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12/45

12.嵐の前の

 ーーぐうぅぅ。


「ああ、申し訳ありません!!」

「……元気だな」


 真っ赤になりながら自分のお腹を抱えるクリア。レイニーは微かに力の抜けたような声で言った。


 ラネージュと寮で話をした翌日、クリアはレイニーと談話室で「とある試験」の準備をしていた。談話室は男子寮と女子寮の間にあって、今は授業の空き時間である。


「歌うのって結構カロリー使うんですね」


 クリアは眉を下げる。

 音楽の歌唱試験でペアで歌うことになったのだ。絶対音感を持つ音楽教師が採点し一音外したら強制終了、そこまでの得点しか採用されない、という恐ろしい試験である。

 ちなみに、音楽と美術はどちらかを選択すればよいので、歌が苦手な人が晒し者になることはない。


 試験で使われる曲は、異世界転生したのにまさかのJ-POP。アニメ映画のオープニング曲である。レイニーとクリア(の声優)が二人で歌っていたものだ。


 レイニーは声がいいのは大前提、絶対音感があり音域も広い、リズム感まである。

 比べて、クリアの音楽スキルは低い。初めて楽譜を読んだのも、ピアノやハープに触れたのもサンブリング男爵家の養女になってからだ。しかし、さすがはアニメのヒロイン、テクニックに自信はなくとも天性の可愛らしい声を持っている。音さえ外さなければ、何とか形になる。

 何度かレイニーと合わせて歌ったが、合格点は間違いないだろうと安堵する。


 問題は、アニメの劇中、試験の準備をしている際にクリアがレイニーの前で「壮大にお腹を鳴らす」というとんでもないくだりがあったこと。


 この「お腹を鳴らす」ということにクリアはかなり頭を捻った。

 咳やくしゃみと違い、お腹の音は演技でどうにかなるものではない。はじめは、両手のひらを組んでそこから空気を押し出すことで、お腹の音に似た音を出そうと試みた。しかし、何度やってもオナラのような音しか出なかったので諦めた。


 一番成功率が高かったのは、あらかじめ食事の量を調整し、常にお腹が鳴りそうな状態で待機することだ。腹筋に力を入れ鳴らないように抑えておけば、力を抜くだけでタイミング良く音が鳴る。

 クリアの場合、4時間半前に6枚切りトーストを一枚だけ食べておくことがベスト。逆に空腹のピークが過ぎると、それはそれでお腹は鳴らないという無駄知識もついた。


 チラリとレイニーを見る。


(そして今に至る。貴族のマナーとしてギリアウトじゃないかとも思うけど)


「食堂は閉まっている時間だな」

「レイニー殿下?」

「ここからなら、女子寮より男子寮が近い」


 立ち上がるなり、レイニーはどこかへ消える。数分後、戻って来たレイニーが渡してくれたものは、小さな紙袋数個。


「これは……」

「最近、護衛騎士ルーサーに勧められてから止まらなくなった。夜食用にいくつか溜め込んでいる」


(「レイニー殿下のスナック菓子」……! アニメと全く同じ、アニメ飯!)


 そのスナックはこんがりと揚げた小さなパスタに、食欲そそるコンソメ味がついている。軽くサクサクしていて、夜食にすれば背徳感もあって止まらないこと間違いなし。


 クール系の代名詞「零雨の王太子」レイニーが、スナック菓子というジャンクなものを常備していたことが意外で、ヒロイン・クリアが親しみを感じるシーンでもあった。


 クリアはアニメ通りオレンジ色の瞳を輝かせる。


(なんだかいい感じ)


 このアニメの小ネタを思い出した時、令嬢としてのマナーをわきまえている現実のクリアはかなり引いた。

 しかし、実際にやってみると、こんな時間に学校でスナック菓子を食べるなんて滅茶苦茶で、思いの外ワクワクしていることにも気づく。完璧王太子レイニーも一緒だと思うと、さらにじわじわくる。


(小ネタでも、きちんと拾っておいて良かった。対レイニーへのヒロイン・クリアの演技、および恋に落とす方面は、なんとか軌道修正出来ている気がする)


 レイニーは窓を見上げながら言った。


「今はいい天気だが、午後から嵐が近づく予報だったな」

「そうでしたね。傘を教室へ持って行かないと……」


 クリアは視線を外へ動かしながらも、頭では別のことを考えていた。


(後は……この調子でラネージュの件もどうにかいなせれば)


 真剣な目になるクリア。そんな横顔をレイニーがじっと見ていたことには、気づかなかった。


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