1-007 魔術訓練・ステップ2
レーヌの出した最初の課題をロイがクリアするのに、半季、3旬を要した。その間、2回の瘴期が訪れたが、ロイは村の中で大人しくしていた。
とは言っても何もせずにはいられず、交代で戻って来る剣士や魔術士のために水を用意したり、怪我の手当てをした。世界が終焉に向かっていることを知らせるという《瘴期》に、何かをせずにはいられなかった。
瘴期のロイの活動はともかくとして、30ミテンでロウソクの点滅を10往復こなせるようになったロイに、レーヌは次の課題を出した。
「今度はこれね」
レーヌが用意したのは、縦横2テール、深さ40テリンほどの木製の箱だった。中は仕切り板で、縦横に5分割されている。計25個に仕切られたそれぞれの升目の中には、ロウソクが立てられている。
「この箱はもしかして?」
ロイはその箱に見覚えがあった。
「うん、ロイのお父さんに頼んで作ってもらったの」
レーヌはにっこりと笑って答えた。
ロイの父は、家を仕事場に農具の修理や木工の仕事をしている。村には他にも木工を生業としている人はいるが、レーヌが幼馴染のロイの父に依頼するのは自然なことだった。
「あの時、オヤジが作ってた奴か。それで、今度は何をするんだ?」
「えっと、また、やってみるね」
レーヌは10テールほど離れた木箱を見た。ロイの見守る中で、角のロウソクに火が灯る。続けて隣のロウソクにも火が灯り、次々に火が点いてゆく。
渦巻状にすべてのロウソクに火が灯ると、今度は点灯したのと同じ順番で消えてゆく。
レーヌはそれを3回繰り返した。
「こんな感じ」
「やること自体は今までと同じだな」
「うん。でもこれはロウソクとロウソクが近いから、隣のロウソクに一緒に火が点いたりしないように気をつけないと駄目だよ」
「なるほど」
「慣れたら色々やるのもいいんだけど、武具の強化だけならこれが出来ればいいと思う」
「色々ってどんなことを?」
「例えばね……」
レーヌは、箱のロウソクを様々なパターンで点滅して見せた。
渦巻状にロウソクを全部灯した後、内側から渦巻状に消してゆく。
最初と同じように角から順番に火を点けていき、最後まで灯り切る前に火を消してゆく。
4つの角のロウソクに同時に火を灯し、同時に螺旋状に火を灯し、また4つ角から同時に消してゆく。
一番外側の16本のロウソクに同時に火を灯し、内側へ向けて灯してゆく。
1つ置きに半分のロウソクに同時に火を灯し、直後に火の灯っているロウソクを入れ替える。
他にも、ロウソクを使った何パターンものパフォーマンスを、ロイに見せた。
「……こんな感じで、狙った複数のロウソクに同時に火を点けたり、点けるのと消すのを同時にやったりすると、魔力操作の精度を上げられると思うんだ。さっきも言ったけど、剣士ならここまでできる必要はないけどね」
「へえ。夜にやったら綺麗そうだな」
「あはは、そうだね」
実際にやるとしたら、ロウソクを使わずに魔術で光を灯す方法をとるだろう。今の活力のない村では、そもそもそんなことをやろうとする人もいない。
「今日からは昨日までのとこれを、両方やって」
「両方? これだけじゃなくて?」
ロイは、当たり前のように課題を追加したレーヌに、思わず言った。
「そうだよ。あ、こっちのは間にもロウソクを足して5本にするから」
レーヌは、直線状に並んだ3個のロウソク台を5個に増やした。
「本気かよ。せっかくこの距離に慣れてきたのに」
「だからだよ。戦闘中に魔術を使うんだから、決まった魔力操作だけじゃなくて、どんな距離でも自由に操作できないとね」
不満を口にするロイを諭すように、レーヌは言った。
「解ったよ」
これも一人前の剣士になるための修行だと割り切って、ロイは答えた。
「頑張ってね」
「レーヌは今日も森か?」
ロイは、立ち去ろうとするレーヌに聞いた。
「今日は畑の手伝い」
「そうか。しっかりな」
「うん。ロイもね」
レーヌは笑顔を残して立ち去った。
ロイはまず、新しい課題を試してみる。レーヌは簡単にやっているように見えたのに、なかなかうまくいかない。そもそも、ロウソク1本に火を灯すことも難しい。最初の1本はともかくとして、次々に火を点けようとすると魔力の操作が粗雑になって、隣のロウソクにもまとめて火を点けてしまう。
「こりゃ時間がかかりそうだな」
ロイは一度すべての炎を消すと、改めて箱と向かい合った。
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毎日魔術の特訓を続けることで、5テールごとに5本並べたロウソクの火を操ることは、かなり上達した。 5本のロウソクに火を灯し、消すのに、3ミテンを切るくらいになっている。
