1-008 魔術訓練・ステップ3
魔術の特訓を始めて3季が経つ頃、ようやくロイは箱に並べられた25本のロウソクの火を、概ね自在に点火・消火できるようになった。渦巻状に点火し、消火するだけなら2季もかからなかったが、それだけでは納得できなかったロイは鍛錬を続け、4つ角から同時に点火・消火できるようになった。
剣の鍛錬も忘れていない。何しろ、魔術を覚える目的が、剣をより上手く使えるようになるためなのだから、魔術に傾倒して剣の腕が鈍っては本末転倒だ。
「それじゃ、今日から次のステップに入るね」
ロイが自分で一応の納得をしたところで、レーヌはロイを薪割り場に連れて行った。そこに来て、1本の不恰好な短めの木剣をロイに手渡す。
「これは?」
「見ての通りの木剣。ただし、ロイが剣の訓練に使ってるのと違って芯を入れてないから、軽いけどね」
剣の訓練に使う木剣には、鉄製の芯を入れられていて、重量やバランスを普通の剣に合わせてある。
「随分と不恰好だな」
「仕方ないでしょ。わたしが削ったんだから」
揶揄うような口調のロイに、レーヌは頬を膨らませて答えた。しかし、気分を害したわけではなかったので、すぐに真顔に戻る。
「へえ。レーヌが作ったにしては、良くできてるじゃないか」
「素人仕事だけどね。でも、刃の部分はそれなりにきちんと作ってあるよ。鉄の剣ほどには尖ってないけど。
ロイには今日から、その剣で薪を割ってもらいます」
「……は?」
ロイは、手にした剣を見た。
木剣であっても、刃を鋭く尖らせてあれば、人の皮膚は簡単に切れるし、植物、野菜を切るくらいはできる。しかし、丸太を割って薪にするなど不可能だ。
「……冗談、だろう?」
「もちろん、冗談じゃないよ」
レーヌは笑顔で答えると、地面にしゃがんで落ちていた木切れを取り、土に絵を描いた。
「えっとね、物っていうのはどんどん小さく切っていくと、それ以上は切れない小さい物になるの。それを原素って言うのね。これは応用魔術の教育で習う事なんだけど」
ロイは曖昧に頷いた。
応用魔術は、剣士も習うように言われているが、ロイはずっとサボっていた。ロイも受けていた一般教養や基礎魔術では、ここまでは習わない。
「この原素は原素結合力って力でくっついてるんだけど、より強い力で離れちゃうの。だから、薪を割ったり剣が折れたりするんだけど」
ロイは半年近く前のことを思い出して、少し顔を顰めた。しかし、何も言わずにレーヌの言葉の続きを聞く。
「でね、魔力による物の強化っていうのは、物に魔力を浸透させて、原素結合力を強める……って言うより、原素結合力だけでなくて魔力でも原素を結び付けてあげるの。そうすると、物はそのままよりずっと頑丈になるんだよ」
「なるほど」
「さらに、剣みたいな刃物の場合は、刃の外側表面にも魔力を纏わせて、刃の内側と外側の魔力を同じように結び付けてあげると、切れ味が増すんだよ。それに、刃に付いた汚れや血糊を弾けるようにもなるし。
具体的には、って言ってもあんまり具体的じゃないんだけど、魔力を剣に満たして、染み込ませる、馴染ませる感じかな。ちょっと貸して」
レーヌはロイから木剣を受け取ってから、1本の丸太を薪割り台に乗せた。その丸太に向けて、木剣を振り下ろす。丸太は見事に真っ二つになった。
「へぇ……。本当に木剣で割れるんだな」
ロイはレーヌから木剣を受け取って、しげしげと眺めた。ヒビも入っていない。
「じゃ、今日から1季、薪割りはロイの仕事ね。みんなにも言ってあるから」
「は? おい、ちょっと待てよ。村で使う分全部かよ」
「うん、そうだよ。剣が折れたら言って。また作っておくから」
「解った。……じゃなくて、いきなりは無理だろ。何本割る必要があると思ってるんだよ」
「だから、早く始めないと夜になっちゃうよ。あ、剣と魔術の練習もサボらないでね」
「いや、だからオレ1人じゃ、おい、レーヌっ」
レーヌは人も殺さぬ顔で微笑むと、さっさと立ち去ってしまった。
ロイは雄大な溜息を吐いた。
「仕方ない、やるか。レーヌがああ言うってことは、オレでもできると考えているってことだよな」
ロイは、レーヌが割った丸太の片方を薪割り台に立てると、両手で不細工な木剣を握って丸太と相対した。
(魔力を剣に染み込ませる、馴染ませる……)
ロイは木剣を魔力で包み込み、振りかぶって、一気に振り下ろした。
