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3-001 神話の研究者

▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「世界が滅ぶまで、あと100年くらいなんだろ? 世界の再生の準備に、どうやって1000年も時間をかけられるんだよ」

「ロイ、不思議に思わなかった? エンファン様の館とここで、時間の流れ方が違うことに。同じ星の上なのに、太陽の昇る時間が違うってことになるんだよ」

「……言われてみれば……だけど、終末までの時間が変わるわけじゃないだろ」

「そんなことないよ。時間の流れが違うってことはさ、ここの時間の流れ、太陽や星の動きも、見せかけなんだよ」

「見せかけ?」

「そう。『創世の書』で時間が10倍に引き伸ばされ、見せかけの空を見せられているの。

 それなら、わたしも『創世の書』で時間をさらに10倍に引き伸ばせばいい。太陽や星は、エンファン様の『創世の書』が勝手に調整してくれる。それで、1000年の時間的余裕を作るの」


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △




「おい、アーク、また議員にアポ無しで突撃して玉砕したんだって?」

 大学のビルの13階の研究室にノックもせずに入って来たアミルが、呆れ返ったという声で言った。

「だいたい、お前はコミュニケーション能力最低レベルなんだから、交渉なら俺を通せよ。俺でなくても、誰でもいいが」

 アミルは、まるで自分がこの部屋の主であるかのように、自然にコーヒーをカップに注ぎ、椅子に座った。


「いつも言ってるけどさぁ、部屋に入る前にノックくらいしてよね。ここ、ボクの部屋なんだから」

 部屋の主であるアークが文句を言った。

「ノックしたところで、10回に9回は返事しないだろ。暇してても。なら、ノックの必要なんざない」

 アミルは椅子に背を預けて言い、コーヒーを美味そうに飲んだ。


「そのコーヒー、ボクの自前なんだけどなぁ。まあいいや。それで、何の用?」

 アークは面倒臭そうに言った。アミルは椅子の背もたれから身体を起こし、膝に肘をついて身を乗り出した。

「アーク、お前本気で言ってるのか? 間も無く世界が滅びるって。いや、お前が本気なのは解っているし、だから俺も、議員やマスコミへの繋ぎに協力してきたわけだが……それでも半信半疑、いや、8割はお前の妄想だと思っている。お前がいい加減なことを言う性格ではないと解っている俺でもだ。もっと確実な証拠でもないことには、誰も説得できはしない」


「そんなことないでしょ。アミル、議員さんを何人か、説得してくれたじゃない。マスコミは1人残らず、色物扱いだったけどさ」

「当たり前だろ。議員だって、俺とのこれまでの付き合いで聞いてくれただけだ。それも、お前の説じゃ説得し切れないから、『万一大災害が発生した時のために資材や食糧を備蓄し、人々が速やかに避難できる環境を整える』って名目で国会に働きかけてもらってる。

 それだって、いつ起こるか、起こらないかも知れない災害にそこまで予算を割けないという声の方が大きい。証拠を示せないことには、これ以上は望めないぞ」


「そうは言ってもさぁ」

 アークは面倒臭そうにキーボードを叩いた。壁に、誰もが知っている創世神話が映し出された。

「これを詳細に調べて、過去の歴史と付き合わせた結果、としか言いようがないんだけどなぁ」

「だってそれ、ただの神話、お伽話だろ? それが証拠になるかよ」

「それがそうでもないんだよ」

 アークは椅子に凭れていた背を伸ばし、意気込んだ。


「ほとんどのお伽話は、世界の特定の地域に偏って広まっている。だけど、この『創世神話』は、世界中どこでも、ほとんど形を変えずに伝わっている。

 神話やお伽話っていうのは、完全な創作ではなく現実にあったことが形を変えているってことが多い。99パーセント以上はそうだと言っても過言じゃない。であれば、どんなに荒唐無稽な神話やお伽話であっても、そこに一片の真実が含まれている、いや、埋もれているという前提の上に読み解くべきだ。

 そしてこの『創世神話』だ。世界中に広まっているということは、これは世界規模の出来事を伝えていると考えられる。そして、普通の神話やお伽話は過去形で始まり過去形で終わるのに対し……」


「その神話の最後は過去形では語られていない、むしろこれからのことを示している、だろう? 何度も聞いたから解ってるよ」

 放っておくといつまでも続きそうなアークの演説を、アミルはインターセプトした。

「いくら神話の最後が過去形で語られていないからと言って、それだけを理由に未来の予言だとするには無理がある。奇をてらってそうしたのかも知れないし、予言だとしてもすでに過ぎている可能性もある。それとも、前半部分は何らかの事実を反映しているかも知れないが、後半部分は完全な創作かも知れない。それを否定はできないだろ?」


