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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第二部 終末を迎える世界の延命を試みる少女
32/54

2-002 挑戦の開始

 メナージュは、鞄の両側を上に開いた。

「これ、机だったんですか?」

「はい。こういったものがあった方がよろしいかと思いまして」

 レーヌの疑問にメナージュは答え、さらに鞄の中から書物を1冊取り出す。


「これが、エンファン様が世界の創造に使っている書、その元になっている書です」

「元になっている書?」

 メナージュの回りくどい言い方に、レーヌは首を傾げた。

「はい。これはエンファン様の父上である神が作った神器です。エンファン様はこれを元にご自身で同じものを作成し、世界の創造に使用しています」

 きっと、この書物を作ることも『課題』とやらの1つなのだろう。


「えっと、これ、わたしにも作れます?」

「それは無理です。神器は神でないと作れません。エンファン様も、純粋な神でないために苦労なさっていました」

「そうですか……」

 少し気落ちするレーヌ。

「必要でしたら、これをご使用ください」

「いいんですか?」

「はい。そのつもりで持参しましたので。これに書く際には、このペンをご使用ください」


 メナージュは鞄から羽根ペンを取り出し、書物に重ねた。

「これも、神器ですか?」

「はい。この書には、このペンでしか書けません。インクは不要です」

 それを聞いてレーヌは、ペンを持って本の表紙を開き、適当に文字を書いてみる。白紙のままだ。

「……書けませんけど」

「使い方があるのです。こちらをご覧ください。『創世の書』の使用法や作成法をまとめた書です」

 メナージュはさらに1冊の書物を取り出して、レーヌに差し出した、


 レーヌがその書物を開くと、ぎっしりと文字で埋められている。しかし、読めない。見たこともない文字だ。いや、見たことがないわけではない。森の中の館でちらっと見た、エンファンの執筆していた世界の書物、『創世の書』だ。あの書物の、エンファンによる手書きの文字と同じものに見える。

「えっと、これ、読めないんですけど」

 レーヌは書物から頭を上げてメナージュに言った。


「はい。ですので、こちらも用意しておきました」

 そう言って、メナージュは鞄からさらに1冊の書物を取り出して、レーヌに渡した。

 その書物は謂わば、先に提示された『創世の書』の解説書に使われている言語を学習するための、教科書だった。最初の数ページをぱらぱらと捲ってみて、それが解った。


「えっと、つまりこれで言葉を覚えて、この本を読んで神器の使い方を理解して、こっちの『創世の書』を使え、と」

「はい、そうです」

 レーヌは、どうせなら使い方の説明を読み聞かせてくれれば、と思ったが、この後別の書物を読む必要性と機会の可能性を考え、それならば文字を覚えた方がいいだろうと思い直した。


 メナージュはさらにノートと炭筆を鞄から取り出してレーヌに渡し、レーヌに文字を教えた。

 静かな授業の時間がある程度経過した時、ロイが森の中から戻って来た。

「すみません、ちょっといいですか?」

 ロイがメナージュに声をかけるまで、レーヌは彼が戻って来たことにも気付かないほど、新しい言語の習得に没頭していた。


「はい、なんでしょう?」

 メナージュはレーヌに教える手を止めて、ロイを振り返った。ロイの近くには、沢山の果実と数匹の小動物が積まれている。

「あの、森の木を切っても構いませんか? 薪にしたり、あと家を建てたりしたいんです」

「そうですね。狭い範囲の木を集中して切らなければ、構いません。適当に間を空けるように切ってください」

「ありがとうございます。食事の支度まで、もう少しお待ちください」

「解りました。わたくしの分は不要ですので」


 再び森に入って行くロイを、レーヌはじっと見つめていた。

「どうしました?」

「あ、いえ、何でもありません」

 メナージュの疑問に、レーヌは首を振った。

「間も無く日も暮れますし、ここまでにしますか」

「いいえ、ロイが食事の支度をするまで続けます」

「解りました。そこのところ、間違っていますよ」

「え? うーん、えーと、あ、こっちか」

 レーヌはノートに書いた文字を二重線で消して書き直す。初めての他言語学習にしては、学習の進捗は順調と言えた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 ロイが夕食の準備を終える頃、レーヌもその日の学習を終えることにした。メナージュは、『もし急な用件がございましたら、これに魔力を込めて鳴らしてください。20ミール(15分)以内に参ります』と、透明のハンドベルを鞄から取り出しレーヌに渡して、森の館へと帰って行った。

 館からここまで、5ミック(時間)はかかるはずだが、レーヌは考えないことにした。神の力で時間の流れを制御しているのだから、何とでもなるのだろう。


「やっぱり剣だと、動物を狩るのは難しい?」

 レーヌは焚火の横で肉を齧りながら言った。

「ああ。こっちに向かってくる獣なら楽なんだけど、逃げ回られるとな。明日からは罠を仕掛けるか弓を作るか……何か考えるよ」

「うん」

 食事を続けながら、レーヌはロイを窺った。その視線に、ロイは気付いた。


「何か気になることでもあるのか?」

「気になるって言うか……ロイ、無理してない?」

 館でもぶっきら棒な言葉遣いをしていたロイが、館を出てからメナージュに丁寧な言葉遣いを続けていることが、レーヌは気になっていた。マジョルドに一方的に打ちのめされ、自分の限界、と言うより、自分がどんなに努力しても越えられない壁を見せつけられて、気落ちしているのではないか、と。それが、言葉遣いに現れている、レーヌはそう思った。


