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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第二部 終末を迎える世界の延命を試みる少女

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2-004 希望への旅立ち

「……できた」

 夕食と入浴を終えた後も魔術で小屋の中を照らして『創世の書』に書き込みを続けていたレーヌは、ページを閉じて羽根ペンを置いた。

「今日は随分と遅くまで書いてたんだな」

 部屋の隅で、足を組み目を閉じて魔力操作の鍛錬を続けていたロイが、目を開けて言った。


 ロイの言う通り、昨日までは夕食の後もレーヌが『創世の書』に向かっていることはなかった。『創世の書』に羽根ペン──『創世の筆』──で執筆するには大量の魔力を込める必要があり、昨日までは、一晩で回復可能な魔力までに制限して執筆をしていたためだ。


「うん。もう少しで完成ってとこまで漕ぎ着けてたから、一気に終わらせちゃった。お陰で、魔力がほとんど残ってないけど。回復するのに2日はかかりそう」

 殆ど残っていないといいつつ、部屋の中はレーヌの魔力の光で照らされている。『創世の書』の執筆にどれだけの魔力を使っているのかは知らないが、自分なら完全に魔力枯渇状態になっているんだろうな、とロイは思う。


「その本、見せてもらってもいいか?」

「いいよ。はい」

 立ち上がって近寄ったロイに、レーヌは『創世の書』を手渡した。

「……読めるな。あの、わけわからない文字じゃなくていいのか?」

「うん。書く時に魔力を込めることが大事なんだって。それこそ、文字なんて書かなくても丸とか線を書いてるだけでもいいんだって」

「へぇ」


 ロイはぱらぱらと、数ページ捲る。

「これって、世界の物語?」

「うん。半年以上、6季(9ヶ月)もかかっちゃったけど」

「これで、瘴期が無くなるのか?」

 ロイは『創世の書』を閉じてテーブルに置き、レーヌに聞いた。

「ううん、これだけじゃ駄目。って言うか、それはエンファン様が執筆を止めない限りは無理」

「そうか……」

 ロイは項垂れた。


「でも、瘴気を防ぐことはできるし、終末を回避することもできるはずだよ」

 レーヌは椅子に背を預け、両手を上げて身体を伸ばしながら言った。

「ほんとかっ!?」

 沈んでいたロイが、目を剥く。

「うん。さっきも言ったけど、これだけじゃ駄目だけどね。多分、わたしが神力を持っていたら、これだけでできたと思うんだけど」

「そうか。それで、オレにできることはあるか? 何をすればいい?」

 ロイはテーブルに両手をついて身を乗り出した。


「えっと、今度は世界を回らなきゃならないから、一緒に行って欲しいな。1人だと瘴期を凌げそうにないし、何かあった時に1人だとどうしても対応できないこともあるし」

「それくらいは当たり前だよ。それなら、明日は食糧を集めないとな。また砂漠を越えなきゃいけないから、時間をかけて燻製肉を作っておくか」

「うん。そうだね。あと、メナージュさんにお願いすることもあるし、エンファン様に挨拶もした方がいいよねぇ」

「まあ、一応、世話になったわけだしな」


 ロイは、もう一度エンファンに会うことを躊躇っていた。今でもメナージュと話す時には敬語を使っていることも、マジョルドに子供のようにあしらわれたことが未だに尾を引いていることを如実に表している。

 レーヌが瘴期の対策を練っていた6季(9ヶ月)の間も剣の鍛錬を続けていたし、自分で判るほどに上達した。それでも、マジョルドに一撃入れることすらできないだろう、いや、この後も何年も鍛錬を続けても不可能だろう、と自覚していた。


 それがエンファンやマジョルドに会うことを気後れさせ、メナージュと話す時も言葉遣いを丁寧にさせている。

 今まで、メナージュは体術も何も見せたことはなかったが、マジョルドと同じ神の被造物である以上、マジョルド並の身体能力を持っている可能性があり、その思いがロイに圧倒的強者を前にしたような感情を抱かせていた。


 それでも、ここを去るならばレーヌの言うように挨拶くらいはしておくべきだろう、という理屈は解るので、レーヌの言葉に不承不承ながらも素直に頷いたわけだ。


「いつもより遅くなっちゃったけど、寝ようか。明日から旅の支度をしなくちゃ」

「そうだな」

 2人は、ロイの作ったベッドに寝転がり、ロイが小動物の皮を縫い合わせて作った掛け布を掛けて、目を閉じた。睡魔は、すぐに2人の元に訪れた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 翌日の朝食の後、ロイは食材の調達に森へ入り、レーヌは透明のハンドベルを鳴らしてメナージュを呼んだ。

 10ミール()ほどで、メナージュは森の中から歩いて姿を現した。本当にどうなっているのだろう、とレーヌは思う。最初に館からここまで来た時には、レーヌたちと一緒に歩いて来たのに。一度訪れた場所なら短時間で移動する(すべ)でもあるのだろうか。


「メナージュさん、館からここまで結構距離がありますけど、どうやって来ているんですか?」

 今まで『創世の書』に没頭していて聞かなかったことを、今更ながらにレーヌは聞いた。

「神力に満ちたこの森の中であれば、神に造られた我々はごく短時間で移動することができるのです」

「そうなんですか。仕組みは……きっと聞いても理解できませんよね」

 レーヌは自嘲気味に笑った。


「それ以前に、わたくしも原理を理解しているわけではないので、説明のしようもありません」

 メナージュは少し困ったように言った。

「いえ、いいんです。興味本位なだけですから。それより、今日お呼びした理由なんですけど、わたしたち、間も無くここを()とうと思います。それで、いくつかお願いと、あと、旅立つ前に一度、エンファン様や館の皆さんに挨拶したいんですけど」

