2-001 終末を避けるために
第二部開始!!
毎週火曜日、18:00頃更新予定です。
マジョルドに動きを止められた後のロイの様子を見たレーヌは、彼は諦めた、と即断した。同時に、それも仕方ないことなのかも知れない、とも思う。
ロイは、瘴期の原因を調べ、可能ならそれを解決することを目的に村を出た。瘴期の原因が判明した今、目的は達したことになる。そして、解決するために瞬時に行動を起こし、それが不可能であることを実感した。あの鉄壁の守護者を突破することは、10年や20年鍛錬しても叶いそうにない。一瞬の攻防でロイはそれを悟り、付け加えていた目的を諦めた。
実際、『マジョルドには敵わない』というロイのその直感は正しいのだが、それを一瞬で受け入れ『可能なら』と前置きしていたものの、その目的をあっさりと放棄したロイの態度が、レーヌの心の何かに触れた。
確かに、エンファンに世界の終焉を諦めさせるのは無理だと、レーヌも確信している。護衛も兼ねているのだろうマジョルドの身体能力もさることながら、エンファンの“魔力”の異常さが、レーヌにそれをはっきりと意識させた。
エンファンの魔力は、レーヌが今までに感じたことのないものだった。それに触れた途端、平伏することも叶わず、ただ椅子に崩れ堕ちることしかできないほどの、恐怖にも似た畏怖。
アレにはどう頑張っても抗いようがない。その意味では、レーヌもロイと同じ結論に至らざるをえなかった。エンファンに世界の執筆を留めさせることは。
しかし、魔術は剣とは違う。魔術なら、彼に敵わないまでも別のやりようはある。あるはずだ。その方法を見つければ、いや、創り出せば、世界の終焉を回避することも不可能ではない。
そう考えたレーヌは、元の部屋に戻された後、部屋の中をぐるぐると歩きながら、その方法を考えた。いや、それを現実にするために何が必要かを考えた。
レーヌと一緒に部屋に戻って来たロイは、そんなレーヌの様子を、椅子に座ってただ見ていた。
ロイは、自分で瘴期をなんとかできるという思いはすでに持っていなかった。エンファンに襲いかかった時にロイを止めたマジョルドの動きは、人間業ではなかった。あの時は素手だったが、剣を持っていても勝てない、触れることすら不可能だ。
その時点で、自分にできることはもう何もない、とロイは悟った。どうにもできない、と。
瘴期の原因は解った。けれど、そこには手が届かなかった。
それでも、レーヌは自分にできなかったそれを諦めていない。そんな幼馴染の姿が、ロイの目には眩しく映った。
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しばらく部屋を歩き回っていたレーヌは、メイドから『御用が御座いましたら使ってください』と言われていた透明のハンドベルを取り、軽く振って澄んだ音を鳴らすと、テーブルの元の位置に置いた。
待つほどもなく扉がノックされ、レーヌが応じるとメイドの一人が入って来た。
「御用でしょうか」
「はい。あのですね、色々と教えて欲しいんです。世界のこと、神のこと、エンファン様のこと、彼の書いている世界のこと、その他色々。それとですね、森の外なら時間の流れはここの10分の1くらいなんですよね? そこに拠点を構えるので……」
「少々お待ちください。マジョルドを呼びますので」
メイドはレーヌを遮ると、一度部屋から出て、マジョルドを連れて戻って来た。
「それでしたら、こちらのメナージュに申し付けください。メナージュ、可能な限り、お二人の要望に応えるように」
「畏まりました」
マジョルドはレーヌの要望を聞くと、すぐにメイド──メナージュ──に指示を出し、彼女も何の疑問も呈することなく頷いて、レーヌの方が驚いた。
「あ、あの、いいんですか? そんなに簡単に。わたし、終末を回避するために色々教えてもらおうとしているんですけど。それって、エンファン様の課題を邪魔することになるんじゃあ」
疑問を浮かべるレーヌに、マジョルドは虫も殺さぬ笑みを浮かべた。ロイを圧倒した時に見せた闘気は欠片も見えない。
「構いません。エンファン様の創造した世界に自然発生した生物が、エンファン様の行動を止めることは不可能ですから」
煽るような言葉にレーヌは少しムッとしたが、それを胸の中に押し込めて、礼を言った。
マジョルドが退室し、レーヌが色々と頼み事をしたメナージュも部屋を出て行った後で、レーヌは服を着替え始めた。与えられた柔らかい服を脱いで、今まで着ていた革の胴衣を身に着けてゆく。単に洗濯されただけではなく、擦り切れていた箇所が繕ってある。……繕ったというより、完全に元に戻っている。仕立て直したかのようだ。
「レーヌ、どうするんだ?」
ロイが椅子に身を預けたまま聞いた。
「もちろん、終末を防ぐための対策を考えるのよ」
