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3-005 離昇

▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「だけど、結局世界は滅ぶんだろ? そしたら人間も一緒に滅んじまうんじゃないか?」

「そうさせないために、世界と人間の結び付きを切るんだよ。物理的にも概念的にも」

「物理的、ってのは解る。そのための方舟なんだよな。でも、概念的ってのは?」

「何て言えばいいかな、人間、人類がこの世界に産まれたことをなかったことにする、みたいな感じかな」

「産まれなかったことになったら、そもそも最初からいないことになるんじゃないか?」

「そこは、産まれた場所を別に用意すればいいんだよ。方舟とかね」

「は? 方舟ってこれから造るんだろ? 人間はすでにいるじゃないか。順番がおかしいだろ」

「関係を変える時には両方とも存在してるからね。言葉遊びみたいなものだから、問題ないよ」

「言葉遊びって……人類の存亡がかかっているんだから、もうちょっと重い言葉を使えよな」


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △




 方舟の赤いラインが残り1つになった翌日、セクレットが2人の客をアークの元に連れて来た。

「よお。元気にやってるか?」

「お兄ちゃん、おひさ」

「アミルにソア。珍しい組み合わせだね」

 友人と妹の訪問で、アークは端末の画面から顔を上げ、大きく伸びをした。


「うー、肩が凝った」

「少しは運動もしないと駄目だよ、お兄ちゃん」

 妹のソアが、腰に手を当てて言った。

「でも場所も道具もないからねぇ。何しろ、方舟の中だし」

「そんなのなくても、柔軟体操くらいできるでしょ。研究に打ち込むと籠っちゃうんだから」

 言い訳をするアークに、ソアは厳しく言う。


 兄妹のやりとりを見ながら、アミルはブースにずかずかと入り、コーヒーを2杯入れた。

「ソアちゃん、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 アミルはソアにカップを1つ渡して、椅子に座った。ソアはブースの端にあるベッドに腰を下ろした。

