10.それは甘雨か、涙雨か③
王立学園から寮へ帰宅次第、クリアは洗面台の下からノートを引っ張り出した。アニメ映画「君の世界の名前は」について記載したノートである。
(ラネージュの事情はアニメと同じだった)
クリアは目を細めた。
「色々やらかしてしまったけど……それでも原則通り、エピソード自体は『わたしが何もしなくても』起きる。だとしたら次に来るのは、言うなれば『悪役令嬢密室殺人事件』よ」
『勝手にサブタイトルつけるなや……そして二時間ドラマみたいなセンスよ』
ドリズリーが突っ込んでくるが気にしない。
これから起きるエピソードとは。
入学式も過ぎた4月末のある晩、王立学園の体育用具倉庫でラネージュ・ムウが一人倒れているのが発見される。
ラネージュは毒を飲んでいて意識不明、体育用具倉庫は鉄製の厚い引き戸になっていて、内側から施錠されていた。この倉庫は更衣室として使用されることもあるため内鍵がついていたのだ。
倉庫には細身の人間がようやく通り抜けられるサイズのガラス窓があったが、こちらも内側から施錠されていた。戸やガラス窓に傷などの異常はなかった。
密室状態にあった体育用具倉庫。
ラネージュに外傷はなく、倉庫内に争った形跡もない。
よって、体育用具倉庫内でラネージュが一人毒を飲み、自害を図ったかのように思われたのだがーー。
「このエピソードでのヒロイン・クリアの役割は二つ」
クリアは指を二本立てる。
一つ目は、無邪気に重要なヒントになることを発言し、レイニーの推理(?)を後押しすること。
二つ目は、レイニーと密室の謎に迫る過程で、誤って体育用具倉庫に二人きりで閉じ込められて、いい雰囲気になること。ベッタベタの展開だが、これが「親密度アップエピソード②」である。
『事件解決後、ラネージュ王女が意識を取り戻してくれたから良かったけど……二人を接近させるためだけにこんなエピソードを用意したとしたら、作者はなかなか鬼畜だよね』
口を尖らせた(ように見える)ドリズリーにクリアも賛同する。
(いきなりネタバレして申し訳ないけど、犯人は昼間のランチにもいたラネージュ付きの侍女ゾエ・カロン。彼女は大国の貴族純血主義派に属していて王女の命を狙っていた)
ラネージュには毎夜、瓶にしまっているマカロンを少しずつ食べる習慣がある。侍女はその内一つ、特徴ある形のマカロンに半日後から効いてくる毒を盛っていて、その日ラネージュはついにそれを食べた。
つまり、ラネージュは何らかの理由で自ら倉庫に入り、一人で鍵をかけ、そのタイミングでマカロンの毒が作用して体調不良を起こした。
ラネージュは倉庫に何の用があったのか? 何故、倉庫で体調不良を起こしたとき、彼女は外部に助けを求めなかったのか?
「……ラネージュの命に危険があれば、こんなエピソード断固阻止すべきだろうけど」
クリアは片手で顔を洗うように覆った。
事件に使われた薬物は、効き始めに眠るように気を失わせる。つまり、ラネージュは苦しまなかった。
(だから、相当申し訳ないけれど……ラネージュには我慢してもらうつもりで、エピソードを再現する練習をしてきた)
自分を押し込むように無理やり息を飲み込んだ瞬間、ノックが鳴った。
 




