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3-002 方舟出現

▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「時間を引き延ばしたとして、世界が終わることには変わらないんだろ? その後はどうするんだよ」

「うんとね、未来の人たちには方舟に乗ってもらって、いったん世界から離れてもらう。それで、新しい世界に新しい生活を作ってもらうの」

「どこから聞けばいいんだか……その方舟ってのは、どうするんだ? 未来の人たちに作らせるのか?」

「それはわたしが用意するよ」

「どうやって。1000年も生きられないだろ」

「うん。だから世界中から魔力を地下に吸収して、その魔力で地下の金属を方舟に作り変えるの。世界が終わる前にその方舟を地上に出して、みんなに乗り込んでもらうのよ」


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △




 ズズズズッ。


 地響きの音に、アークは目を開けた。家の柔らかいベッドではない。研究室のソファーの上だ。一(週間)のうち半分は、家に帰らず研究室に泊まっている。帰るのが面倒だという、ただそれだけの理由で。


「んん、もう朝か……わっぷっ」

 寝惚け眼で掛けてある毛布を剥ぎ、身体を起こそうとして、アークは床に転げ落ちた。

「いてて。ん? なんだ?」

 アークは腰を摩りながら立ち上がった。地響きはまだ続いている。腰を撫でながら窓際に寄り、ブラインドを開いた。


「アレは……」

 窓の外に、昨日まではなかった巨大な物体が見える。あまりに大きいのですぐ近くに見えるが、ソレがあるのは街の外だ。アークは感慨深そうに、ソレを見つめた。地響きは、いつのまにか止まっている。

 突然、携帯端末が音を奏でた。通話の着信音だ。アークは窓から離れ、どこだったかな、と音を頼りに携帯端末を探す。机の上に放り出してあった端末はすぐに見つかった。


 アークは相手の名前を確認し、椅子に座ってから卓上端末で受けた。

「やあ、アミル、おはよう」

 端末の画面に映った友人に、アークは言った。

「おはようじゃないっ。アークっ、外を見たかっ」

「うん、見たよ」

 コーヒーを飲みたいな、などと思いながら、アークはのんびりと答えた。

「呑気にしている場合かっ。おい、アレがお前の言っていた“方舟”かっ」

「言ったのはボクじゃなくて創世神話だよ」

「どっちだっていいっ。じゃ、世界はもう終わるってことかっ」

「だろうねぇ。早いとこ、方舟に乗らないと世界と一緒に人類も、他の生物も滅ぶよ」

「どうしてそう落ち着いてられるんだよっ」

「ボクにとってこれは、起こるべくして起こったことだからね。今更慌てることじゃないよ」

「だからって、お前この間、30年は大丈夫だって言ってただろうが」

「そんなことは言ってないって。30年以内って言ったんだよ」

「それだって、いきなり3日後とは思わんだろうがっ。……いや、すまん、そんなことを言っている場合じゃなかった。実は例の議員から、今後どう動けばいいのか助言を求められているんだ。どうすればいい?」

「それこそ、政府や政治学者で考えて欲しいんだけどなぁ。ボクの専門は考古学と歴史学なんだけど」

「いいからっ」

「はいはい。そうだなぁ。まずはアレの中を調べるでしょ、それと国民への告知と乗舟のための整理でしょ、それから方舟に積み込むもの、獣や植物、それに食糧や機材なんかの手配かな。細かいことはそっちで考えて欲しいんだけど」

「解った。またお前の助言を聞きたい時は連絡する。端末を常に持ってろよ」

「はいはい」


 慌ただしく、通話は切れた。アークは椅子に背を預け、向きを窓に変えて出現した方舟を見た。

 白銀に輝く(やじり)型のスッキリした形状は、芸術的とはお世辞にも言えないものの、どこか美しくもある。

 側面には、前方から後方にかけて1本の赤いラインが引かれている。ラインは10個に分割されていて、照明のように見えた。

 全長は2.5テック(キロメートル)ほど、全高は1テック(キロメートル)弱だろうか。方舟までの距離が判らないので、大まかな推測しかできない。


(世界中で同じことが起きてるんだろうなぁ)

 方舟を見ながら、アークは他人事のように考えた。

 端末がまた、着信を告げた。アークは、さっさとコーヒーを淹れておくんだった、などと思いながら、椅子の向きを変えて端末の画面を見た。

 着信は、マスコミからだった。受ける前に別のマスコミからも1件。さらに続けてマスコミ関係者からの連絡がぱらぱらと入る。

(全部受けていたらキリがないなぁ。面倒だし)

 そう思いつつ、アークは目を止めた1つの受信を受けた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



「本日早朝、世界各地の空中に巨大な物体が突然現れ、地上へ着地しました。これが何なのか確認はされていませんが、世界各地に伝わる創世神話に出てくる、方舟だと見る人もいます。

 本日は、以前より創世神話の研究を続けている首都大学のアーク教授に、スタジオにお越しいただきました。創世神話と方舟について、お話を伺いたいと思います。

 教授(せんせい)、どうぞ」


 進行を任されたアナウンサーに促されて、アークは話し出した。

「えーっと、この局の番組に一度出たことがあるので、ボクのことを覚えている人もいるかも知れません。2年くらい前だったかな?」

 アークがカメラに向かって、のんびりと喋る。

「1年6季(9ヶ月)前の、『世界終末特集』ですね」

 アナウンサーがアークの言葉を補足した。


「そうそう、そんな番組。その時は誰もボクの説を、って言うより、みんなも知ってる創世神話の信憑性を誰も信じなかったんだけど……」アナウンサーが居心地悪そうに肩を縮めている。が、アークは気にしないどころか、気付きもしない。「……今日、方舟が現れたことで、創世神話が事実だということが判明したわけです。もちろん、事実って言っても、多少の脚色はあるんだろうけどね」


