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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
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1-006 魔術訓練・ステップ1

 翌日の午後、ロイはレーヌに、自分の家の裏手に連れて行かれた。

「身体はもう大丈夫なのか?」

「うん、もうすっかり。ごめんね、心配かけて」

「心配していたわけじゃない。魔術を教えてもらうのが先になっちまうからな」

「そういうことにしておくね」

 ぶっきら棒に答えるロイに、レーヌは微笑んだ。


 家の裏には3つの台が直線上に並べられ、それぞれの台にロウソクが立てられていた。台と台の間はおおよそ10テール(1メートル)。一番手前の台からさらに10テール(1メートル)離れた場所に、レーヌはロイを立たせた。


「ロイも、火を点けたり光で照らすくらいはできるよね?」

「それはできる」

 ロイは人差し指を立てると、その先に光を灯した。

「じゃ、どれくらい遠くに灯せる?」

「遠くまで伸ばしたことはないけど、25テール(2.5メートル)くらいなか?」

「ちょっとやってみて。ロウソクに向けて、光をどれだけ身体から離せるか」


 ロイは、一直線に並んだ3本のロウソクに向けて手を伸ばし、その先に光の玉を作って手から離してゆく。光は、30テール(3メートル)離れた3本目のロウソクの少し先まで届いた。手を伸ばしたことで5テール(50センチメートル)ほど距離を稼いでいるから、ロイの申告した25テール(2.5メートル)は、ほぼ正確だ。


「これなら、この間隔で大丈夫だね。それじゃ、今日からロイには、伸ばした魔力を正確にコントロールする練習をしてもらうよ。まずはわたしのやり方を見てて」

 レーヌはロイの隣に立つと、ロウソクを見た。3本のロウソクに、手前から順に火が灯り、また手前から順に消えてゆく。


「今みたいに、手前のロウソクから順に火を点けて、消す。今はゆっくりやったけど、今の倍くらいの速さ、1セット3ミテン()で連続して出来るようになるのが、とりあえずの目標ね」

「解ったけど……火を点けるのはともかく、消すのはどうするんだ?」

 解らないことを、ロイはレーヌに素直に聞いた。

「魔術で空気を冷やすのもできるでしょ? ロウソクの芯を十分冷やせば火も消えるよ」

「なるほどな。解った。やってみる」


 ロイは手を伸ばし、その先から魔力を伸ばす。1つ目のロウソクまで魔力が届いたところで火を起こし、ロウソクに点火する。1本目にはすぐに火を灯せたが、2本目、3本目と、離れるに従って時間が掛かる。3本目のロウソクに火が灯ったのは、ロイが手を前方に差し出してから約6ミテン()

 火を消すにも、同じくらいの時間が掛かった。

「結構難しいな。これ、最初から向こうのロウソクまで魔力を伸ばしておいてもいいのか?」

「うん、いいよ」

 呆気なく答えたレーヌに、ロイは少し驚いた。てっきり、『それはズル』とでも言われると思ったから。


「ただし」しかし、レーヌの言葉には続きがあった。「全部のロウソクにいっぺんに火を点けていっぺんに消すのは駄目だからね。手前から順番にね」

「解った」

 先に魔力を伸ばしておいて構わないなら楽だな、とロイは3本のロウソクすべてを魔力で覆い、手前の1本目のロウソクの芯の辺りの魔力を炎に変え、すぐに意識をさらに前方へと移す。しかし。


「ロイ、ロウソクに火が点いてないよ」

 レーヌに注意された。

「あれ? おかしいな。ちゃんと点けたはずなのに」

 困惑するものの、ロイは改めて1本目のロウソクに火を灯す。今度は上手くいった。

 続けて2本目のロウソクに火を灯そうとすると……ロウソクの2テール(20センチメートル)ほど手前に火が灯った。

「あ、くそ、難しいな」

「慣れないと、広げた魔力の狙った場所で魔術を使うのは難しいよ」

「そういうことは先に言えよな」

「でも、慣れれば早いよ。どっちの方法でも、ノルマをクリアできればいいから」

「解ったよ。すぐにクリアしてやる」

「これができたら、次のステップに進むから、頑張ってね」

「レーヌは?」


 レーヌが立ち去る雰囲気を察して、ロイは聞いた。

「うん、ちょっと森に行って来る。 今日はロウソクもらって来たんだけど、この先の練習でたくさん使うから、ハチの巣を探して来る」

 村で使っているロウソクは、蜜蝋で作られている。その材料となるハチの巣は、森に行けばそれなりの数を見つけられた。

「1人で行くのかよ」

「うん。みんな仕事があるし。小さい子を連れてくわけにはいかないし」

「大丈夫かよ」

「大丈夫。時々1人で森に行って木の実とか鳥とかとってきてるから」

「……そうか。気を付けろよ。瘴期ほどじゃなくても猛獣は危険なんだから」

「うん。見つけたら瞬間移動で逃げるよ。ロイも魔術の練習、しっかりね」


 森に行く時は、基本的に3人以上で行動することになっている。1人での行動が許されることは、よほどの実力が認められない限り、あり得ない。レーヌにそれが認められたことなど、ロイはまったく知らなかった。

 レーヌの口振りから察するに、彼女が単独行を許されたのはここ数日、数()のことではないだろう。少なくとも数(ヶ月)は経っているはずだ。

 注意していれば気付けたことだろうに、ロイは自分のことばかり考えていて、そのことにまったく気付かなかった。瘴気に()てられた所を助けられたことに加え、歳下の幼馴染との差をまざまざと突き付けられた気分だった。


