが何もしなくても」起きるというのが、今回の異世界転生のルール。その起きるエピソードには定義があって、むやみやたらにではなく、「クリアとレイニーが絡むエピソード」ということだ。
本来なら密室のトリックに迫る過程で、誤って二人きりで体育用具倉庫に閉じ込められるはずだったものが、違う形で再現されている。
(ということは、あと数時間はここにいることに)
クリアは指の隙間からレイニーを見上げる。
レイニーの銀髪からは雨が滴り落ち、綺麗なラインの輪郭を伝っていた。色気があるという表現は、こういう時に使うのか。
「…………レイニー殿下、お手洗いとかは大丈夫ですか?」
「……問題ない。それに私は有事に備えてそのあたりも訓練されている」
「そうなんですか? 凄い!」
この手のシチュエーションで真っ先に気になることを聞いてしまった。「さしすせそ=(さすが、知らなかった、凄い、センスいい、そうなんだ)」はモテワードだと聞くが、こんな話題で使っても効果はないだろう。
レイニーを安心させるために、自分もついさっきお手洗いに行ったばかりだと一応言っておく。
びしょ濡れになったクリアを見て、レイニーは小さく息を吐いた。それからある方向を指差した。
「あそこに小さな窓がある。私は肩幅が入りそうにないが、クリア嬢なら……ーーその、上手くやれば、通り抜けられるかもしれないのではないか?」
珍しく歯切れが悪いレイニーにクリアはピンとくる。
「それって、わたしにコルセットを外せばくぐり抜けられるって言ってます?」
「……」
レイニーはクリアの「サイズに見栄を張ったコルセット(仮)」のことを知っている。
じとっとした視線を送るクリアからレイニーは目を逸らした。
「助けてほしかったわけじゃない。君は私と違ってサバイバルの訓練などしていないし、異性と二人きりで長時間密室にいるのは令嬢として不名誉になると思ったから、言ったんだ」
「どうせ誰も来ないんだからバレませんよ。万一誰かが来ても、その人に助けてもらえるなら万々歳です」
レイニーはほとんど表情を変えなかったが、微かに寄った眉間からバツの悪さが伝わってくる。何だかおかしくなって、ついクリアは笑ってしまった。あまりにも緊急事態が続いて、頭がハイになっていたのかもしれない。
「……そんなに笑ってくれるな」
「ははっ、申し訳ありません」
出会った日に比べ、レイニーはこれでも感情を出してくれるようになったと思う。むしろ、いつも変わらない涼しい表情をしているからこそ、些細な変化が目立つのかもしれない。
「それにしても、雨が降っているから暗いですね。せめて止んでくれれば、何らかの光でも入るでしょうに」
激しい雨音がする中、レイニーも同意する。
この閉じ込められエピソードは、疲れて眠ったクリアにレイニーが肩を貸すシーンで終わっていた。
ようやく冷静に考えられるようになって来たクリアは思う。
(つまり、わたしが寝てしまえばここから出られるかもしれない?)
 