「そんなことはないよ。歴史に当てはめてみれば、この神話の最後の節が現代に当たること、そうだなぁ、この先30年以内のことだってのは解るよね」

 何事もないように言ったアークの言葉に、アミルは目を剥いた。

「おいちょっと待て。あと30年以内? それで世界が滅びる? そんなに近い未来だなんて聞いてないぞ」

「あれ? 言ったことなかったかな? アミルには大抵なんでも言ってるから、言ったつもりだったけど」

 アークは首を傾げる素振りをした。


「聞いてねーよ。それで、どこから出て来たんだよ、その30年って数字は」

「数字自体は大雑把だけどね。計算できるものでもないし。でも、いい線行っているとは自分でも思うよ。直感だけど。

 アミルも知ってるでしょ? 1000年くらい前に、約150年間の歴史の空白があるの」

「ああ。空白ってより、記録が極端に少ない時代、だろ?」

「その空白がさ、神話にある『大地と空の神から発生した瘴気が、人間や獣を狂わせた時期』だと思うんだよね」


「歴史の希薄期間が、神話の瘴気が蔓延した期間に一致するという根拠が薄弱だ。それを認めるとして、どうして世界が滅びるまで30年なんだ」

「それも神話の中にあるでしょ。1000年後に方舟が飛び立つって。歴史の空白、希薄期間か、それから1000年、つまり今だよ」

「ちょっと待て。それじゃ明日にも世界が滅ぶと言うのか?」

「だから、前からそう言ってるでしょ。1000年って言ったって神話の中の言葉だし、そもそも起点がいつなのかもはっきりしないから、何十年か誤差はあるだろうけどね」


 アークの言葉に、アミルは唸った。

「それで30年か。しかしな、神話と歴史に重なる部分があるからって、それを根拠に世界の滅亡を本気にする奴は早々いないだろう。だいたい、世界が滅ぶなら逃げようがないじゃないか」

「それも神話が教えているでしょ」

 アークは涼しい顔で言った。

「方舟に乗れって。しかも、神話の呼び掛けは人間に対してだけじゃない。獣や植物も、だよ。おそらく、神話で言っている『新天地』には獣もいないし植物もないんだよ。だからそれらと一緒に方舟に乗れ、って()()()()に言ってるんだよ」


 アークの言葉を、アミルは自分の頭の中で咀嚼した。

 アークの仮説は、正直アミルにも眉唾物だ。自分で言葉にした通りに。何しろ、世界の全人口は数千万人、近い未来には1億人に届こうかという勢いだ。それだけの人口を収容する“舟”なぞ、どれだけ巨大なものになるのか。それとも、方舟は複数出現するのか。

 どちらにしろ、その方舟がこの先30年の内に現れるなら、すでに建造が始まっていないと間に合わない。そんな巨大な“舟”が建造されていたら、各国政府に隠しおおせるわけがない。


(いや、しかし人間が存在しているのは、世界のごく一部に過ぎないか……それなら、人間に知られていないどこかで、ひっそりと建造が進んでいる? いやいやいや)

 そもそも、人間の未踏の地で、誰が建造しているというのだ。獣か? 植物か? そんなわけはないだろう。

(だいたい、いくら人間の居住していない地と言っても、上空を飛行機が飛んだり探検家連中が分け入ったりしているんだ。何十年も人間の目に触れないなんてことはあり得ない)


 しかし、こう見えていい加減なことは口にしないアークの言うことだ。無碍にもできない。

「解ったよ。災害対策をもっと強く進めるよう、言ってみるわ」

「うん、よろしく頼むよ。ボクが言ってもまともに受け取ってもらえることはないし、最近は門前払いばっかりでさぁ」

「それはお前のコミュ(りょく)が低いからだよ。それと、お前が荒唐無稽なことを吹いて回っていることが知れ渡ったんだろ。

 それは俺やほかの奴に任せて、お前は証拠集めでもしてろ。それがあれば説得も楽になるから」

「はいよ」

「コーヒーご馳走さん」

「今度来る時は、茶菓子でも差し入れよろしくぅ」

 アミルは立ち上がると、カップを片付けてからアークの研究室を出て行った。


「証拠ねぇ。ボクにはこの創世神話で十分なんだけどなぁ」

 ポリポリと頭を掻きながらも、アークは今までに集めた資料にもう一度目を通し始めた。




 それもすぐに、不要になるのだが。

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