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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
29/54

1-029 砂漠の森の館

 ロイもレーヌも、何と応えていいのか解らず、結果、無言で立ち尽くすことになった。まさか、瘴期の原因を探りに来て、これほど平和に見える場所で、見たこともない綺麗な身形(みなり)の男から歓迎を受けるなど、考えてすらいなかった。


 男は元来た道を数歩戻ったが、二人が石の柱のところに立ち尽くしているのに気付いて足を止め、振り返った。

「どうぞ、遠慮なさらずにいらしてください」

 ロイとレーヌは顔を見合わせ、ロイは剣の柄から手を離して男についていく態度を示し、レーヌは軽く頷いた。


「それでは、こちらへ」

 改めて言ってから二人に背を向けて歩く男の後を、ロイとレーヌはついて行った。

 ロイは、剣から手を離したものの、警戒を解くことなく、周囲に意識を配りながら歩いた。レーヌも、周囲に広げた魔力をそのままにして、危険があればすかさず察知できるよう身構えている。


 ロイとレーヌの警戒など知らぬ風に、男は石畳の道を歩き、館の両開きの扉を大きく開いて、2人を招き入れた。

「……」

 ロイとレーヌは絶句した。扉も大きかったが、中はさらに広く、村にあった家が数軒入るのではないかというホールになっている。


「まずは身を清めてごゆっくりお休みください」

 2人が警戒も忘れてホールを見回していると、男は白い手袋を嵌めた手を軽く2回叩いた。すぐに、黒い服に黒い長いスカート、白いエプロンと白いレースの髪飾りをつけた女が音も無く現れる。

 女は、男と目配せだけで意思疎通を図ると、ロイとレーヌに向き直った。


「どうぞこちらへ」

 女が招く。どうしたものかとロイとレーヌはまた目を見交わし、それから男に目をやると『何も問題ない』とでも言うように小さく頷かれる。

 心を決めた2人は、女に招かれるままに、館の廊下を進んだ。

 どこもかしこも純白で、それでいて目が眩むようなことはない。白一色でありながら、不思議な色合いだ。

 壁には染み一つなく、床には塵一つ落ちていない。どこまでも清潔な環境に、旅の汚れに塗れたロイとレーヌは、自分たちが汚物にでもなったような気分になった。


 しばらく廊下を歩いた後、女の後について広い部屋に入った。

 部屋の中央に浴槽が2つ、並べて置かれ、間に立てられた衝立で仕切られている。それぞれのバスタブには、ロイとレーヌを案内したのと同じ服装の女が2人ずつ待機していて、丁寧に頭を下げた。

「まずは湯浴みをして、旅の疲労をお取りください」

 どうしよう、と思う間も無く、浴槽の傍にいた2人が静かにやってきて、ロイとレーヌそれぞれの手を取り背中を押して、浴槽の傍に導いた。


 ロイは、女2人に荷物を下ろされ、剣を取られ、服を脱がされた。館に入ってから、いや、外で男に会ってからの、あまりにも平和な感覚に警戒感も薄れ、されるがままに全裸に剥かれた。

「あ、服は」

 案内した女が服を荷物と一緒にどこかに持っていこうとするのを、ロイは見咎めた。

「洗っておきます。ご心配なく」

 それ以上ロイに言わせず、女はロイとレーヌの荷物を持って、部屋を出て行った。


 ロイは2人の女に促され、浴槽に入った。

「失礼します」

 女たちは傍に跪くと、浴槽の外からロイの身体を洗い始める。

 半透明の衝立の反対側ではレーヌも同じように洗われているらしく、写った影が動いている。


 全身を2人の女に清められているうちに、ロイは僅かに残っていた緊張もすっかり解け、旅の疲れから、いつしか温かい湯に浸かったまま眠っていた。




 気がつくと、ロイはベッドに横たわっていた。今までに使ったことのない、柔らかく寝心地のいいベッドだ。掛けられている布団を剥ぎながら身体を起こす。掛布団も敷布団も、ロイの知らない柔らかく気持ちいい肌触りだ。ずっと寝ていたい気分になる。

 ベッドも大きく、ロイが両手両足を広げてもまだ余る。レーヌと一緒に寝ても、まだ余裕だ。


 そう考えたところで、レーヌはどこだろうと左右を見る。左隣にもう1つベッドがあり、レーヌはそこで安らかな寝息を立てていた。

 それを見てほっとしたロイは、自分の身体を検分する。ロイは、白い服を着せられており、その肌触りは布団と同じだ。輝くような、滑らかな肌触り。色は違うが、男や女たちが着ていた服も、光沢から考えて同じ生地だろう。


「ん、あ、ロイ?」

 声に振り向くと、レーヌが目を覚まして、ベッドに起き上がっていた。

「おはよう。良く寝たか?」

「うん。このお布団、すごく気持ちいいね。この服も」

「そうだよな。こんな布があるんだな……。起きるか」

「そうだね」

 2人はベッドから降りた。


 ベッドの下にスリッパが用意してあり、2人はそれを履いた。

「わたしたちの着てた服や荷物はどうしたんだろう?」

「さあ。あ、そこにある」

 部屋の隅に置かれているテーブルに、見覚えのある荷物が置いてあった。確認しようと2人が一歩を踏み出そうとした時、部屋の扉がノックされた。

「はい」

 反射的に返事をするロイ。


 扉を開けて、女たちが入って来た。ロイとレーヌを湯浴みしてくれた4人。

「失礼いたします。お着替えをお持ちしました」

 そして、ロイとレーヌは女たちの有無を言わさぬ圧力で、部屋の隅の半透明の衝立の陰に連れて行かれ、着替えさせられた。

 湯浴みの時もだったが、衝立があるのはロイとレーヌの性別が違うことを慮っているようだ。別の部屋を用意しないのは、2人を分断して警戒させないためだろう。


 着替えさせられた服も、寝ている間に着ていた服と同じ生地だ。白い色の、シンプルな上下。ロイはズボンでレーヌはスカートという違いはあったが、2人の服のデザインは同じだった。