ガンッ。
丸太は木剣を弾き飛ばした。
「って~~。本当に割れるのかよ」
剣を検めると、刃の部分が一部凹んでいる。レーヌが丸太を割った時には傷一つつかなかったと言うのに。
「くそ、見てろよ。確かレーヌは、刃の表面にも魔力を纏わせろって言ってたな……」
ブツブツと呟きながら、ロイは再び剣を構えた。
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何十回と剣を振り下ろして、ようやくロイは丸太を1本割る事ができた。それでコツを掴んだと思ったものの、次にはまた剣を弾かれた。それでも、10回に1回は割れるようになった。
ロイが丸太相手に悪戦苦闘している間に、レーヌが2回やって来て、予備の木剣を1本ずつ置いていった。
2本目の木剣を折った頃には、ようやくコツを掴んで薪に割れるようになっていた。それでも、気を抜くとすぐに弾かれてしまう。ロイは1回1回、魔力を木剣に浸透し直すつもりで剣を振り下ろした。
陽が沈む頃になっても、1日のノルマは終わらなかったが、レーヌが付き添って魔術で辺りを照らし、薪割りに支障が無いようにした。それをするくらいならレーヌも手伝ってくれればいいのに、と内心でロイは思ったが、口には出さなかった。
1旬が過ぎる頃には、陽が暮れる前に、何とか1日分の薪を割れるようになった。
「なぁ、レーヌ」薪割りの合間の休憩中に、ロイはレーヌに聞いた。「この、木剣で薪を割るのも、レーヌが考えた訓練法か?」
「うん、そうだよ」
「だよな。木剣で薪割りしてる人なんて見たことねーもんな」
「普通は斧か鉈を使うもんね。でも、剣士の人は薪を割る時は、やっぱり鉈とか斧を魔力で強化してるよ」
「それって、見て判るものなのか?」
ロイは水を飲みながら聞いた。
「見ただけじゃ判らないかな。だけど、魔力を伸ばすと、鉈がその人の魔力を帯びてるのが判るから」
「他人の魔力が判る?」
「うん。でも、できる人は少ないよ。魔術士の何人かだけだと思う。できてもあんまり意味ないし」
「そうか?」
「そうだなぁ、例えば、魔術士同士で闘うことになったら、とっても重要だと思う。相手の魔力の流れが判れば、何をしてくるか予想できるだろうし。でも、そんなことないじゃない?」
「そうだな。人と争おうにも、隣の村は何テックも離れてるし、そもそも争うだけの活力がないもんな」
「争いがないのはいいことだけど、活力がないのは良くないよね」
「レーヌもそう思うか」
「そうって?」
レーヌはロイを見て首を傾げた。
「村のみんなに覇気がないことだよ」
「うん、思うよ。定期的に瘴期に苛まれるような環境だから、気持ちは解るけどさ」
「だよな……」
ロイは考え込んだ。
「どうしたの?」
「ん? いや、何でもない。さて、残りの薪も割っちまわないと」
「うん、頑張ってね」
ロイは立ち上がって、木剣を手に丸太に向き合った。
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さらに1旬が経つ頃には、ロイは斧や鉈を使うよりもずっと早く、薪を割れるようになっていた。レーヌから訓練メニューの追加はされなかったので、剣と魔術の稽古と薪割りをしても、1日の時間が余るようになった。
その時間を、ロイは村の人々、特に老人たちに話を聞いて回ることに使った。 聞いている内容は昔のこと。できれば、瘴期の始まる前のことを聞きたいロイだったが、あいにく村には60歳を超える老人はいない。瘴期が来るようになったのは少なくとも100年以上も前のことなので、それを直接聞くことはできない。
それでも、口伝てで伝わっている話や、かつて、ここよりは大きな村で見た文献の内容などを、ロイは熱心に聞いて回った。
レーヌは、村の大人たちの仕事──主に両親の行なっている農作業──を手伝いつつ、その合間にロイの様子を見に来たり、1人で森に入ってはハチの巣を採ってきてロウソクを作ったりしていた。ロイが薪割り兼魔術訓練に使う木剣も作ったが、ロイが慣れてくると折れることもなくなり、作製本数は減っていった。
■作中に出てきた単位の解説■
距離の単位:
1テック≒1キロメートル の感覚です。
時間の単位:
1季=6旬
1旬=8日
1季≒1ヶ月
1旬≒1週 の感覚です。