「森の外に泊まるようなことを言っていたけど、ここでもいいんじゃないのか?」
「駄目だよ。時間がもったいないもん。ここにいたら、外の10倍の早さで時間が過ぎちゃうんだよ。対策を考えるにしたって、外の方がずっといいよ」
「そうか」
実のところ、ロイは時間の進む早さが違う、ということの意味をきちんとは理解していなかった。そのため、レーヌの答えた森を出る意味についても、正しく理解しているとは言えなかった。そもそも、自分の無力さを突きつけられてから、考えることを放棄してしまったこともある。
それでも、ここを出て行く支度をするレーヌの姿を見て、ロイも椅子から立ち上がり、自分も着替えを始めた。
「ロイも来てくれるの?」
先に着替えを終えたレーヌは、荷物を確認しながら聞いた。
「レーヌはオレの我儘を聞いて、こんなところまでオレをサポートしながらついて来てくれたからな。今度はオレがレーヌをサポートするよ」
「良かった。わたしは調べ物に集中したいから、ご飯の支度とかどうしようかって思ってたんだ。そういうの、ロイに任せちゃうよ」
「ああ。任せておけ」
ロイの動きは、口調も、気怠そうなものだったが、その言葉だけでレーヌにとっては嬉しかった。
支度を終えたレーヌとロイは、メイドたちやマジョルドに挨拶をして、館を離れた。エンファンは姿を見せなかった。神になるための課題に集中しているのだろう。
レーヌとロイには、大きな四角い鞄を持ったメナージュが同行した。
「この森では、時間の流れはどうなっているんですか?」
レーヌは、森を出るまで待つことなく、歩いている間もメナージュから情報を得ようと質問した。
「この森は、一種の結界となっております。時間結界ですね」
「時間結界?」
「はい。森の中心部から外縁部に向かうにつれて、時間が徐々にゆっくり流れるようになっています。これもエンファン様の魔力によるものです」
「つまり、エンファン様の魔力がこの森を覆っているわけですね」
それにしては、館でエンファンの魔力に感じたような、恐怖とも畏怖とも思える感覚には襲われない。むしろ、安らぎを覚える。
「それは、エンファン様が魔力、というよりも神力を完璧に制御なさっているからです」
そのことを聞いてみると、メナージュはなんでもないように答えた。
「神力?」
「はい。エンファン様が、人間の女性と、男性の形態を取った神との間に生まれたことは、お聞き及びと思います。神は、人間が魔力を持つように神力を持っています。人間と神の血を引くエンファン様は、魔力と同時に神力も持っており、御自身の意思で出力を完璧に制御しているのです」
「……そうですか」
耳慣れない言葉もあり、瞬間的に理解できたわけではなかったものの、レーヌはメナージュの言葉を自分の脳内で反芻し、エンファンが人間の魔力と神の魔力=神力を、自由に混合して放出できるのだろう、と理解した。
「すみません、オレからもいいですか?」
館を出てからずっと黙っていたロイが言った。普通に喋ってはいるものの、普段の彼に比べて覇気が足りないことを、レーヌは敏感に感じ取った。
「はい、なんなりと」
「この森の木に生っている果実を採ったり、小さい獣や鳥を狩ったりしても構いませんか? 果物は砂漠を抜けた後でもう採っていますけど」
「はい、ご随意に。お二人だけであれば、狩り尽くすこともないでしょうから」
「もう一つ。どこかで水を調達できませんか? 果物の果汁はあるのですが……」
「そうですね。それは後ほど、館からお持ちします」
「ありがとうございます」
レーヌが瘴期の、世界の終末の解決のために尽くすなら、レーヌか言ったように身の回りのことはすべて自分がやらなければ、とロイは考えた。それでまず頭に浮かんだのは、食糧の調達だった。
砂漠の横断で、外から持ってきた食糧は尽きていたし、森で果実を採取したものの、それはすぐに消費してしまった。館に行けば食事を提供してもらえるかも知れないが、レーヌの時間を無駄にしないためには、館まで往復している時間が惜しい。
それならば、ロイが森で食糧を調達するのが最適解だ。レーヌが解決策を考えている間、ロイは暇を持て余すことになるのだから。
三人は、途中で休憩を挟みながら、5ミックほど掛けて、森を抜けた。広くない草地と、その向こうに広がる広大な砂漠。
その草地、森を出てすぐのところに、レーヌは荷物を下ろした。
「この辺りを拠点にします。早速ですけど、メナージュさん、お願いします。ロイは、お夕飯の準備お願い。そんなにかからないで陽が暮れそうだし」
ここでは明るく見える太陽は、西の空に傾いていた。
「解った。そっちは任せろ」
ロイも荷物を下ろし、剣だけを持って森に戻って行く。
メナージュも、鞄を置いて草の上に膝をついた。
およそ100年後に迫っている世界の終末を避けるためレーヌの挑戦が始まる。




