表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第二部 終末を迎える世界の延命を試みる少女
45/54

2-015 最後の地点

 危うく呑まれかけた瘴期をやり過ごしたレーヌとロイは、交代で十分な休息を取ってから旅を再開した。追手を心配したものの、レーヌが休みに入るたびに村から離れる方角へと瞬間移動したことが功を奏したらしく、森の中で捜索隊に追いつかれることはなかった。あるいは、瘴気に呑まれてくたばったと思われているかも知れない。


 その後もレーヌが瞬間移動を無理しない程度に最大限使用し、2人は旅を続けた。最大距離の瞬間移動を続けているためか、レーヌの能力は次第に向上し、その移動距離と連続使用回数を伸ばしていった。


「まだ伸びるのかよ。もう絶対、ソーサも追い付けないだろうな」

 休憩の時、燻製肉を齧りながら、ロイは故郷の村で最強の魔術士の名を引き合いに出した。

「うーん、そんなことないと思うよ。経験はソーサとかマギーの方がずっと長いだろうし」

「いや、その経験だってこの旅の間で抜いてるだろ。瘴期の間中、結界を張ったままにしているなんてこと、結界士の爺さんたちくらいしかやってなかったろ」

「それはそうかも知れないけど。でもそれを言ったらロイだって、瘴期の間ずっと交代しないで戦っているんだから、エベルやランスを超えたんじゃない?」

 今度はレーヌが、故郷の村の最強魔術剣士と上位の剣士の名を挙げた。


「そんなことはないさ。休憩していないって言っても、獣は引っ切り無しってわけじゃないから、村を守っていた時と大した違いはないさ」

「それでも、ずっと緊張を解けないわけだから、経験値は全然違うと思うよ。長時間の戦闘を続けるための体力の配分だってあるし」

「それはそうかも知れないけどな」

 それでも、剣士としての自分がエベルやランスより上になっているとはとても思えないロイだった。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 砂漠の森を出てからおよそ1年半。

「ここが最後の目的地、か」

「うん、そう。1年じゃ無理だったなぁ」

「世界中を回ったんだ。2年もかからずに最終地点に来られたのは、とんでもなく早いよ」

 レーヌが人並み外れた膨大な魔力を持っていることもあるが、何より魔術士として優秀であることが大きいだろう。


「で、ここでは何をするんだ?」

 ロイは辺りを見回して聞いた。低い岩山の中腹にある、少し開けた広場のような場所に2人はいる。そこここに灌木が見えるものの、大きな木はない。殺風景な場所だ。尤も、殺風景なのは旅して来た世界中で似たようなものだったが。

「基本的には今までと同じ。ロイ、鞄を」

「ああ」


 レーヌは『星球儀の杖』を地面に突き刺して荷物を降ろし、ロイに手渡された『転移の鞄』を開けて魔鉱石の塊を取り出した。

 それに魔力を込めると地面に置いて、今までと同じように瞬間移動で地下に埋める。

「これで、瘴期は無くなったのか?」

 ロイが疑り深そうに言った。

「ううん、まだ。後は最後の仕上げだね」


 レーヌは荷物の中から『創世の書』と『無限の炭筆』を取り出すと、蓋を閉めた『転移の鞄』を机にして『創世の書』を開いた。ロイは、レーヌの後ろから彼女のやることを見ている。


 レーヌは『無限の炭筆』を手に、『創世の書』の開いたページに文字を書き込んだ。


    ─────────────────


    そして、世界は再生の準備を始めた。


    ─────────────────


 レーヌは『創世の書』を閉じた。

「今のはどういう意味なんだ?」

 ロイは首を傾げた。

「瘴期を抑えてもこの世界が終わりが来ることは変わらない、って言ったでしょ? 世界が終わった時、再生できるようにしたんだよ。厳密に言ったら“再生”じゃないんだけどね。似たようなもんだよ」

「へえ……」

 旅の中で、ロイはレーヌから“世界再生計画”について聞いてきたものの、レーヌの言葉はピンとこなかった。


「……で、今度こそ瘴期はなくなった、のか?」

「うん。もう瘴期に怯える必要はないよ。魔術も使えなくなっているはずだから、やってみて」

 ロイは指を一本立てて、そこから魔力を放出し、炎に変えようとした。しかし。

「……魔力が、消えてる?」

 炎を出すどころか、魔力を放出できない。


「消えてるわけじゃないんだけどね」

「人間の、いや、あらゆる生物の魔力を強制的に集めて、瘴期を抑える、んだっけか」

「うん、そう。だから魔力そのものは今も体内で作られてるけど、すぐに吸い取られている感じだね」

「……確かに、知らなけりゃ慌てるな」

「でも、瘴期が来なくなったこともそのうち判るから、すぐに落ち着くよ」


「……そうだな。それで、これからどうするんだ? レーヌの計画はこれで終わり、ってか、後は勝手に進むんだろう? 村に帰るか」

 この1年半の間、2人は故郷の村を訪れなかった。近くを通らなかったので。

「一度は帰りたいね。でも、また世界を回らなくちゃいけないから、あんまりのんびりとはしてられないけど」

「は? また世界を回る? 魔術を使えないんだから、今度は歩かなきゃならないんだぞ」

 ロイはレーヌの言葉に驚いて言った。


「そうなんだけどね。世界の再生が1000年後に始まるから、そのことを伝えておかなくちゃ。世界の再生に乗り遅れたら、滅ぶ世界と運命を共にしちゃうからね」

「いや、でも、人間の寿命なんて50年とか、精々60年だろ? 今伝えても、1000年後は誰も知らないんじゃないのか?」

「だから、子々孫々まで伝わるように考えなくちゃ。ロイも手伝ってくれる、よね?」

 レーヌは上目遣いにロイを見た。


 ロイは溜息を吐いた。

「言ったろう。魔術を使えなくなったらオレがレーヌを守るって。だいたい、魔術も使えないレーヌを1人にしておけるかよ。考える方も手伝ってやるさ。そっちはオレじゃあまり役に立たないだろうけど」

