表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
5/54

1-005 謝罪

 質素な食事を終えたロイは、家を出る前に、武具を置いてある部屋の隅を見た。木剣と防具は普段通りだが、3つに折られた剣は床の上の細長い箱に入れられている。夜が明けてからランスが持って来てくれた、と父が言っていた。剣の柄の部分を取る。


 今まで、折れたことはおろか刃こぼれすらしたことのない剣が、すっぱりと斬られている。いや、昔の記憶をよくよく引き出してみると、獣の駆除で村の外に出ることを許される前、村の中に入って来た獣だけを相手にしていた時は、折れることはなかったものの刃こぼれはあった。刃こぼれすらなくなったのは、村の外での駆除を許されてからのことだ。


 それをロイは、自分の剣の扱いが向上したためと考えていた。実際、駆除への参加を許される前も後も、人一倍剣の稽古をしている。それは決して独り善がりではなく、他の村民も認めるところだ。

 しかし昨夜の戦闘では、数頭の獣を斬っただけで斬れ味が落ち、オオカミに剣を折られた。さらに、エベルはこの剣を斬ったという。今まで積み上げて来たと思っていたものが、砂上の楼閣だったと突き付けられた気分だった。


 剣の柄を置いて、今度は籠手当てを手に取る。これもだ。今までも獣の攻撃を防いで傷が付いたことはあるが、一撃でこれほど深い傷を負ったことはない。下手をすると腕にまで届きそうだった。いや、届いていたのだ。あの時、痛みを感じたし、今も腕には包帯が巻かれている。


 剣にしろ防具にしろ、突然強度が落ちるとは思えない。今までは背中をレーヌが守ってくれていたから、前方に意識を集中できて実力以上の力を出せていたのだろうか?とロイは悩む。


 しかし、いつまでも悩んではいられない。ロイは籠手当てを元の場所に置き、重い足を引きずるようにして家を出た。


 外は、太陽が高く昇っているのに、どこか薄暗さを醸し出している。いつもと同じように。道行く人々もどこか元気がなく、村全体に活気がない。

 父から、世界が終末に向かっていることを聞いて以来、村のその様子に腹を立てるロイだったが、昨夜の瘴期に失態を晒して気落ちして苛立ちも起きない。終末に対抗しようにも、瘴気にすら打ち勝てずに空回りするようでは、やがて来る終末を最初から受け入れている村人たちと変わらないではないか、と。


 頭を振ってそんな思いを振り払い、ロイはエベルとランス、それにマギーを探して、村の広場へ向かった。

 エベルはすぐに見つかった。広場の入口辺りで村民の1人と何か話していたが、ちょうど終わったらしく、ロイが近付く前に2人は別れた。


「エベル」

 ロイは、1人になったエベルに声を掛けた。

「ロイ、身体はもういいのか?」

「はい。……その、ご迷惑をお掛けして、すみませんでしたっ」

 ロイは勢い良く、深々と頭を下げた。

「……解っているならいい。が、次の瘴期からは、お前の参加は許可しない」

「えっ……」

 頭を上げたロイの表情は、誰が見ても情けないものだった。


「何を驚いている。当たり前だろう? 剣もないし、だいたい、言うことも聞かずに暴走して仲間を傷付けるような奴を、同じ戦場に立たせられないな」

 エベルは冷たく言い渡した。ロイは、言い返そうとしたが、エベルの言うことはいちいち尤もだったので、反論の言葉を紡げず、口を何度かパクパクさせることしかできなかった。


「解ったな?」

 絶句するロイに、エベルは念を押すように言った。ロイは黙ったまま頷き、しかしそれだけでは終われないと、唇を抉じ開けた。

「あのっ、その、オレ、次に獣駆除に出られるのはいつですか?」

「……ロイが俺を納得させられたら、だ」

 エベルは少し考えてからそう答えると、もう話すことはないとばかりに、ロイが次の言葉を発する前に去って行った。


 ロイは唇を引き結び、悔しさに耐えていたが、謝らなければならない人が他にもいることを忘れてはいなかった。

 深呼吸して心を落ち着けてから、ロイは広場の中へと入って行った。訓練場として使われている一角で、何人かの剣士が木剣を持って案山子に斬り込んだり、手合わせをしたりしている。