「お食事を用意してあります。こちらへどうぞ」

 そう言われて、2人は空腹を感じた。女たちに導かれ、別の部屋に移動する。

 やはり広いその部屋の中央には、テーブルと、向かい合う位置に椅子が2脚置かれていた。

 ロイとレーヌか椅子に座ると、女たちが料理を運んで来た。スープに野菜に肉に果物に甘味のある水……様々な料理が目の前に並び、2人は貪るように食べ、飲んだ。


 腹が満ちると、女たちによって食器が片付けられ、残されたグラスに水差しから水が注がれる。2人がグラスに満たされた甘い水を飲みながら食後の余韻を味わっていると、最初に2人をこの館に招き入れた男がやって来た。


「お口に合いましたでしょうか?」

 男は立ったまま、にこやかに言った。

「ああ。それに、ゆっくり休んで気力も体力も十分だ。助かったよ」

 ロイが答えた。

「それは何よりです」


「……ところで、聞きたいことがあるんだが」

「はい、なんなりとお聞きください。可能な範囲でお答えいたします」

「えっと、ここはどういう場所なんですか?」

 まずはこれを聞きたいとばかりに、レーヌが言った。

「ここは、エンファン様のお住まいです」

「エンファン様?」

 2人は首を傾げる。


「はい。エンファン様は神の血を引く人間であり、ここに住む唯一の人間でもあります」

「え、ちょっと待った」

 ロイが言うまでもなく、男は2人の次の言葉を待った。

「あんたもここに住んでいるんじゃないのか?」

「はい、そうです」

「じゃ、なんで、その『エンファン様』がここに住む唯一の人間になるんだ?」

「私が、またメイドたちも、人間ではないからです」


 ことも無げに言う男に、ロイもレーヌも疑問符を頭に浮かべる。男はそんな2人に、言葉を続けた。

「私どもは、エンファン様のお世話をするために神に作られた存在です。ホムンクルス、ゴーレム、オートマータ、アンドロイド、呼び名は色々とありますが、そう言ったものです」

 男が並べ立てた単語に、2人の聞き覚えのあるものはなかったが、目の前にいる人間にしか見えない男が、人間に似た何かだ、ということだと理解した。


 この場所や、男たちについての疑問はますます増えたが、神の被造物云々という時点で、すぐにすべてを理解するのは無理そうだ、と諦めて、本来聞きたかったことを聞くことにした。

「ここに来る前に、瘴期の原因はここにあるって聞いたんだが、それは本当か?」

「瘴期、ですか……」

 男は何かを考える仕草をした。


 ロイは、瘴期を知らないのだろうか、いや、砂漠もここも瘴期の影響を受けないのなら、知らなくても無理はないか、と思いつつ、男の返事を待った。

 男は40ミテン(30秒)程、沈黙していたが、ふと気付いたように2人を見た。

「ああ、外の世界で獣が凶暴化する現象のことですね。そうですね……確定ではなく推測にはなりますが、確かにここが原因の可能性がありますね」


「本当ですかっ」

 ロイは思わず立ち上がり、男の「落ち着きください」という声で、椅子に戻る。しかし、心臓の鼓動が速くなっている。

 それはレーヌも同じだった。最初こそ、ロイと一緒にいたかっただけでついてきたが、結界の森の不思議を見たり、魔女やドラゴンに瘴期について聞いて、瘴期とは何だろう?と思うようになっていた。


「瘴期は、およそ10日おきに、約10ミック(時間)続く、と言う理解で正しいでしょうか?」

「あ、ああ、そうだ」

「なるほど。それでしたらやはり、エンファン様の取り組んでいる課題の1つが原因とみていいでしょう」

「課題?」

 ロイは首を傾げた。レーヌも。


「それについては、この後、エンファン様にお会いいただく場を設けますので、そこでご確認ください。ただ、1つ申し上げておきます」

「……何を?」

「ここと外では、時間の流れが違います。ここでの1日は外での約10日、より正確には10日と76ミール(57分)になります」

「え……じゃあもしかして、わたしたちがここに来てから、10日くらい経っているんですか?」

 レーヌが驚いて言った。


「はい、その通りです。それを理解していれば、エンファン様と話した時に、瘴期の理解の一助になるかと愚考します」

 男からはそれ以上、瘴期のことを聞けなかった。ロイとレーヌは再び女──メイド──の1人に先導されて、寝かされていた部屋に戻った。




「エンファン様との顔合わせの準備が整いました」

 メイドが2人を呼んだのは、それから1ミック(時間)ほど後のことだった。



■作中に出てきた単位の解説■


時間の単位:

1日  =20ミック

1ミック=80ミール


1ミック≒1時間

1ミール≒1分 の感覚です。


日本と単位が違うので、例えば40ミールと言っても感覚として40分の場合と30分(=0.5時間)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。

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