「ありがとっ。じゃ、少し休んだら村に向かって出発しよう」

「ああ」


 レーヌとロイの長い旅は、一先ずその目的を遂げた。しかし、その結果が出るのはずっと先になる……



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



「ソーサっ、魔力が消えたぞっ、どういうことだっ」

 ソーサが子供たちに基礎魔術を教えている建物へ、エベルが飛び込んで来た。突然魔術を使えなくなって騒いでいた子供たちが、一斉にエベルを振り返った。

「私だって判らないわよ。こっちだっていきなり魔力がなくなって焦ってるんだから」

 ソーサも慌てているようで、普段の彼女とは思えないほどの動揺を見せている。


 子供たちの視線がエベルから自分へと変わったことに気付いたソーサは慌てて、しかしそれを押し隠し、子供たちに言った。

「今日の基礎魔術教室はここまでとします。質問があったら後でね」

 子供たちは不安そうな表情のまま、しかし、ただならないことが起きていることを子供ながらに感じ取り、ソーサに別れの挨拶だけして解散した。


「後から他の奴らも来る。それで、何か判らないのか?」

 エベルは2人きりになった部屋で、ソーサに言った。

「判っているのは、突然、子供たちも一斉に、魔力が消えたってことだけ。他の人は?」

「全員に確認したわけじゃないが、聞いた奴らはみんな魔力が消えている。結界士も含めて」

「不味いわね」

「ああ。次の瘴期まで2~3日しかない。それまでに魔力が戻らなかったら……なす術がない」

「まずはみんなが揃うのを待ちましょう。私たちだけじゃ無理でも、集まれば何かしら知恵も出るでしょ」

「だといいがな」


 部屋に、村長や結界士たち、剣士や魔術士のうち主立った者たちが入って来た。

 魔術を使えなければ結界を張れないどころか、魔術士は獣の駆除が不可能になるし、剣士にしても剣の強化ができず、獣に遅れを取ってしまう可能性すらある。事態は深刻だった。

 対策のための話し合いは続いたが、妙案は出なかった。




 しかし、心配は杞憂に終わった。2日経っても、3日経っても、ひと月が過ぎても、瘴期は来なかった。

 彼らがその理由を知るのは、レーヌとロイが村に帰還してからのことになる。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 村人たちから魔女と呼ばれる老婆は、村を囲むように設置した結界子から魔力が消えたことを感じた。

「これは……あの子が言っていた、魔力がなくなると言うのは本当だったんかね。しかし、結界子の魔力もなくなるなんて聞いてないよ。本当に瘴期もなくなったんだろうね」

 愚痴っぽく言いながらも、老婆の口元は緩んでいた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



〈なんだ、これは!?〉

 岩山の洞窟の奥で、ドラゴンは頭を持ち上げた。突然、身体から魔力が抜け落ちたことに気付いて。

〈これが……いつか人間の小娘が言っていたことか……いったいどうやって……〉

 しかし考えたところで答えは出ない。ドラゴンは、考えるのをやめた。どうせ、何千年も世を儚んで生きて来たのだ。残りの期間、魔力がない状態で過ごしたとて、大した違いはない。

 ドラゴンは再び、頭を両手の上に戻した。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



(何だっ? 何が起きたっ!? 余の魔力が消えただと? これでは結界も消えてしまう。国民の、余への崇拝もなくなってしまうではないかっ)

 国王を自負するその男は狼狽した。国と、周囲の村を支配して来たその根源を失ったことになる。

(いや、まだだっ。結界が無くなったことは余の他に判る者はいないっ。しかし瘴期が……いや待て。いつだったか、瘴期がなくなると戯言をほざく者がいたな。まんまと逃げられたが……魔力の消失がこれと無関係とは思えない。であれば、結界と瘴期が消えたことを国民たちに知られなければ……)


 彼は今後の対策を頭の中で練った。しかし、瘴期が消えたことを国民たちが知るまでに、時間はそれほどかからなかった。何しろ、瘴気に()てられた獣がまったく襲って来ないことなど、かつて一度もなかったのだから。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 魔力の消失は、世界中の人々に混乱をもたらした。レーヌが立ち寄り、そのことを予告した村を除いて。

 しかし、いつまでも瘴期が来ないことで、その混乱も次第に収まった。魔術を使えないことのデメリットよりも、瘴期のないメリットの方がはるかに大きいのだから。

 瘴期に怯える必要のなくなった人々は、徐々に魔術のない生活に慣れていった。



第二部 完


第三部につづく



第三部は来週から、毎週火曜日18:00頃、投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