「挨拶ですか。エンファン様はお気になさらないと思いますが、解りました。お伝えしておきます。お願いとは、どんなものでしょうか?」

「えっとですね……」


 レーヌはメナージュに、いくつかのことを依頼した。




 ロイが獲物を持って森から出ると、メナージュが小屋から出て館に帰るところだった。互いに会釈だけしてすれ違う。

 普段、帰る時には何も持っていないメナージュは、手に星球儀を持っていた。確かアレはレーヌが持って行くと言っていたはずだよな……とロイは思いつつも、焚火に火を起こし、獲った獣を捌く。


「あ、ロイ、お帰りなさい。わたしも手伝うよ」

「なら、切り分けた肉を焼いてくれ」

「うん」

 レーヌはロイの切った肉を串に刺し、焚火の横の地面に斜めに刺して焼く。串は、メナージュに鉄串を4本もらっていた。2人には鉄製に見えたが、実際には鉄ではないのだろう。こうして肉を焼いていても串が熱くなることはないし、直接火に翳しても同じだ。熱くならない金属の串という、2人にとってはこれも未知の物だった。


「そういやさっきメナージュさんとすれ違った時に星球儀を持ってたけど、いらないのか?」

 焼けた肉を齧りながら、ロイが聞いた。

「あれ、結構大きいから荷物にすると大変だし、そもそもしまったら場所を確認できないから、ちょっと作り変えてもらおうと思って頼んだの」

「作り変えるって、どんな風に?」

「それは出来てからのお楽しみ」

 どっちにしろ、数日後には判るのだから、とロイはこのことについては、それ以上踏み込まなかった。


「それと、鞄に入れれば館に送れるんじゃないのか?」

『転送の鞄』のことはロイも聞いていた。あれを使えば、わざわざ手で持って行く必要はないのではないか。

「あの鞄ね、向こうの物を取り寄せるのはできるけど、こっちから入れても向こうには届けられないんだって」

「一方通行なのか。なんて言うか、中途半端だな」

「わたしもそう思う。便利なことには違いないけど」


 小屋に置いてあるものより小さい『転移の鞄』を、出発前にもらうことになっている。『自分の一存では渡せない』とメナージュは言っていたが、無事に許可が下りたようだ。余計な荷物を一つ持ち歩くことになるが、距離に関係なく物体を瞬間移動できる機能は、レーヌの計画の大きな力になる。これがなければ、仕込みにどれだけの時間がかかるか想像もつかない。


「午後も森に行くんでしょ? わたしも行くよ」

 レーヌはカップに入れた水を飲んで言った。

「大丈夫か? 魔力、まだ回復していないんだろう?」

「大丈夫。もう半分近くは回復してるし、狩をするくらいなら問題ないよ」

「なら頼むかな。俺の弓の腕じゃ全然当たらないし、罠にはそこそこ掛かるんだけど、10日分以上を集めようと思ったら何日かかるか判らないからな」

「任せて。わたしなら魔力で広範囲でも探れるから」



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 レーヌとロイは4日かけて10日分の燻製肉を用意した。『無限の水差し』のお陰で水の心配がないため、来る時よりも多くの食糧を持てる。消費量を抑えれば、15日から20日は保つだろう。日保ちはしないが、果実もそれなりの数を用意した。

 それに、今度は距離が解っているし、現在地を示す星球儀もあるので、10日あれば砂漠を踏破するのに十分だと2人は見積もっている。


 食糧を確保した後、荷物を纏めた2人は別れの挨拶のために館を訪れた。4日前──と言っても、館に住んでいる者たちにとっては半日足らずだが──に訪問する旨を告げていたから、館でもそのつもりでいたらしく、初めて訪れた時のようにマジョルドが迎えてくれた。


 マジョルドは2人を館の中、エンファンのいる部屋に案内した。前に会った時とは別の、温室のような部屋だ。植物に囲まれた部屋の中央の机で、エンファンは何か実験のようなことをしていた。神になるための課題の一つだろう。

 2人が近付くと、エンファンは顔を上げた。


「やあ、久し振り。また旅に出るんだって?」

 彼は(にこや)かに声をかけた。

「はい。世界再生の手掛かりを掴めましたので、その手配のために、これから世界中を回る予定です」

 レーヌもエンファンに負けない柔らかい声音で言った。


「世界再生ねぇ。世界が滅亡した後でもう一度世界を創ることはできるけど、君のやろうとしているのはそうじゃないんでしょ?」

「もちろんです。この世界の人々、その子孫たちの生きる世界です」

「ふうん。無理だと思うけどなぁ。まぁ、頑張ってよ。お手並みを拝見させてもらうからさ」

「はい。刮目していてください。それからこれまで、色々と便宜を図っていただき、ありがとうございました」

「いいよ。ボクは何もしてないから。やったのはマジョルドやメイドたちだよ」

「それでも、ありがとうございます」


 レーヌは深く頭を下げた。ロイも斜め後ろで同じようにした。

 エンファンは、もう話すことはないとばかりに手を軽く振り、作業に戻った。


 2人はマジョルドやメイドたちにも礼を言って、館を後にした。口を開いたのはレーヌばかりで、ロイはずっと黙ったまま、頭を下げるだけだったが。

 神の被造物たちは、特に名残りを惜しむでもなく、2人を見送った。



■作中に出てきた単位の解説■


時間の単位:

1年=8季


1季≒1ヶ月 の感覚です。


日本と単位が違うので、例えば4季と言っても感覚として4ヶ月の場合と6ヶ月(=半年)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。

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