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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
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1-004 暴走

「グワァアアアアアアアアッ」

 獣のような咆哮がロイの口から迸った。両腕を広げ、身体を反らして雄叫びを上げるロイに、上空から猛禽が急降下で遅いかかる。狂気に囚われたようなロイは、一度右手を引くと折れた剣を上に向けて勢い良く突き出した。至近距離にまで迫っていた猛禽は、頭部に剣を突き刺されて絶命する。


「ロイっ。大丈夫かっ」

 オオカミの対処を終えたランスとマギーが、ロイに駆け寄る。声に反応したように振り返ったロイの目に正気の色は残っていなかった。

「グ……グワァアアッ」

 駆け寄るランスに向かって、ロイは雄叫びを上げながら剣を振りかぶり、飛び掛かりながら振り下ろす。

「うおっ。おいっ、ロイっ」

 ガキンッ。

 ランスの剣がロイの剣を、火花を散らして受け止める。


 着地したロイはすぐさま後ろに跳び退いて距離を取り、止まることなく左に跳んで別方向から再びランスに襲い掛かる。

 ギンッ。

 再び火花が散った。

「くそっ。ロイっ」

「駄目よっ。完全に瘴気に呑まれてるっ」

「くそがっ。だから1人では外に出るなってっ。マギーっ、電撃でロイを止めろっ」

「駄目っ。さっきから狙ってるんだけど、ロイの奴、私の魔力を避けるのよっ」

「正気を失ってても避けんのかよっ」


 正面から突っ込んでくるロイに向けて剣を構えつつ、悪態を吐くランス。三度(みたび)振り下ろされる剣を防ぐ。

(!? 軽いっ)

 ロイは、防がれた瞬間に剣を引き、身体を沈ませて右に跳んだ。そのままランスの左側から剣を突く。ランスは剣での防御が間に合わず、左の籠手当てで受け止める。

「ぐっ」

 ロイの剣は籠手当てを突き破ってランスの腕にまで達した。


「ランスっ」

「かすり傷だっ。ちっ、剣の強化は外れてるのに、強化した防具を突き破るかよっ」

 ロイはまた後方に跳びすさり、マギーが広げる魔力を躱しながらランスに肉薄する。ロイが剣を振り被り、振り下ろそうとした時にその剣閃を変えた。


 キンッ。


 ロイに向かって横から振るわれた剣閃を、ロイが受ける。しかし、その剣は止まることなく、ロイの剣を斬り払った。

 斬られた剣先が空中を飛び、畑に落ちる。その間にロイは距離を取った。


「エベルっ。すまんっ」

 ロイとランスの間に割り込んだのは、魔術剣士のエベルだった。

「気にするな。ロイめ、村で大人しくしてろと言ったのに」

「気を付けろ。瘴気に呑まれてる」

「見れば判る。仕方ないな」

 エベルは幅広の両刃剣を構え直した。

「おい、エベル、まさか」

「ランスは下がれ。マギーも」


 剣を斬られたことで警戒したのか、ロイはしばらく距離を取ったまま、唸り声を上げつつ隙を伺うようにしていたが、エベルがランスに下がるように言うと同時に、3分の1ほどに短くなった剣をエベルに向かって振り上げた。

 エベルは、跳び掛かってくるロイの胴体に向けて、剣を横薙ぎに振るう。

 その時。


「だめぇっ」


 ロイとエベルの間の空間に、白い服を纏った少女が現れた。少女は、右手に持った短剣でエベルの大剣の()を、左手に集中させた魔力で張った強力な物理障壁でロイの短くなった剣を、受け止めた。

「レーヌっ」

 2人の間に瞬間移動で割り込んだのは、綿の夜着を着たレーヌだった。新たな人物の登場に、ロイはまた跳び退く。


「エベルっ、ロイはわたしに任せてっ」

 レーヌは赤い顔で、少し身体をふらつかせながら言った。

「おい、レーヌ、お前まだ身体が……」

 エベルが言い掛けたが、瘴気に()てられたロイは待ってはくれない。レーヌはエベルに力ない笑みを向けて、ロイに向き直り、折れた剣を振り上げた彼に向けて駆け出した。


 レーヌはそのままロイに走り寄ると見せて、瞬間移動で肉薄する。ロイは突然目の前に現れたレーヌに慌てて剣を振り下ろす。しかしタイミングのズレた剣筋には勢いが乗っていない。レーヌはそれを左手に持ち替えていた短剣で防ぎ、右手の拳に乗せた魔力を力に変えながら、ロイの鳩尾に叩き込んだ。