 ロイはその集団に近付き、案山子に木剣を打ち込んでいる1人に声を掛けた。

「ランス」

「ん? ああ、ロイか」

 ランスは手を止めて、タオルで汗を拭きながらロイに向かって歩いて来た。

「ランス、すみません、暴走した挙句、怪我までさせて」

 ロイは深々と頭を下げた。ランスは笑いながら左腕を突き出した。

「こいつか? 気にするな、大したことはないさ。ほんのかすり傷だ。次の瘴期までには完治するさ」

 それでも、傷を負わせてしまったことに代わりはない。ロイは平身低頭、謝るしかできなかった。


「しかし驚いたぜ。意識がなかったら魔力の操作もできないだろう? それなのに、魔力で強化した籠手当てを突き破るんだからな」

「魔力で強化? オレ、元々魔術なんて使ってないけど」

 ロイは首を傾げた。

「魔術ってほどでもなくても、武器や防具に魔力を通して強化してるだろう? じゃなきゃ、獣を何匹が切っただけで血糊で斬れ味は落ちるし、刃こぼれもする。防具だって、革の防具じゃ獣の爪が掠っただけで切り裂かれちまうよ」


 ランスの言葉に、ロイは絶句した。ロイは、今まで獣の駆除中に剣にも防具にも魔力を纏わせたことなど一度もなかった。それなのに、剣が折れたことはおろか、斬れ味が鈍ったことすらないし、獣の爪を籠手当てで防いだ時も小さな傷が付いただけだった。

 その理由を考えると、自然に1つの答えに辿り着く。パートナーとして同行しているレーヌが、結界で瘴気を防いでいただけでなく、ロイの剣や防具の強化もしていた、という答えに。


 ランスの言葉でその事実に思い至ったロイは愕然とした。今まで、足手纏いとまでは言わないものの、獣も殺せない、いても邪魔なだけだと思っていた歳下の少女に、今回瘴気に()てられたところを助けられただけでなく、今までもずっと守られていた、と知って、ロイは改めて自分の未熟さを思い知った。


「おい、ロイ、どうした?」

 ランスに声を掛けられて、ロイは我に返った。

「なんでもないです。その、お願いがあるんですが」

「どうした? しおらしくなって。まあいい、言ってみろ」

 ランスは笑って応じた。

「その、魔力で武具を強化する方法を、オレに教えてくれませんか?」

「ん? ロイ、まさか今まで、強化していなかったのか?」

 ロイは曖昧に頷いた。


「それであれだけの腕前かよ。末恐ろしいな。いや……」

 今まで強化もせずに獣と対峙していたロイに感心したランスだったが、すぐにロイと同じ結論に辿り着いた。しかし、ロイの自尊心を慮って、指摘することは思い止まった。

「……そうだな、剣の扱いならともかく、魔力操作となるとな……どう教えたもんか。……いや、俺に頼むより相応しい子がいるだろう?」

 ロイは微妙な顔をした。ロイにも、ランスの言う『相応しい子』が誰なのかは解っていた。しかし、どうにも頼みにくい。とは言え、彼女にも会わないわけにはいかないのだし、剣士よりも魔術士に聞く方が適当だろう。


「さてと、俺はもう訓練に戻るよ。そうだ、マギーはガキどもに魔術を教えているから、挨拶するなら後回しにしとけよ」

「解った。本当にすみませんでした」

 改めて頭を下げるロイに、ランスはひらひらと手を振って、再び案山子に向かい合った。

 ロイは、訓練場を後にし、広場からも出た。


 ロイはのたのたと、レーヌの家に向かった。レーヌの病は、流行り病ではないと判断されたらしく、今日はレーヌの父親も農作業に出ていると母から聞いている。昨夜の無茶にもかかわらず、レーヌの病状も快方に向かっているそうだ。今なら、見舞いと謝罪に訪れても迷惑ではないだろう。

