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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
28/54

1-028 不思議な森の奥に

 ロイの体力は限界だった。力尽きかけて両膝と左手で砂地に這い蹲った。

 レーヌはロイ以上に消耗し、ここまでもロイに肩を貸してもらって辛うじて歩いている状態だった。

(ここまでか……いや、まだ休めば少しは……)

 疲労した頭では考えもまとまらない。そのまま砂地に突っ伏しかけた時、陽の光が目の端に入った。朝だ。


 周囲が一気に明るくなる。意識を手放す前に先を見ておこうと、ロイは力を振り絞って頭を上げた。


 ロイの目に、砂でも空でもないものが映った。何だ?とロイは、レーヌの身体を砂にそっと横たえ、右手で目を擦る。

 砂の上に緑色のものが生えていた。どこまでも白い砂の大地に、そこだけが緑色に盛り上がっている。


 アレが砂漠の中心に違いない。半ば思考力の失った頭で、ロイは思った。

「レーヌ、おい、レーヌ、しっかりしろ。見えたぞ。目的地だ」

 ロイは最後と思える力を振り絞って、レーヌを揺さぶった。

 レーヌは、虚ろな目でロイを見ている。


「レーヌ、見えたぞ、砂漠の中心だ。しっかりしろ」

 ロイはレーヌの身体を起こして抱きかかえ、揺さぶった。ロイを見つめるレーヌの目が、ロイの指差す方を向く。

「……あ、れ、もり……?」

「そうだ。あそこまで行けば、大丈夫。もう一息だ」

 そう言うロイの声も掠れている。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。

 あの森らしき場所がゴールか判らない。しかし、何の変化もない砂漠で初めて見つけた変化だ。ゴールでなくても、あれが何なのか確認せずには、死んでも死に切れない。


 ロイのその思いが伝染したかのように、虚ろだったレーヌの目に光が戻って来た。その手が僅かに震えるが、動かない。気力は僅かながら戻ったようだが、体力まではそうはいかないようだ。

 レーヌの唇が微かに動く。ロイは耳を寄せた。

「……ろ、い、手を、握って……」

 ロイは片腕でレーヌの身体を支えながら、片手でレーヌの手を握った。


 次の瞬間、景色が変わった。いや、砂の広がるだけの大地はほとんど変わらないが、遠くに霞むように見えていた森に、はっきりと“森”と判る程度に近付いている。

 レーヌの瞬間移動だ、と一瞬遅れてロイが思った時には、目の前に木々が林立していた。


「無理するな」

 レーヌが連続瞬間移動したことに対して、ロイは気遣った。レーヌは僅かに微笑んだ。

 その力無い笑みに危機感を覚えたロイは、力を振り絞り、魔力も総動員してレーヌを抱いたまま立ち上がった。そのまま数十テール(数メートル)歩いて森の中に入り、レーヌを地面に座らせる。今まで歩いて来た砂とは違い、生えた草の下は土だった。


 レーヌの持っている荷物を降ろし、それを枕にしてレーヌの身体を横たえる。

「ちょっと待ってろ」

 自分の荷物も地面に下ろすと、荷物の中から濾過器を取り出して、森の中へと入った。木の蔓でもあれば樹液を絞ろうと、辺りの木を見回す。

 大木と呼べるほどのものはなく、木の幹は太くても5テール(50センチメートル)ほど。ほとんどは3テール(30センチメートル)以下だ。


 蔓を垂らしているような木はない。しかし、それよりもいいものを、ロイの目は捉えた。木の枝に実った紅い果実。見たことのない果実だが、食べられる、と直感的に思った。

 ただ、少し高い位置にある。手を伸ばしても、果実までは4テール(40センチメートル)ばかり離れていた。普段なら飛び跳ねれば届くだろうが、今はそこまで体力がない。剣を使えば届くだろうが、(へた)を上手く切れそうにない。


 ロイは、果実に向かって伸ばした手から魔力を伸ばし、力に変えて(へた)を切った。落ちる果実を受け止めようとして取り落とし、草の上に転がったそれを拾って、そのまま齧り付く。瑞々しい果汁が疲弊した肉体に染み渡るようだ。ロイは、本能のままに果実を貪った。


 あっと言う間に果実を1個食べ尽くしたロイは、さらに果実を2個採取し、それを持ってレーヌの元に戻った。

「レーヌ、果物を取って来たぞ。食べられるか?」

 ロイはレーヌの身体を起こして抱え、果実を1つ差し出した。口の前に出された果実にレーヌは口をつけたが、噛むこともできなかった。この数日、水も無くなっていたので、顎の体力も落ちている。そんな状態で、良く連続瞬間移動などできたものだ、とロイは感心する。が、感心してばかりはいられない。


 ロイはレーヌの身体を少し倒すと、口の上で果実を握った。普段ならそのまま搾れるだろうが、体力の回復しきれていない今は、そうもいかない。ロイは魔力で手を強化して、果実を搾る。

 果汁がレーヌの口に滴り、喉が動く。

「ん、美味しい」

「ゆっくり飲んで、回復しろ。終わったらまた採ってくる」

「うん、ありがと」


 レーヌは、ロイの腕の中ではっきりと微笑んだ。その笑みに、ロイも胸を撫で下ろした。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 2人は森の端で、丸2日を過ごした。森に到着した時には2人とも疲弊しきっていたが、若さ故か、それとも森の果実の栄養価が過分なのか、その2日ですっかり元の元気を取り戻した。


 3日目の朝、2人は森の奥へと出発した。

 ドラゴンは、おそらくと言う但し付きではあるものの、『瘴期の原因は砂漠の中心にある』と言っていた。この森がドラゴンの言う砂漠の中心であることを、ロイもレーヌも疑っていなかったが、森の端にいても瘴期の原因は判りそうにない。ならば、奥へ進むしかない。