「グァッ」

 ロイは一瞬身体を震わせると、意識を失って地面に崩れ落ちた。レーヌは身体をふらつかせ、倒れそうになる。その身体を、駆け寄ったマギーが支える。


「ランス、腕は?」

 エベルが聞いた。

「問題ない。応急処置をしたらすぐに戻れる」

「よし。2人を頼む。まだ早いが交代してくれ。ランスの手当が済んだらまた頼む」

 エベルは上空から急降下して来た猛禽に短剣を投げ付けて仕留めると、周囲を警戒する。


 ランスは気を失ったロイを抱え上げ、マギーはレーヌを抱き上げた。

「ま、マギー、ロイを……」

 レーヌが手を伸ばした。

「レーヌ、時間がないから後で」

「いえ、ランス、レーヌの言う通りに」

 マギーは、2回前の瘴期でレーヌがクマにやったことを思い出していた。ランスは軽く頭を振ると、レーヌを抱えるマギーに近寄る。

 レーヌは伸ばした手でロイの手を握って、数ミテン()が経ってから離した。

「うん、いいよ」

 レーヌはマギーの腕の中でそう言うと、意識を手放した。


「さっきレーヌがやったのって」

 村へと急ぎながら、ランスはマギーに聞いた。

「ええ。ロイの身体から瘴気を取り除いたのね。結界の中にいればその内に抜けるけど、抜け切れる前に気がついて、また暴れ出さないように」

「あんな簡単にか。しかもエベルとロイに割り込んだの、瞬間移動だろ?」

「ええ。それだけじゃなくて、ロイの胸元に跳び込んだのも瞬間移動ね」

「……踏み込んだだけかと思った。……もしかしてレーヌ、俺の思うより強力な魔術士なのか?」

「ランスがどう思っているか知らないけどね、少なくとも私なんかよりずっと上ね」

「マジかよ。マギーだって村で5指に入るだろ」

「本当よ。それより早く行きましょう。瘴期はまだ終わってないんだから」

「おう、そうだな」


 2人は村へ入り、それぞれロイとレーヌの家に急いだ。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 目を覚ましたロイは、すごい勢いで身体を起こした。頭から手拭いが落ちる。腹に痛みを感じて手で押さえ、小さく(うめ)く。

「ロイ、目が覚めたかい」

 傍で繕い物をしていた母がその手を止めて、ロイの寝床の横に膝をついた。

「気分はどうだい?」

 聞きながら、ロイの額に掌を当てる。

「熱は下がったね。ご飯食べる?」

「う、うん……。オレ、どうなったんだ?」

「それはお父さんに聞きなさい。ご飯の支度をしてくるから」


 母が立ち上がって部屋を出て行くと、待つほどもなく父がやって来た。家の中で農具の修繕でもしていたのだろう。

「ロイ、目が覚めたか」

 父はロイの横に座って言った。

「うん。オレ、どうなったんだ? そう言えば、瘴期は?」

「もう収まったよ。ロイに何があったのかは、俺も話を聞いただけなんだが……」

 父は瘴期の出来事を、簡単に説明してくれた。


 結界の外に出てからしばらくして、瘴気に()てられたこと、暴走し、ランスとエベルに襲い掛かったこと、エベルが暴走を止めようとしたところにレーヌが現れ、ロイを殴って失神させたこと。

 ロイは黙って父の言葉を聞いていた。

「……それで、ランスが気を失ったお前を運んでくれたんだよ。……ロイ」

「うん」

 父の声音が変わったことに気付いて、ロイは頭を上げ、父を見た。


 ぱしんっ。


 次の瞬間、父の掌がロイの頬を張り飛ばした。

「ロイ、いつも言っているだろう。他の人を傷付けるな、身体を大事に、レーヌを守れ、と。それがなんだ、魔術士の支援もなく飛び出して瘴気に呑まれた上、ランスに怪我をさせ、レーヌに守られて。まるきり逆じゃないか。俺の言葉に『解っている』と答えていたのは、なんだったんだ」

 静かに、しかし怒りの籠った声で言う父に、ロイは何も言い返せなかった。今まで、自分は1人で十分だ、足手纏いのレーヌを守ってやっているんだ、と思っていたのに、現実はまだまだ半人前、レーヌを守るどころか、むしろ守られたとは。


 気落ちしたロイの肩に、父が優しく手を置いた。

「まあ、今回の失敗を糧に、もっと精進すればいい。ただし、二度と同じ失敗はするな。同じ過ちを繰り返したら、次は剣を握ることも、家を出ることも許さん」

 ロイは力なく頷いた。


 そんなロイの肩を、父はポンポンと軽く叩いた。

「今はゆっくり休め。落ち着いたら、エベルとランスとマギー、それにレーヌにも、きちんと謝りなさい」

「……うん」

 素直に頷くロイの肩をもう一度叩いてから、それ以上は言わずに父は部屋から出て行った。入れ違いに、母が簡素な食事を盆に載せて入って来た。


「ロイ、お食べ。お腹空いているでしょう」

「うん。……いただきます」

 ロイは、ゆっくりとした動作で食事を始めた。味が良く判らなかった。



■作中に出てきた単位の解説■


時間の単位:

1ミテン≒1秒 の感覚です。

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