2-008 魔鉱石の鉱脈で
「この辺りだね」
魔女と別れてから10日後。レーヌは杖の先の星球儀を見ながら言った。星球儀の光点が、レーヌの書き込んだ○印に重なっている。
「ここに何があるんだ?」
ロイが首を傾げるのも無理はない。そこは何の目印もない、荒野のただ中だった。敢えて特徴を探すとすれば、四方が緩やかな登り坂になっていて、2人の立っている場所は窪地の底であること、北側はやや小高い丘に続いていることと、南東の方角に比較的広い森が見えることくらいだ。
「この地下にね、魔鉱石の鉱脈があるのよ」
レーヌは杖の先で地面をトントンと軽く叩いた。
「魔鉱石って、魔女の婆さんにもらったあれか。だけどそんなもの、ここにあるようには見えないんだけど」
ロイは改めて周りを見回した。何の変哲もない荒野のどこに漆黒の石があると言うのか。
「あるのは地下だから、外には出てないよ」
「へえ。鉱脈って言うから、もっとこう、岩だらけの場所にあるのかと思ってた」
「地面は土だけど、少し掘れば岩になってるよ。少しって言っても5テナーくらいかな」
「それが判るってことは、もう調べたんだな?」
ロイはレーヌを見て、それから足下を見た。
「うん、この下15テナーくらいから、結構広い範囲に広がってる。ちょっと待ってね」
レーヌは足下を見た。数瞬の後、2人の足元に直径3テール程度の黒い球体が出現した。
「これ、もしかして瞬間移動で掘った魔鉱石か? お、これだけ大きいと重いな」
ロイはその球体を両手で抱え上げた。
「落とさないでね。ここは地面が土だから大丈夫だと思うけど、魔鉱石って結構脆いから」
「ああ、解った」
ロイは魔鉱石をそっと地面に戻した。
「ここには、これを採りに来たのか?」
ロイは置いた魔鉱石を爪先で突ついた。
「うん。これを500個くらい」
「500!?」ロイは目を剥いた。「そんなに大量の魔鉱石、どうやって持ち運ぶんだよ。どう頑張ったって持てないだろ。それこそ、荷車を用意したって不可能だ」
「そのための『転移の鞄』でしょ」
レーヌは笑って答えた。
「あっ、そっか。ここに『転移の結界子』を仕掛けておいて、必要になった時に『転移の鞄』から取り出すわけだな」
「そうそう。それで、まずは実験してみないと」
「実験?」
「うん。ちゃんと取り出せることはメナージュさんを見てたから確認済みとして、鞄を通して瞬間移動とかできないかなって」
「それは確認してないのか」
「うん。実は思いついたのがつい最近なんだよね。それができれば、『転移の結界子』を魔鉱石の鉱脈に埋めておけば、必要な時に取り出せるなって」
「なるほどね。じゃ、さっさとやってみよう」
ロイはレーヌの指示に従って、魔鉱石の球体が余裕を持って入る大きさの穴を掘った。レーヌは下ろした荷物の中から『転移の結界子』8個を取り出し、ロイの掘った穴の8つの角に設置する。
「その四角の中に入れた物を、『転移の鞄』から取り出せるのか?」
「うん、そうだって。ロイ、その魔鉱石、置いてみてくれる?」
「解った」
ロイが魔鉱石を転移の範囲内に置いたことを確認したレーヌは、少し離れた場所で、まずはこれから、と開いた『転移の鞄』の中に手を入れて触れた物を取り出した。
「お……もい」
瞬間移動で取り出しただけなので、レーヌが自分で切り出した球体を持ったのはこれが初めてだったが、その重量に思わず声が漏れた。
「レーヌ、こっちから球が消えたぞ」
ロイがレーヌに言った。
「うん、最初に、普通に取れるか確認した」
魔術を併用して魔鉱石を持ち上げたレーヌは、ロイの方へ歩きながら答えた。
「戻すんだろ? オレがやるから」
「うん、ありがとう」
ロイが魔鉱石を転移範囲に戻してから、レーヌは今度は、開いた『転移の鞄』に魔力を伸ばした。しばらくして、今度は鞄に手を入れて魔力を出したり、魔鉱石を掴んで魔力を送り込もうとしたりと試してみる。
「うーん、駄目か」
「どうした?」
ロイがレーヌの傍にやって来た。
「うん、『転移の鞄』を通すと魔術を使えないみたい。瞬間移動では持ってこれないね」
「そうか。じゃ、ここで魔鉱石の球を500個作っておかなきゃならないってことだな。レーヌの瞬間移動できるのって連続で20回くらいなんだろ? 3旬以上かかるな」
「そこまではかからないと思う。2テックも先に瞬間移動するってなると集中力使っちゃうけど、50テナー程度だし、大きさも小さいから、50回か、もっとたくさん繰り返せると思う」
「それなら、10日くらいで準備はできる計算か」
「うん。それでまずは、魔鉱石の保管場所を作らないとね」
レーヌは周りを見渡して少し考えると、『転移の結界子』を回収して、高くなっている丘に登った。ロイは魔鉱石を持って後に続いた。
「ここでいいかなぁ」
レーヌは呟くと、地面に向けて魔力を広げた。
ロイがレーヌのやや後ろで見守っていると、ズズズッと音がしてレーヌの前の地面に穴が空き、広がってゆく。