「木が密集してないね。その割には、太い木がないし」

 レーヌは、下草を踏み締めながら言った。

「ああ。この森を見ていると、森って言うより、果樹園みたいだよな」

 ロイの言う通り、木のほとんどは食べられる果実を実らせていた。森の一番外側の木々には実っていなかったが、少し奥に入れば果実を見つけるのに苦労することはなかった。


 2人が辿り着いた森の奥を少し左右にずれると、また別の種類の実を付ける木々があった。何種類かの果樹が、種類ごとにある程度まとまって生えているらしい。

 木々の間隔も適度に空いていて密集している場所はなく、歩いて進むのに支障はなかった。


「それに、草も短いよね。あんまり伸びないように手入れされているみたいに」

 レーヌは、自分の踏みつける草を見て言った。

「そうだよな。それにしては人の踏み入った形跡もないし、獣道があるわけでもない。いくら陽が遮られていても、伸びている草があっても不思議じゃないよな。むしろ、野放図に伸びていないことが不思議だ」


「あと、この明るさ。空が見えないくらいに葉っぱは繁っているのに、それにしては明るいよね」

 見上げても、空の青さは見えない。葉の緑色で覆われている。しかし森の中は明るい光に満ちている。何を取っても、この森は不自然だった。旅路はずっと楽になったが。


 時折、木の枝に小型の獣や小鳥を見ることはあったが、大型の獣は気配すらなかった。森へ入ってから、レーヌは魔力での警戒を再開していたが、周囲1テック(キロメートル)の範囲に大きな獣を捉えることはなかった。


「砂漠には獣は入らないってドラゴンは言ってたけど、ここには、いるんだね」

 レーヌは、木の枝を駆けて行くリスのような小動物を目で追いながら言った。

「この森に最初から住んでるのかな。それで、出て行けなくなったとか」

「出て行ったとしても、食べ物にも困るもんね。出て行こうなんて考えもしないんじゃないかな。ここにいれば食べ物に困ることもなさそうだし、ずっと安心して暮らせそう」

 レーヌは心から言った。


 レーヌの言う通り、森に入ってからずっと、心は安らかだった。2人とも、生まれてから今まで、これほど安らいだ記憶はない。森のすぐ外は砂に埋もれた死の大地が広がり、砂漠の外も、やがて訪れる終末の予感に、どこも沈んでいた。

 それなのに、この森は2人が旅の間に一度も感じたことのない、生命力に満ち溢れている。世界の終末が、ここでは嘘のようだ。もしかすると、外の世界の瘴期も、終末の鐘ではないのかも知れない。ここにいると、そんな気持ちになってくる。


 休息を取りながら、2人は森の奥を目指した。これまでのところ、水場は見つからなかったが、周りの木に実っている果実はどれもたっぷりと果汁を含んでおり、喉を潤すのに問題はなかった。


 砂漠を歩いている時とは打って変わった快適な旅に、2人の足取りは軽かった。しかし、何が起こるか判らない。ともすれば緩みそうになる警戒を、ロイもレーヌも意識して保ちながら、歩みを進めた。


 森に入ってから20テック(キロメートル)ほど進んだだろうか。

「ロイ、前に何かある」

 レーヌが警告を発した。

「何かって?」

 反射的に剣に手を掛けて、ロイは聞いた。

「石でできた、門柱みたいなもの。とにかく人工物。それが横に続いてる」

「解った。注意しながら進もう」

「うん」


 ほどなく、レーヌの言う“門柱”が見えて来た。白い石でできた、高さ25テール(2.5メートル)ほどの柱が並んでいる。柱の配置からすると、大きな円を描いているようだ。隣り合った柱の上部は、これも石製のアーチで繋がっている。

 柱の手前で森は終わり、柱の向こうは庭園になっている。石畳の通路の両側に花壇が広がり、様々な色の花が今を盛りと咲き誇っている。さらに奥には、石造りの建物が見える。

 空は青く澄み渡り、昇って間も無い太陽の光が柔らかく降り注いでいる。どこまでも幸せな光景だった。


「……おかしいな」

 ロイが、空を見て言った。

「おかしいのは森に入ってからずっとだと思う思うけど」

 今更何が?とレーヌは首を傾げた。

「オレたち、朝陽が昇ってから森に入っただろ? それから少なくとも半日は歩いたはずだ。なのに、まだ陽が昇ったばかりみたいだ」

「あ、ほんとだ」

 指摘されて、レーヌもそのおかしさに気付いた。ロイは懐から磁石を取り出して方角を確認したが、夕陽ということはなく、間違いなく朝陽だ。


「歩きながら、知らないうちに、夜を越しちゃった、なんてないし……ロイっ」

「なんだ?」

「誰か来る」

 ロイはすぐさま、離していた剣の柄に手を掛け、レーヌの視線の先を追った。

 しばらくは何も変化はなかったが、ほどなく、建物の陰から背の高い男が現れ、2人に向かって落ち着いて歩いて来た。黒いズボン、黒い上着に、白いシャツ。2人が見たこともない美しい生地でできている。

 敵意は感じないが、ロイもレーヌも油断なく男を見守った。


 男はにこやかな笑みを浮かべたまま歩いて来て、2人の前で立ち止まった。

「ようこそお出でくださいました。長旅、お疲れだったでしょう。どうぞ、奥へお越しください」



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テック=100テナー

1テナー=100テール


1テック≒ 1キロメートル

1テナー≒10メートル

1テール≒10センチメートル の感覚です。

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