しかし、箱に並べられた25本のロウソクを使った訓練は、なかなか捗が行かなかった。ロウソクとロウソクの間の距離は40テリン弱、熟練した魔術士であれば個別に火を灯すのは造作もない間隔だが、今まで魔力操作の訓練もサボっていたロイには困難を極めた。
「くそ、狭い範囲の魔力だけ火に変えるって難しいな」
「落ち着いて、最初は1本ずつゆっくりと確実にね」
今日はレーヌが、魔術の特訓をしているロイを、傍で見ている。
「そう思ってはいるんだけどな。続けていると集中力が乱れるんだよな」
「少し休憩したら? 本職の魔術士でも長時間は集中力が続かないからね」
「ああ、そうする」
ロイは地面に座り込み、家の外壁に背中を預けて、用意しておいた水を飲んだ。それからロウソクの箱に目をやって、レーヌに話しかける。
「なぁ……あんな、ロウソクを使った魔術の練習なんて、他の奴らがやってるところを見たことないんだけど」
「それはそうだよ。だってこれ、わたしがロイのために考えたんだもん」
レーヌは当たり前のように答えた。
「そうなのか?」
「うん。ロイ、剣士を目指すようになってから、魔術の練習全然してなかったじゃない? それで、魔術の基礎しか知らない人が、効率良く魔力を操作できるようになるには、どうすればいいかって考えたの」
「それが、これ?」
「そうだよ」
「……本当に効率いいのか?」
「疑ってる?」
「いや、それなら、他の奴らもこの方法で訓練すればいいじゃないかと思っただけだよ」
「うーん、それは無理かなぁ」
ロイの隣に座ったレーヌは言った。
「なんでだよ」
「ロウソクこれだけ使うんだよ。ロイも何回もロウソク替えてるでしょ? この勢いで村の人たちみんながロウソクを使ったら大変だよ」
「言われてみると、そうだな……。このロウソクは、全部レーヌが用意したのか?」
魔術の訓練を始めた初日、レーヌが森にハチの巣を採りに行くと言っていたことを思い出して、ロイは聞いた。
「そうだよ。最初の3本は違うけど、その分のハチの巣も採って来たし、今じゃロウソクの作り方を教えてもらって、自分で作ってるよ」
「じゃ、このロウソクも……?」
「うん、わたしが作った」
にこにことレーヌは言った。
ロイはそんなレーヌを複雑な表情で見た。
「なぁ……オレのために、なんでそんな親身になってくれるんだ?」
レーヌはきょとんとした。
「なんでって、ロイは村を守るために獣の駆除に参加したいんでしょ? そうできるように手助けしたいだけだよ」
「いや、それでも……オレ、ずっとレーヌに冷たく当たってたのに、なんでそんなにオレのことを思ってくれるんだよ」
ロイの言葉に、またもレーヌは不思議そうな顔をした。
「だって、ロイはわたしの幼馴染で、ずっと一緒だったじゃない。兄妹みたいに。小さい頃からずっとロイが遊んでくれたし、勉強も一緒に受けたし。ロイが剣士を目指すようになってからあんまり話さなくなっちゃったけど、でもいつかはまた前みたいに話してくれると信じてたし、ロイが剣の腕を磨くなら、わたしは魔術士としてロイを助けようって頑張ってきたんだもん。
エベルがロイに落第点を付けるなら、ロイがエベルに認められるまで手伝うよ。だってロイは、わたしの幼馴染で、お兄ちゃんなんだから」
あっけらかんと言うレーヌを、ロイはまじまじと見つめた。それから、ゆっくりと口を開く。
「その、今まで、ごめん。レーヌに冷たくしてて。オレ、自分では一人前の剣士のつもりだったから、1人で獣の駆除を任せてもらえないのが悔しくて、レーヌに八つ当たりしてた。他の剣士だって魔術士と組んでたのに。おまけに、他の剣士が自分でやっていることをレーヌに肩代わりさせて、それにも気付かずに辛く当たって、本当にごめん」
ロイは最初、座ったまま隣のレーヌに言ったが、思い直して立ち上がり、レーヌに深々と頭を下げた。
「もう、気にしないでよ。わたしとロイの仲なんだから」
「いや、レーヌは何も悪くないのに一方的に冷たくしていたのはオレなんだし、謝らせてくれ。ごめん」
「うん、解った。許してあげる。でも、もう、理由もなく冷たくしないでよ。いつか元に戻るって信じてたけど、本音を言えばちょっと寂しかったんだからね」
レーヌは、気持ち頬を膨らませて見せる。
「ああ。もうレーヌにあんな態度は取らないし、自分の力を過信したりもしない。レーヌがいなくても、剣を折ったりしないように魔術も特訓するよ」
「うん。頑張ってね」
レーヌの笑顔に、ロイは魔術の訓練に闘志を燃やすのだった。
■作中に出てきた単位の解説■
距離の単位:
1テナー=100テール
1テール=100テリン
1テナー≒10メートル
1テール≒10センチメートル
1テリン≒ 1ミリメートル の感覚です。
時間の単位:
1季=6旬
1旬=8日
1季≒1ヶ月
1旬≒1週
1ミテン≒1秒 の感覚です。