13.悪役令嬢密室殺人事件(仮)
※痴漢のような人物が出ます。苦手な方はご注意ください。
クリアが「悪役令嬢密室殺人事件(仮)」を回避するために立てた作戦は、こうだ。
ラネージュに、現在手元にある全てのマカロンをクリアに渡すよう依頼する。対価は「髪の毛の脱色方法」を教えること。
この事件はラネージュが瓶入りの毒入りマカロンを「食べた翌日」に起きる。半日後に作用する毒が仕込まれているからだ。
つまり、事件の日=ラネージュが(食べたフリをし)全てのマカロンを持ち出しクリアに渡す日、になる。
マカロンの受け渡し時間は、アニメの事件と同じ夕方にし、場所は王立学園の二階渡り廊下を指定した。
二階の渡り廊下からなら校舎裏の敷地がよく見える。直ぐ下には現場となった体育用具倉庫があり、アニメでラネージュが一人通りかかるはずの道があった。
(この場所でラネージュは暴漢に襲われる。犯人の侍女ゾエ・カロンは言葉巧みにラネージュの護衛騎士を僅かな時間、ラネージュから引き剥がした)
ラネージュが一人体育用具倉庫に入り、内側から鍵をかけたのは、この道で「暴漢に襲われかけた」から。
ようやくの思いで倉庫へ逃げ込み、隠れているうちに前夜食べたマカロンの毒が効き始め、ラネージュは密室内で一人意識を失った。
これが、密室事件の真相である。
(勿論、ラネージュを襲う暴漢は侍女が雇ったもの……関係者の手引きがなければ、まず学園の敷地に入れないもの。とはいえ、彼は体育用具倉庫までラネージュを追い込むようにだけ依頼されていて、直接害をなさないように言われていた)
ゴクリと唾を飲み込んだクリアは今まさに、体育用具倉庫へ通じるその道でーー
男子生徒の格好をした暴漢、と対峙していた。
さわさわと風が新緑を揺らし、周囲には人気がない。
暴漢はクリアを見て、短く口笛を吹いた。
「へえ、可愛いじゃん」
「……」
「えらく美人な女がここを通るから、脅かすように言われていたけど……まあ、そんだけ可愛いからこそ、要らない恨みを買ったってわけか」
クリアはさりげなく視線を暴漢の斜め上にやる。対角線上にある渡り廊下にはラネージュの後ろ姿が見える。
(さあ、ここでわたしが悲鳴をあげれば)
クリアが襲われるシーンをラネージュにがっつり見せてから逃げ出すことで、ラネージュが助けを呼んでくれるだろう。暴漢が捕まり事情聴取されれば、依頼主である侍女が炙り出されるという寸法だ。
ついでに毒入りマカロンを証拠として提出すれば、侍女のラネージュ殺人未遂の容疑は確実になるだろう。事件解決に貢献したことでレイニーに役立つヒロインアピールも出来る。
ストーリー改変による影響を心配するドリズリーを説得するのは大変だったが、最終的にしぶしぶ了解を得ている。
「やっぱりオレって美人より可愛い派なんだよな。アンタを見て改めて思ったわ、オレの好みど真ん中」
「は?」
叫ぼうと息を吸った時、暴漢が今1ミリも必要のない情報を語り出した。
クリアが一瞬固まると、暴漢は舌舐めずりをした。
(というかこの暴漢、さっきからやたら可愛いとか言ってきて……なんだか雰囲気がとても)
「あ、あの」
「依頼は脅かすだけだったけど、お触りくらいならバレないだろ」
「!」
「大丈夫、貴族のお嬢様を傷ものにはしないから。契約違反で依頼主にしばかれたくないし。だからちょっとだけ……カラダ、触らせて?」
(き、気持ち悪いーー!!)
暴漢はニヤリと笑い、息を荒くさせながらクリアに向かってくる。彼の手がクリアへ届きそうになり。
「え、ひっ……!?」
(!! 喉が詰まったように閉まって上手く叫べない……!!)
「っ、」
頭の中で警鐘が鳴り、咄嗟にクリアは背を向け走り出した。
完全に計算外だった。
密室殺人にするという犯行計画上、暴漢がラネージュを手にかけることはない。実際、アニメでラネージュに外傷はなかった。侍女の暴漢への指示が「美しい女を狙ってくれ」だったこともアニメのエピソードから知っている。具体的な容姿の指示をしなかったのは、万一暴漢が捕まった際、ラネージュを狙ったわけじゃないと言い逃れをするためだろう。
(だから、美少女でもおとりになれると判断したのに。本当に恐怖すると、人って身体が自由に動かないの……!?)
これはいくらドリズリーと予行練習したとしてもわからなかった。勉強になったが、今はそれどころではない。
「っ、はあ……」
もつれる足で必死に走るクリアと追いかけてくる暴漢。
ラネージュたちがいる渡り廊下からどんどん離れてしまう。あと数歩の距離に、あの体育用具倉庫が見えた。
(どうする……! アニメでラネージュがしたように倉庫へ閉じこもる? でもそうしたら暴漢がどこかへ行ってしまって、暴漢のルートから侍女ゾエ・カロンの悪事が暴けなくなってしまう……!!)
侍女はこの密室殺人が失敗したら、また新しい犯行計画を立てるに違いない。そうなれば、いくら前世の記憶があってもクリアにラネージュを守る術がなくなる。
僅かな躊躇が足を遅くしたのだろう。背後からクリアの手が掴まれた。
「!! ぎゃーー!!」
今更悲鳴が出るが、校舎はとっくに遠くだ。
必死に手を振り解こうと振り向けば、世界で一番綺麗な白銀色ーー
レイニーの銀髪が、視界に飛び込んで来た。