 それでも、ロイの足取りは重かった。今まで邪魔に思っていた幼馴染に、実はずっと助けられていたと解ってしまったから。レーヌは最初から知っていたに違いない。何しろ、自分がやっていたことなのだから。

 それを思うと、どんな顔をしてレーヌに会えばいいのかも判らないロイだった。


 狭い村のこと、いくらゆっくりと歩いたところで、さして時間もかからずに、ロイは目的地に着いた。そっと扉をノックする。少しして、内側から扉が開かれた。

「ああ、ロイ。レーヌの見舞いに来てくれたのかい?」

 レーヌの母親がロイを迎えた。普段は夫婦で農作業をしているが、レーヌの看病のために残っているのだろう。

「はい。その、今回はすみません……」

「いいんだよ。レーヌが勝手に出て行ったんだから。もう寝床に起き上がれるくらいにはなっているから、会っていっておくれ」

「……はい」


 部屋に入れてもらうと、レーヌは布団に寝ていたが、母にロイの訪問を告げられてすぐに起き上がった。母はレーヌの肩に薄い布団を掛けてから、ロイに場所を譲って出て行った。

「もう起きても平気だと思うんだけどね。今日は寝てろってお母さんが言うから」

 そう言って笑うレーヌは、いつも通りの彼女に見えた。


「その、レーヌ、ごめん。助けてくれて、ありがとう」

 ロイは、床に頭をつける勢いでレーヌに謝罪した。

「いいの。わたしはロイのパートナーなんだから、当たり前だよ。わたしこそごめんなさい。身体を壊したりして」

「それは、仕方ないよ。碌な医者もいないんだし。オレの方こそ、本当に悪かった。今までずっとレーヌに無理をさせていたのに、全然気付かなくて。許してくれとは言わない、でも、謝らせてくれ」


 頭を下げて謝罪するロイに、レーヌは(『今まで』って何だっけ?)と首を傾げ、一拍置いて、ロイの武具に掛けている強化だと気付いた。

「あ、ううん、ロイが剣を使うのに集中できるようにって、わたしが勝手にやってただけだから」

「でも、オレに魔術を覚えるように言っていたのは、オレが自分でそれをできるように、なんだろ?」

 ロイは、日頃からレーヌに言われていことを、武具強化と結び付けていた。


「わたしがいない時とか、離れちゃった時には自分でできた方が便利だよね、って思って勧めてたんだよ」

「それでも、オレがもう少し……いや、過ぎたことを言っても仕方ないよな。……レーヌ」

 ロイは、居住まいを正して言った。

「なあに?」

 レーヌも背筋を少し伸ばす。


「……オレに魔術を教えてくれ。剣や防具の強化の仕方、それに、結界の張り方も」

「えっと、いいけど、わたしでいいの? わたし、他人(ひと)に教えたことなんてないんだけど。ソーサとかマギーとか、ベテランの魔術士の方がいいんじゃない?」

「いや、レーヌがいい」ロイは身を乗り出すようにして言った。「オレを助けてくれたのは、ずっと助けてくれていたのは、レーヌだ。そのレーヌに習いたい」

「それならいいけど、厳しいよ?」

「承知の上だ」


 レーヌはロイの瞳を真っ直ぐに見つめた。ロイも、レーヌの視線をしっかりと受け止めた。

「うん、解った。準備することもあるし、明日の午後でいい? ロイには剣の稽古の時間も必要だし」

「ああ、構わない。よろしく頼む」

「任せて。上手く教えられるか判らないけど、頑張って教える」

 ロイは力強く頷き、レーヌもにっこりと微笑んで魔術の教師役を請け負った。



次の投稿は7/24(日) 17:00頃の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