3話「新しい道へ」
あれから一年ちょっとが過ぎた。
私はもうアイルのもとへは戻らなかった――当たり前だが。
そして私は新しい道へと歩み出したのだ。
そう、私は、『癒やし屋』なる店を開いた。
これは一度名が世に出たからこそできたことかもしれない。
たとえ結婚はできないとしても、この力を多くの人のために使いたい――そう思って開いたのが、この『癒やし屋・オフェリア』という店だ。
「予約していた者です~」
「あ、はい! おはようございます!」
「いつも悪いですのぉ」
「いえいえ、予約していただけて助かっています!」
「そうですかのぉ? なら良かったです~」
年齢性別何も関係なし。
ここでは誰もが癒やしというサービスを受けることができる。
幸い、私のような治癒系の能力に関しては社会での使用制限がほとんどない。悪用が難しいからだ。だからこういうサービスを始めることは難しいことではなかった。
「ではこちらへお座りください」
「はいはい~」
「しばらくお待ちくださいね」
「はいほい~」
色々あったけれど、今はやりたいことをやれて嬉しく思っている。
◆
「こんばーんはー!」
その日の夜に入っている予約はなかった。
だからきっと誰も来ないだろうと読んでいたのだけれど、その読みは外れた。
「うわっ」
「え? 何ですかー?」
「驚くから急な大声はやめてください!」
「はい……」
「次からは気をつけてくださいよ」
「はい、分かりました……しゅうぅーん……」
いきなりやって来たのは、この店の常連客の一人である青年ラヴィールだ。
彼が初めてここへ来たのは夜中だった。閉店後寝ていたところ急に何者かが扉を強く叩いてきて、恐る恐る覗き穴から外を見てみたところ血を垂らした負傷者が立っているのが見えた。それでどうしても気になって扉を開けてみると、彼は自分を冒険者だと言い怪我してしまったという事情を伝えてくれた。かなり酷い状態だったので無視しておくこともできず、時間外ではあるけれど対応をすることに。で、傷を癒やしたところ、それからも定期的にやって来るようになったのだ。
「ラヴィールさん、久しぶりじゃないですか?」
予約がない時だから話し相手になることくらいはできる。
「いやぁ~、ちょっと会いたくなってですねー」
足もとの砂を軽くはらってからラヴィールは受付の方へと歩いてくる。
その表情はへらへらしたもの。
どうしても馴染めないけれど、彼は大体いつもこんな感じだ。
……もう慣れてきた。
「何ですかそれやめてください」
「ヴッ!! キビティ!!」
「いいですよ、そういうノリは。やめてください」
「手厳すぃー……」
特に何かすることもないので話し相手になっていると、彼は急に受付の台に腕をついて乗り出すようにこちらへ顔を近づけてきた。それから明るい笑みを浮かべたまま「あのお茶、ないんですかー?」と問いを放ってくる。ちなみに、あのお茶、というのは、お客さんに対して時折出しているアポポトス茶のことだ。アポポトス茶は、この国の名産品でリラックス効果の高いアポポトスの実を使って作るお茶である。
「ありますよ? 購入されます?」
「うん! するー!」
「実だけで良いですか?」
「ブレンドで!」
「はいはいー」
私が背中側の棚へ向かっている間、ラヴィールはその場でくるくると回転して楽しそうに時間を潰していた。
「はい、これです」
「おおーっ!? キタキタキタタンキタンタタン、ンゥ!!」
「あの、そういうのいいので」
彼は時折よく分からない行動をする。
歌い出したり、踊り出したり、妙な言葉遊びをしたり。
でも私には乗っていくのは難しい。
それゆえ、こちらは何を披露されても毎回冷めた突っ込みを入れるだけだ。
それ以上のことは基本何もない。
「……あ、はい、すみません」