3-007 エピローグ
エンファンは、『創世の書』に最後の一文を書き終えると、羽ペンを置いて書を閉じた。
「はぁ、今までの課題で一番時間がかかったなぁ。時間を10倍くらいに引き伸ばしても600年もかかるなんて」
「慣れれば、より短時間でより長い歴史を持つ世界を創造できるでしょう」
両手を上げて身体を伸ばすエンファンに、マジョルドが静かに答えた。
「つまりは、ボクはまだまだ神には届かない、ってことだよね。しかも神ときたら、『創世の書』を使わずに世界を作っちゃうんでしょう?」
「はい、その通りです」
「それくらいはできるようにならないと、ボクも神にはなれないかな」
「わたくしにはなんとも」
「そりゃそうだよね。神ですら解らないことなんだから、神ならざるボクやマジョルドたちじゃ、解りようもないよね」
エンファンは伸ばしていた身体を戻すと、テーブルの上の『創世の書』を見た。書は、音もなく浮かび上がり、書棚へと飛んで行って空いている場所に納まる。
「これでボクの創った世界は綺麗さっぱり消えて、この星の元々の世界に戻ったわけだね。まぁ、元の世界も同時に存在していたわけだから、表面に出て来た、って言った方が正しいのかな?」
「わたくしには、どちらなのか解り兼ねます」
「まあ、そうだよね。まあいいや。それより、この星の元の世界ってどんなだったっけ? 600年も見ていなかったから忘れちゃったよ」
「ご覧になりますか?」
「うん、そうだね。意識を向けるだけでもいいけど、星全体となるとさすがに疲れるんだよね」
エンファンもマジョルドも特に何もしていないのに、テーブルの上の空間に、立体映像が現れる。
「……何、これ?」
「……何でしょうか?」
その映像には、今まさに地上に着陸しようとする、銀色に輝く方舟の姿が映し出されていた。2人の前で方舟は静かに接地し、巨大なハッチが開くと、そこから人間が下りて来る。
「別の星からの移住者?」
「いえ……そのような兆候があればさすがに気付くはずです……見たところ、この星、それもエンファン様の創られた世界の人間のようですが……」
「……確かに、別の人種で身体組成が完全一致する、なんてことは確率的に有り得ないね……」
考え込むエンファン。
「……エンファン様、10年ほど前に人間が訪れたことを覚えていますか?」
「ああ、覚えているよ。ここに人間が来たのなんて、あの一度きりだし」
「あの時の人間の1人、少女の方が言っていた言葉を覚えていますか?」
「えーと、何を言ってたかな。確か、『瘴期を何とかする』とか『何とかしてみせる』とか言ってたかな。……え? じゃあ、あの時の人間が本当に何とかしちゃったってこと? 元の世界に移住させるっていう方法で?」
「可能性は低いですが、他に思い当たることはありません」
「ちょっと確認してみようか」
映像が、現時点から過去へと逆再生されてゆく。10年分、外の時間で100年分の時間が、高速で流れてゆく。
「マジョルド、ちょっと変じゃない?」
「……ですね。100年どころではない時間の経ち方です」
「たまに外を意識した時に、人間の創る文明の発展速度が異常だとは思ったけど……これ、時間に干渉されてない?」
「はい。エンファン様は100年ほどに引き伸ばしましたが、これは……さらに10倍、1000年ほどにまで引き伸ばされているようです」
「10年より前は普通だから……あの人間が何かやったってこと? そう言えば、神器を色々渡したっけ」
「はい。確か『創世の書』もあったかと」
「それってつまり、『創世の書』を使ってボクの創る世界を書き換えた、じゃないね、書き足した、ってこと?」
「それが一番自然な解釈かと思います」
「敵わないなぁ」
エンファンは椅子の背もたれに寄りかかり、両手を頭の後ろに回した。
「これってさ、神力も持たない人間が、魔力だけで神器を使いこなしたってことにならない?」
「結果から導き出されるのは、その結論が自然ですね」
「それって、神と人間との混血であるボクよりも、純粋な人間の方が『創世の書』を使いこなしてるってことだよね。しかも、ただの人間じゃなくて、ボクの創った世界に産まれた、謂わばボクの被造物である人間が」
「気に入りませんか?」
マジョルドの問いに、エンファンは面白そうに首を振った。
「そうじゃないよ。面白いな、と思ってね。まさか、神の血を引くボクの創造を、ボクの被造物が超えるなんてね。質域も、まだまだ捨てたもんじゃないね」
「神域へ行くのを諦めますか?」
「いや、そんなことはないよ。いつか神域には行くさ。でも、焦る必要はないかな、って。質域はもう飽き飽きだって思ったけど、ボクの被造物がボクを超えるなんて面白いことも起こるって知ったから」
「……また、世界を創造しますか?」
「そうだね。今度は元の世界に被せるんじゃなく、星そのものから創りたいな。『創世の書』もなしで創れるようにならないとね」
「それもよろしいでしょう」
感情を示すことのないマジョルドのエンファンを見る目は、どこか優しげだった。
第三部 完
この後、あとがきを投稿します。