「オレの方が上だと思っていたのに、こんなに差があったなんてな……」

 1人になったロイは、呆然と呟いた。しかし、今は呆けている時ではない。

 ロイは両手で頬を叩いて気持ちを切り替えると、並んだロウソクに向けて手を突き出した。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 ロイは毎日、剣の稽古に加えて魔術の地味な訓練を続けた。村では子供たちに魔術を教えているし、8歳を過ぎると希望する者にはより実践的な、あるいは実戦的な魔術の使い方を学ぶことになる。例えば、剣士を目指す者が武具を強化するための魔力の使い方を学ぶように。

 しかしロイは、ひたすら剣を極めることだけにしか目を向けていなかった。その結果、剣の技術は村でも5指に入るほどに成長したものの、実戦では役に立たない半端な剣士になってしまった。


 ロイが曲がりなりにも剣士として瘴期の獣駆除で成果を出せていたのは、レーヌのサポートがあってのことだった。ほかの魔術士は、自分とパートナーの剣士を守る結界を張ることと、自分の身を守るために多少の魔術を行使する程度だ。レーヌのように、剣士の武具強化までしている魔術士はいない。


 それを思い知ったロイは、毎日まじめにレーヌから課された課題をこなすべく、魔術の訓練に励んでいた。今まで魔術をまともに使っていなかったため、魔力操作にすら苦労したが。


「レーヌ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 ロイはロウソクに火を灯したり消したりを続けながら、時々傍で見守り指導してくれるレーヌに聞いた。視線をロウソクに向けたまま。

「何?」

「その、さ、オレを助けてくれた時、瞬間移動で来たって聞いたけど」

「うん」

「どうして解ったんだ? オレが危ないって」

「それはね、えーっと」

 レーヌは少し話しにくそうにしたが、ロイに促されるまでもなく言葉を続けた。


「ずっとロイの剣に魔力を通してたからかな、普段も少しわたしの魔力が残ってるみたいで、なんとなく場所が判るの。それが2つに分かれた時に気付いて、それから魔力を伸ばして見ようとしてたの。頭痛がしてたから、集中できなくてかなり手間取ったけど」

「そっか。いつもレーヌはオレを気にしてくれてたんだな」

 ロイはそう言いながら、一番奥のロウソクに火を灯した。

「ロイは小さい頃から一緒に遊んでくれたお兄ちゃんだからね」

 昔の関係に近い状況まで戻れたことを喜ぶレーヌは、少し照れながら返事をした。


「もう1つ、レーヌは家から1回で瞬間移動したのか?」

 手前のロウソクの火を消したロイは、2個目のロウソクの火を消そうと意識を集中しつつ聞く。

「うん、1回だよ」

 レーヌは何でもないように答えた。

「マジかよ。50テナー(500メートル)くらい離れてたんじゃないか?」

「そんなに遠くなかったけど。40テナー(400メートル)ってとこかな。調子が良ければ90テナー(900メートル)はいけるし」


「そんなかよ」

 2個目のロウソクの火を消したロイは、顔をレーヌに向けて言った。

「そんなに魔力を広げられるの、結界士の4人を除けばソーサくらいだろう?」

「はい、ロイはロウソクに集中。そうだけど、わたしは全体に魔力を広げるのは40テナー(400メートル)程度かな。瞬間移動なら方角を決めて狭い範囲に伸ばせばいいからね。広げる必要がない分、遠くまで行けるよ」


 何でもないことなように言う幼馴染に、ロイは改めて戦慄した。村でも数人しか至れていない魔術の高みに辿り着いていることを、当たり前のことのように言うのだからそれも当然だろう。

 レーヌの能力の高さを改めて認識すると共に、そんな人物に魔術を習っているのだから半端なことはできないな、とロイは改めてロウソクと向き合う。


「そう言えば」ロウソクの点灯と消灯を繰り返しながら、ロイはまた聞いた。「毎日、練習を始めて最初はすぐに火が点くのに、2回目からは点きにくくなるのは何でだ?」

 初日にも感じたが、最初は気のせいとロイが無視していたことだ。しかし、連日繰り返しても同じ現象が起きていることを考えれば、何かしら理由がありそうだと、まじめに魔術を意識し始めたばかりのロイでも気付く。


「それは解ったんだ。できればその理由にも自力で辿り着いて欲しいけど、特別に教えてあげる。あ、対策は自分で考えてね」

 火を消す時に、魔力でロウソクの芯を包んで冷気に変え、温度を下げることで強制的に火を消す。そのために、次に火を点ける時にある程度は温度が上がらないと、魔力の変換による火は灯っても、ロウソクの芯に火は点かない。

 そのことを、レーヌは説明した。


「なるほど。じゃ、魔力濃度を上げて強い炎を作って温度を上げればいいのか」

「方法はいくつかあるよ。自分に合った方法を使うのが、多分一番効率がいいんじゃないかな」

「なるほどな。まあ、頑張ってみるさ」

 レーヌの課した『1セット3ミテン()で連続してロウソクに点火・消火する』をクリアするのは、もう少し時間がかかりそうだ。



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テナー=100テール


1テナー≒10メートル

1テール≒10センチメートル の感覚です。


時間の単位:

1季=6旬

1旬=8日


1季≒1ヶ月

1旬≒1週

1ミテン≒1秒 の感覚です。

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