「いや、無理してるってことはない」

「そう? ならいいけど」

 それに、たとえロイが無理をしていたとしても、レーヌにできることはない。むしろ、レーヌのサポートに徹していれば、多少は気も紛れるかも知れない。それなら、レーヌはそれについて深く追及しない方がいいだろう。


「レーヌの方は? やりたいことはできそうか?」

 ロイは果実を齧りながら言った。

「まだ判んない。本を読むための文字を覚えるところからだから、できるかどうか判るようになるだけでも、しばらくはかかりそう」

「そうか。それならオレは明日から、さっき言った通り家を建てるか」

「そうしてくれると助かるなぁ。あとは寝床とか机とかもあるといいな」

「何でも言ってくれ。まあ、大工仕事なんて初めてだから、時間はかかるだろうけど」

「うん、期待してるよ」


 すでに1つ、ロイは家具を作っていた。丸太を半分に切っただけの長椅子だが。それでも、切り倒した木を魔術で熱して強制的に乾燥させ、下部も平らにして転がらないよう、ロイなりに考えたつもりだ。

 斧はないが、レーヌ直伝の魔力による剣の強化で、太い木の幹も簡単に切れた。また、魔力で身体強化することで、重い丸太を1人で運ぶことも苦にならない。

 もっとも、身体強化はまだ10ミール()ほどしか持続できないが。それ以上続けると、しばらく腕を上げるのも億劫なほどに疲労する。

 それでも、旅の間にずっと訓練を続けていたので、それだけ時間を伸ばせている。瘴期を自分で解決することは諦めたものの、レーヌのサポートをするために、これからも鍛えよう、とロイは考えていた。


「今日はそろそろ寝るか」

 食事を終えて、ロイが言った。陽は既に暮れ、レーヌが魔術で照らしている灯りと空の星だけがすべての光だ。

「そうだね。また明日、しっかりと覚えなくちゃ」

 2人は種火を残して火を消すと、森の木の根元でマントに包まった。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 翌日。

 陽の出と共に起きた2人は、前日に残していた食糧で簡単に朝食を済ませると、ロイは森の中に出かけ、レーヌは未知言語の習得のため、昨日覚えたことの復習に励んでいた。


「進捗はいかがですか?」

 かけられた声にレーヌが顔を上げると、そこにはいつの間にか現れたメナージュが立っていた。

「あ、はい、順調です」

「それは結構です」


 メナージュは、レーヌの対面の丸太で作られた長椅子に座ると、レーヌが机にしている鞄から、水差しを取り出して机に置いた。

「お持ちすると言っていた水です」

 レーヌは炭筆を置くと、それを受け取り、水差しを見て、鞄を見た。机の上板の下になっている鞄を開き、中を覗くが真っ暗だ。


 レーヌは鞄を閉じて頭を上げた。

「あの、これ、昨日のうちに出さなかったのは何故ですか?」

 鞄から出したということは、既に入っていたことになる。しかし、昨日はここに来るの途中の森の中で『後ほどお持ちします』と言っていた。今がその『後ほど』なのはいいとして、なぜ鞄に入っていたのか。

「昨日の時点では、ここからまだ取り出せなかったのです」

「それはつまり、この鞄も魔術を利用した道具……じゃなくて神器で、館に対となる神器が存在する、ということですか?」

「理解が早いですね。その通りです」


 要は瞬間移動の応用だろう、とレーヌは解釈する。しかし、神器と言うからには、単なる瞬間移動ではないとレーヌは判断した。そもそも、単純な瞬間移動に道具は必要ない。

「あの、それもこの本を読めば解りますか?」

 レーヌは、『創世の書』の説明書だという書物を示して聞いた。

「いえ、この鞄については別の書になります。必要でしたら、次の機会に用意しますが」

「うーん、いえ、とりあえずは不要です。後で必要そうだったらお願いします」

 最初から色々なものに手を出しては、当初の目的が疎かになりかねない。レーヌはまず、『創世の書』の使い方と、そのための言語学習に注力することにした。


「解りました。それでは、今日の講義を始めましょうか。それとも、もう少し後になさいますか?」

「いえ、すぐにお願いします」


 レーヌの言語学習は、まだまだ始まったばかりだ。



■作中に出てきた単位の解説■


時間の単位:

1ミック=80ミール


1ミック≒1時間

1ミール≒1分 の感覚です。


日本と単位が違うので、例えば40ミールと言っても感覚として40分の場合と30分(=0.5時間)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。

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