 アークが言葉を切るのを待っていたかのように、アナウンサーが口を開いた。

「それでは、創世神話の通りに、世界は終わりに向かうということでしょうか?」

「うん、そう。だけど、それから逃れる手段も創世神話は語っているよね。そのための方舟だよ」

「つまり、方舟に乗れば、新天地へと導かれ、人類は生き延びることができる、そういうことでしょうか?」

「そう。人類だけじゃない、獣や植物もね。きっと新天地はまっさらで、獣も植物もいないんだろうね。そんなところに人類だけで行ってもすぐに飢えちゃうよ。だから、できるだけたくさんの生命を方舟に乗せる必要があるだろうね」


「なるほど。世界の終焉から人類だけ逃れても先は短い、と。その新天地とは、いったいどんな世界なんでしょう?」

「それは知らないよ。創世神話も語っていないし。実際に行ってみるしかないんじゃないかな。移住を促すくらいなんだから、少なくとも数千年は安泰な世界なんじゃないかな。

 でも、今はそんなことどうでもいいでしょ。未来のことで頭を悩ませている間に世界が滅びちゃったら元も子もないんだから。今は方舟に乗る、後のことは新天地に着いてから考える、それでいいんじゃないかな」


「確かに、教授(せんせい)の仰る通りですね。

 現在、政府は軍を動かして方舟内部の調査を行なっています。問題がなければ、国民の方舟への乗り込みも順次行われることになるでしょう。国民の皆さんは慌てることなく、避難の準備を整えて政府からの指示を待ってください。

 ところで教授(せんせい)、方舟はいつ世界を離れるのでしょうか? それから、新天地までどれくらいかかるのでしょうか?」

「うーん、前者は軍の調査待ちかな。制御室とかあれば、いつ陸地を離れるのかカウントダウンしているかも知れないし。後者は、これはまったくのボクの想像なんだけど、短くて1(週間)、長くて1(ヶ月)くらいだと思う。あれだけ大きい方舟でも、人間に獣に植物まで詰め込んだら、狭くて仕方ないからね。新天地に到着する前にストレスで全滅なんてことになりかねないから、そんなに長くはかからないと思うよ」


「解りました。教授(せんせい)、今日はありがとうございました」

 マスコミとしては、アークにこの後も色々と聞きたかっただろうが、最初にアークが制限した収録時間を律儀に守った。アークとしては、いつまでもスタジオに縛られるのは面倒だ、程度の気持ちで要求した制限なのだが。

 他に、収録した映像は、他のマスコミ各社からの要求があれば提供するように、という条件も付けている。これも、いくつもの社で同じようなことを喋るのは面倒だ、というだけの理由に過ぎない。


 収録を終えたアークは、荷物を置いてある控え室へ戻った。椅子に落ち着いて携帯端末を見ると、今までに見たことのない量の着信がある。

「うわぁ。これは大変だなぁ。全部無視していいかなぁ」

 そんなことを呟きつつも、アークは1つの着信記録を確認すると、その相手を呼び出した。相手はすぐに出た。


「ちょっとお兄ちゃんっ、テレビ見たよっ。どういうこと?」

「ソア、ちょっと音量下げて」

 アークは携帯端末の小さい画面に映る妹に、苦言を呈した。

「悪いわね。それで、お兄ちゃんが言ってた戯言が、実は真実だったってことでいいの?」

「そういうことだね」

「じゃあさ、あたしは何をすればいい? あたしだけじゃなくて、お父さんとお母さんもだけど」

「アナウンサーの人も言ってたけど、避難の準備しておけばいいよ。荷物はなるべく少なくね。政府から案内が来たらすぐに方舟に乗れるように」

「解った。お兄ちゃんは?」

「うーん、多分だけど、ソアたちとは一緒には乗れないかな」

「どうしてっ」

「一応、ボクはこの件での第一人者ってことになるからね。これから忙しくなると思うから」

「お兄ちゃんだけ乗れない、なんてことないよね?」

「それはないね。むしろ、先に乗せられてそこに仕事場を作られるんじゃないかな。『方舟に乗れ』って言ってるボクが率先して乗らないと、みんなが不安に思うかも知れないし」

「それはあるかもね。解った。じゃ、避難準備しておくよ。気を付けてね」

「ソアもね。父さんと母さんにも言っといて。こんな時は暴走する奴も出るだろうから」

「大丈夫。あたしに任せて」


 通話を終えてから、頼りにしてるよ、とアークは妹に心の中で言った。それから携帯端末を見て、溜息を吐く。

「こっちも連絡しないとなぁ。アミル、勝手にテレビに出たこと、怒るだろうなぁ」

 独り言ちつつも、アークは友人を呼び出した。



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テック≒ 1キロメートル の感覚です。


時間の単位:

1年=8季

1季=6旬

1旬=8日


1  季≒1ヶ月

1  旬≒1週間 の感覚です。


日本と単位が違うので、例えば4季と言っても感覚として4ヶ月の場合と6ヶ月(=半年)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。

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