表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

間話 元婚約者の元従者の独り言

視点は変わりまして


「この、使用人が!」


学業が、思う様に振るわなかったらしい。ドリー様が声を荒げてひっくり返したテーブルを、静かに片付けていく。御本人はさっさと部屋を出て行った。ありがたい。姿を見せれば見せるだけ八つ当たりは激しくなるのだから、早く動いてくれた方が助かる。

異母弟という感覚はもう擦り切れて無くなっていて、今あるのは正に『坊ちゃん』という、側にある首を垂れるべき主人の一人という感覚。


「手伝います」


執事のロビが静かに手を伸ばす。静かに、手早く、茶器に傷がないかも目視している。美しいとすら言える仕草。

まだ、その域には行かない。


「貴方は、この道を行くのかーー」


仕込んでくれたのはロビ。

でも、まだ迷うのか。


「名ばかりの父は無関心、母は職場を荒らしておいてあっさりと風邪で病死。母の夫に私を育てる義務もない。まだ子供の私にできるのは、ここで生きることだけではないのか?」


「執事の技術が、貴方の身を助くことを願っております。ーーエーリク坊ちゃん」


「昔の様に呼ぶな…」

苦しくなるからでも、悲しくなるからでもないけれど。




母は、このゴマ伯爵家で、乳母をしていた。子爵家の血筋で、夫はこの伯爵家の館に勤めていた。ぎりぎり平民、と言ったところ。


ゴマ伯爵夫人は王族の乳母をしていて、ほぼ館には居なかった。母は乳母として、伯爵家の2人の子息を育てようとしていたーーが、強か伯爵が酔ったせいだとか、若い侍女をかばっただとか、はたまた母が伯爵家の実権を握るためだとかーー色々聞き齧りはしたが、真相は知らない。

伯爵と母は関係を持ち、俺が産まれてしまった。


その後、ドリー様が産まれたのだから、伯爵夫妻の関係は、崩れなかったということだ。


夫人は、ドリー様の乳母は別の人を付けた。しかし、母に懐いていた若君たちと別れさせるに忍びなく、今しばらくと仕事をしていたが、悪い風邪に倒れてそのまま母は亡くなった。

俺が4歳の頃の話なので、母の記憶はあまりない。


母代わりと母として、お二方と、異父姉と俺ひっくるめて4人の子育てをしていた中では、全て「兄弟のようなもの」であったが、他者の手に委ねられると、簡単ではない。


若君2人と、その乳母の子と、庶子。


そんな中、姉の父が、領地館へと勤務先を変更し、姉を連れて領地へ去った。


残るは、若君2人と、庶子と、末の若君。


不協和音は、致し方ないこと。



俺の身を守るため、ロビが、手を差し伸べてくれたのだ。「坊ちゃん」を辞めて、「使用人」として生きる道を照らしてくれた。


それは、希望の光だった。




ある日、ドリー様の婚約者と成られる方を訪問した際、何故かこちらに話しかけてこられた。

しばらくして、ドリー様は婚約者の令嬢ではなく、使用人を追う様になってーー酔狂にも令嬢は、俺を話し相手にしだした。だから。ぽつぽつと話をした。

生まれについては、口外しなかった。頭の先まで「使用人」という看板に馴染んでしまっていた。


「ご自身では、お選びにならなかったの?」


美しい、雪の日の窓ガラスの様な少女はぴくりとも笑わずに言った。


「それ以外に道がないと?せっかく学園にも通ってらっしゃるのに」


知っているのか、と驚いたが、同時に納得もした。聡明な令嬢が、調べたらすぐ分かることを知らないはずがないのだ。


「生まれは選べません。わたくしも、1番目で無ければ、また違った生き方となったでしょう。ご存知?妹2人は祖父の実家である侯爵家に引き取られておりますの。未来の王子妃を育てる為に。

現時点で未来の子爵として教育されているわたくしと、どちらが幸せだと思います?」


王子妃も、子爵家の主も、重たい仕事に違いない。

選択の余地もなく。


「傍目には、王子妃候補になり損ねた姉とも見られておりますが、わたくしは気にしておりませんの。それより学びたいことが多くて。できるようになりたいことが多くて、毎日があっという間に終わってしまいます。

エーリク様は、今何を習得なさりたいの?」


何を修得したいのか。

思わず、だった。


「大時計ーー。屋敷の、大時計をロビが毎日巻くのです。それを、機会があれば見ているのですが。

ロビは時計を開いてメンテナンスもできるのです。見たのは2度だけ…。たくさんのゼンマイが動いていました」


「素敵です!大時計のメンテナンス!」


ーーそこまでなら、記憶にも引っかからない会話。

なのに、令嬢は言う。


「わたくしもできるようになりたいわ!」


「えっ」


「失礼します。ちょっとメモをとらせていただきますわね。

おおどけいの、メンテーーと」


分厚い手帳を取り出して、なにやら捲って書き込む。表情は変わらずーーでも、真剣さが、伝わってきた。


「なぜわたくしが、そんな技術を身に付けたいかーー知りたければ、我が家を今一度ようく、見てくださいませ」


黒くて、使い込まれていて、可愛げのない、オジサンみたいな手帳を抱えて、令嬢は口の端を上げた。


美しい笑みだった。

オジサン手帳を持つ美少女…。


そして、どろっどろのゴマ伯爵家よ…。

でも、兄ーズはエーリクをいじめてはいません。

多感なお年頃には色々思う所もあって噛み合いませんでしたが。

いや、2番目なんて、領地で働くエーリクの異父姉と結婚するしね!遠距離の愛情もからんじゃって複雑!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