2人の前の地面の穴は、直方形の空間になった。縦横30テール、深さは20テールほどか。ロイは呆気に取られて口が開いたままになった。
「これくらいで大丈夫かな? 後は角に結界子を置いて……ロイ、どうしたの?」
レーヌは、ロイが呆然としていることに気付いた。
「どうって……どうやってこの穴、掘ったんだよ」
「これ? 真ん中から魔力で四方と下に土を寄せただけだよ。だから床も壁もかなり硬くなってるはず」
「はぁ、なるほどなぁ」
ロイは魔鉱石を地面に下ろすと、穴の横に膝をついて、壁を叩いてみた。石かと思えるほどに硬い。
「土ってこんなに固くなるのか?」
穴の壁の硬さを確認している間に穴の底に下りていたレーヌに、ロイは言った。
「うん。魔力をたくさん込める必要があるけどね。前に、えっと、石壁で囲まれた村でトビオオトカゲを倒すのに土の槍を作ったの、見たでしょ? あれも土を細長く固めただけだよ」
「そういや、そんなこともあったな」
これだけ固ければ、トビオオトカゲの鱗を撃ち抜けるのも解る。しかし、こんなことができるほどの魔力を使える魔術士は早々いないだろう、ともロイは思った。
レーヌは、底の四隅に『転移の結界子』を仕込むと、瞬間移動で穴から出た。穴の上部の四隅にも、『転移の結界子』を埋め込む。
「これでいいかな。ロイ、わたしが魔鉱石を切り出してその辺に置くから、穴の中に入れてくれる?」
「それは構わないけど、球にするのか? 窪みに向かって転がっていきそうだけど。それに、穴の中で安定しないし」
「あ、そっか」レーヌはうーん、と悩んで、すぐに考えをまとめた。「じゃ、四角にしよう。えっと、これならいいかな」
球体の魔鉱石の隣に、立方体の魔鉱石の塊が出現する。丁寧に角も取ってある。
「これなら転がらないし、穴に入れても安定しそうだな」
「じゃ、この大きさで作るね。球よりちょっと重いかも知れないけど」
「大丈夫、問題ない」
ロイは一辺3テール弱の立方体を持ち上げて言った。
「それじゃ、どんどん作るよ」
レーヌは窪地の底に下り、掘った穴の近くの地面に魔鉱石を瞬間移動で並べていく。ロイはそれを1つずつ、穴の中へ綺麗に並べていった。
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レーヌは、時間をかけてゆっくりとしたペースで魔鉱石の塊を切り出し、途中で休憩も挟みながら、2ミックを掛けて80個の立方体を作り出した。それ以上も作れそうだったが、集中力の低下で精度を維持することが難しくなってきたたため、それ以上の無理はやめた。
魔鉱石の切り出しを終えた後は、ロイと一緒に立方体を穴の中に並べた。ロイは最初、魔鉱石を持って穴に飛び降り、出る時には脚を強化して20テールの深さから一気にジャンプしていたが、中に入れる魔鉱石を階段状に積んでいて、レーヌが80個を作り終えた時には穴の底まで歩いて下りられるようになっていた。
翌日は、近付いていた瘴期に備えて魔鉱石の切り出しを取り止め、その日の夕方にやって来た瘴期を乗り切り、また魔鉱石の切り出しを再開した。
魔鉱石の切り出しと穴への保管の後は、狩や採集を行なって、日々の食糧や旅のための保存食の調達に努めた。
休憩している時には、世界再生について少しずつ、レーヌがロイにその方法を話して聞かせる。説明を聞いても、ロイには人の身でそんなことができるのかと思えたが、余計なことは言わなかった。
何しろ自分はマジョルドの力を目の当たりにして諦めてしまった人間だ、諦める事なく何とかしようと足掻いているレーヌを批判する資格などない、とロイは思っていた。
8日目には、魔鉱石の塊500個を穴に納めることができた。
「これで準備は整ったわけだな」
「うん。後は、っと」
レーヌは、穴の縁から見下ろしていたロイを促して穴から少し離れた。ロイが見ていると、突然穴の上に四角い岩の板が現れ、穴を塞いだ。
「野晒しでも構わないんだけど、一応、ね」
「……この岩は?」
辺り一面、土と草ばかりの荒野に、岩の陰はない。
「地下にね、魔鉱石以外の岩もあったからそれを引っこ抜いた。ちょっと離れた場所だったけど、魔鉱石の塊を切り取るのと違って精度は必要ないからね。これくらいは疲れててもできるよ」
「……そうか。じゃ、今日は少し早目に飯喰って寝るか。明日はすぐに出発だろう?」
「うん、そうだね」
明日からまた、荒野を歩く単調とも言える日々に戻る。しかし、レーヌの瞳は、世界を再生してみせる、という決意に満ち溢れていた。
■作中に出てきた単位の解説■
距離の単位:
1テック=100テナー
1テナー=100テール
1テック≒ 1キロメートル
1テナー≒10メートル
1テール≒10センチメートル の感覚です。
時間の単位:
1日=20ミック
1ミック≒1時間 の感覚です。
日本と単位が違うので、例えば10ミックと言っても感覚として10時間の場合と12時間(=半日)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。