「そのコーヒー、ボクのなんだけどなぁ」

 アークは方舟に乗る前の研究室にいた時と同じことを言った。


「アークが乗ってから30日以上経つのにまだ残ってたか、このコーヒー」

 アミルはコーヒーを啜って言った。

「うん。持ってた在庫全部持って来たし、それにセクレットさんに頼んで買い漁ってもらったんだ。ほら、ベッドの下に箱があるだろ?」

 名前を出されて、ブースの入口に立っているセクレットがビクッと身体を震わせた。


「お兄ちゃん、このコーヒー好きだもんね」

「どんだけ好きなんだよ。こんなに持ってってどうすんだ?」

「新天地にこのコーヒー豆があるとは限らないからね。あっても、製品にするのに時間がかかるだろうし」

 アークは、2人の物より大きいカップに注がれたコーヒーを美味そうに飲んだ。

「そう言うところには頭が回るよな」

 アミルは呆れたような声で言った。


「それで、今日は何の用?」

「お兄ちゃん、可愛い妹が訪ねて来たのに、それはないんじゃない?」

「はいはい。ソアがいるってことは、父さんと母さんも乗ったんだね」

「うん。えっと、ここより3階層下かな? そうだ、これ、あたしたちのいるブース」

 ソアは服のポケットから紙切れを出してアークに手渡した。

「これは? ああ、ソアたちのいるブースの番号ね。メッセージで送ってくれても良かったのに」

「今はネットワーク使えないよ? 知らないの?」

「へ? だって……」

 アークは端末の画面を見る。外のネットワークのデータが映っている。


「方舟の中は、必要なごく一部しかネットワークに繋がっていません。それよりも市民の乗舟が優先されましたので」

 セクレットが補足してくれた。

「あ、そうなんだ。知らなかったよ」

「まったくもう。知らないのなんてきっと、お兄ちゃんくらいだよ」

「ごめんごめん」

 謝ってから、何で謝ってるんだっけ?、とアークは考える。が、どうでもいいことなのですぐに忘れた。


「時間を作ってお父さんとお母さんにも顔を見せに来なさいよ。2人とも、お兄ちゃんは忙しいだろうから、って気にしてあたしだけで来たんだから」

「はいはい。このブースにいるんだね」

「そうよ」

「時間を見繕って行くよ。それでアミルは? コーヒー飲みに来たの?」

 兄妹の会話を口を挟まずに聞くともなく聞いていたアミルに、アークは顔を向けた。


「それもあるけどな。聞いてみたいことがあって来たんだよ」

「何?」

 アミルは身体を乗り出し、肘を膝に置いてアークを見た。

「この方舟、どうやって動くんだ? 俺たちは本当に、新天地に行けるのか?」

「あれ? 聞いてない? 技術者が調べたけど、動力は判らないって話」

「聞いた」

「専門家にも判らない技術的なことが、ボクに判るわけないよ」

「そうか。創世神話を研究しているお前なら、何か判るんじゃないかと思ったんだが」

 アミルは身体を起こしてカップを煽った。


「技術的なことは判らないけど、推測はできるよ」

 アークの言葉に、アミルはカップを煽ったまま固まった。ゆっくりと腕を下ろし、アークを睨みつける。

「おい。知っているならさっさと吐け」

「やだなぁ、そんな怖い顔して。知ってるわけじゃなくて、これまで調べたことからの推測だよ」

「推測でも何でもいい。話せ。いや、吐け」

「はいはい。でも、アミルが聞いてどうするの? アミルだって技術者じゃないでしょ?」

「専門は関係ない。得体の知れない物に運命を預けることにムズムズするだけだよ」

 アミルはコーヒーのお代わりを注ぎながら言った。ソアのカップにも注ぎ、エクレットにも聞いて断られ、椅子に戻った。


「アミルぅ、ボクにもお代わり」

「自分で淹れろ」

「もう、質問に来といてそれなんだから」

 ブツブツ言いながら自分でコーヒーを淹れたアークは、椅子に座ってコーヒーを一口飲んでから、口を開いた。


「魔術って知ってる?」

「魔術? 『超美少女魔術戦士ジャスティエーヌ』みたいなの?」

 ソアが、子供の頃に見ていたアニメーション作品のことを口にした。

「うん。まあ『超美少女魔術戦士』は創作で、実在するわけじゃないけどね」

「そんなことは解ってる。無駄話はするな」

 アミルがイライラと言った。


「まあまあ、落ち着いて。方舟の動力のことは前にセクレットさんにも聞かれてね、その時も『判らない』としか答えられなかったけど、頭のどこかに引っかかってたんだろうね。折につけて昔の資料を調べ直してたんだよ。

 それでボクは、かつて、1000年以上前には、この世界に魔術が実在した、と結論付けた。方舟はその魔術で動くんだよ」


 夢物語のようなことを言い出したアークを、アミルは呆れたように見た。

「アニメの中のような魔術や魔法が、現実にあったって? あれは創作だってお前も言ったばかりだろう。創作と現実は別物だぞ」

「うん。ボクだって、アニメの中のようなことが過去にできたと言いたいわけじゃない。むしろ、過去に実在した魔術はアニメの魔術とか魔法とか、あとは超能力とかもかな、そういうのよりもずっと地味なものだったと思う」


「地味?」

 ソアが首を傾げた。

「うん。お湯を沸かしたり、光を灯したり、物を持ち上げたり、とか、その程度」

「何でそんなことを言えるんだよ」

「過去の資料を見てるとね、どうにも不可解なところが時々あるんだよ。うーん、例えば、解りやすいように思いっきり噛み砕いた例を挙げると、深夜のことが書いてあるのに妙に辺りが明るい、とか。松明くらいじゃそんな明るくできないのに」

「それは、明かりの記述を省いてただけ、とか言うオチじゃないのか?」

「1つ2つならそう思うんだけどね、改めて過去の記録を漁ると、結構出てくるんだよね、これが。

 で、その不自然な記述を洗っていって、さっきのような魔術を使えたんじゃないか、と推論した」


「それが方舟の動力とどういう……待てよ、その『物を持ち上げる』魔術で方舟を浮かそうってことか」

「うん、多分。それだけじゃなくて、この天井の明かり」

 アークは天井を指差した。アミルとソアが天井を見上げる。

「これも魔術で光っているんだと思うよ」

「お兄ちゃんさっき、『光を灯したり』って言ってたもんね。ふーん、これ魔術なのか」

 ソアが顔を上に向けたまま言った。


「魔術ねぇ。1000年ってことは、歴史の希薄期間よりも前、ってことか?」

「うん、そう」

 アミルの言葉に、我が意を得たりとアークは頷く。

「歴史の希薄期間に何かあって、魔術を使えなくなったってことか。それなら、方舟は1000年以上前に造られた、ってことか?」

「それは判らないよ。歴史資料をもっと読み解けば判るかも知れないけど、今は時間がないし。今までそんな視点で見てた学者もいないだろうし」


「そうか。そうだな。でもお前に聞いて良かったよ。また気付いたことがあったら聞かせてくれ」

「いつでもいいよ。次は新天地で、かな」

「そうかもな。到着が遅れたら、方舟の中で聞くかも知れないが。

 じゃ、そろそろ行くよ。コーヒー、ごちそうさん」

「あ、あたしも。お兄ちゃん、たまにはあたしたちのとこにも来てね」

「解ったよ」


 アミルとソアはカップを片付けてから、セクレットに連れられて去って行った。アークは椅子に座ったまま見送った。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 アークの元をアミルとソアが訪れてから3日後、方舟の赤いラインがすべて消えた。それと同時に、方舟後方のハッチが重い音を立てて閉じてゆく。

 アークの予想があったので、数ミック(時間)前からハッチ付近は立ち入り禁止になっていたので、それによる混乱はなかった。


 ハッチが閉じると、方舟は大気を押し退けながら浮かび上がった。同時に、方舟内部の各層の壁に、外の様子が映し出された。避難していた人々から感嘆の声が上がる。

 映し出された光景には、何人かの人々が映っている。方舟に乗ることを由としなかった人々を中心に、およそ2割の人々が残っている。シンクタンクが出した人数よりも少なかったが、国民の希望を優先した結果だ。


 方舟はどんどんどん高度を上げて行く。それに従って壁に映る外の光景も変わってゆく。徐々に明るくなりながら地上が遠くなり、そして今度は暗くなりながら丸い星の形状が見えてくる。


「これがボクらの暮らしていた世界、星かぁ。新天地はどんなところなんだろうねぇ」

 壁の映像を見ながら、アークは独り言ちた。



■作中に出てきた単位の解説■


時間の単位:

1日=20ミック


1ミック≒1時間 の感覚です。


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