1-023 魔女のいる村
ロイとレーヌは、荒野を南西へと歩いた。時々、人工的な形状を見つけてはそちらへ方向を変えることもあったが、それはいつも、目の錯覚や、自然の産物がそう見えただけだった。
村の跡地もあったが、最初に訪れた廃村よりも崩壊の跡が酷く、ほとんど家の基礎部分が残っているだけだった。随分と前に滅びたか、放棄されたようだ。
「さっきの村、少し残っている壁見ると石造りっぽかったけど、あんなに綺麗さっぱり、崩れるもんかな」
滅びた村の跡地を過ぎてから最初の休憩で、ロイが思い出したように言った。
「どうなんだろう? 古いとあんな風にもなっちゃうんじゃないの?」
「それにしたって、もう少し残っていても良さそうだけど。だいたい、瘴期が始まる前はもっと大きい村があったんだろ?」
「一般教養で、ちょっとだけそんなこと聞いたね」
村の一般教養では、過去のことにはあまり触れない。それでも、少しだけ、過去の世界について教えていた。高い壁に囲まれた、何万人もの人が住む巨大な村──“街”とか“都市”とか言ったらしい──がいくつもあったと言う。
「そんなでかい村がいくつもあったのに、今まで旅して来てその跡地の1つも見つからないって、変じゃないか?」
「言われてみると、そうだよね。きっと石でできた建物もあったろうし」
ロイの言葉にレーヌも頭を捻る。
ふと、レーヌは思いついて手を打った。
「そうだ。見えてるのに気付かなかったってこと、あるかも」
「そんなことあるか? 見えてたら判るだろ」
ロイは疑り深そうにレーヌを見た。
「絶対にないとも言えないと思うよ。例えば、えーっと」レーヌは辺りを見回し、南東に見える山を指差した。「あの山、ここからじゃただの山に見えるけど、もしかしたら大きな石造りの村が崩れた瓦礫が積み重なっているだけかも知れないじゃない?」
「あー、なるほど。ないとは言えないか」
ロイは頷いた。
「それだけじゃ説明できないのも確かだけどね。たくさんあったなら、遠くじゃなくて近くを通っても不思議じゃないし」
レーヌの返事を聞きながら、ロイは遠くに見える山を見定めるように、目を凝らした。そう思ってみると瓦礫の山にも見えるし、しかしやっぱり、ただの山にも見える。
「ここからじゃ判らないな」
「遠いもんね。わたしの魔力も届かないし」
しかし、2人とも確認に行こうなどと言い出すことはない。その方向に目的地はない(はず)だし、確認したところで意味はないのだから。
休憩を終えた2人は、また歩き始めた。
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結界の森を出てから十数日の後、2人は見つけた村へと近付いていた。村の向こう側に遠く、山並みも見える。
「あれ、なんだろうね」
「さあ。意味も無く立てているとは思わないけど」
2人が話しているのは、村の周りに林立している細い棒だった。高さはおよそ30テール。それが村の周りに何本も立っている。
「取り敢えず、村に泊めてもらえるか聞いてからだな」
「うん、そうだね」
村はどこでも、似たようなものだ。この村も、村を囲む柵の外側に畑があり、内側に家が建っている。規模は、結界の森の村と同程度だろうか。畑がある分、広く見えるが。
棒は、畑の外側を囲むように円形に立てられている。さらにその外側にも。2人は、その棒の間を抜けて、畑の間に作られた道を歩いて行った。
ロイは、畑の隅の石に腰掛けて休んでいる男に近付き、挨拶してしばらく逗留したい旨を伝えた。
「ああん? おれに言われてもよぉ。村に空家なんざないし、泊めてくれる奴いるかね」
「……どなたに聞けばいいですか?」
「そこから村に入って、右手3軒目の家を訪ねな」
「……はい、ありがとうございました」
ロイは男から離れて、示された門に向かった。レーヌも慌てて追いかける。
「随分とぶっきら棒だよね」
レーヌは、男の対応にプリプリしている。
「あんな人もいるだろ。10日ごとに瘴期が来て、畑を荒らされるは、獣から村を守らなきゃならないわで、大変なんだから」
「でも、2日前に瘴期があった割には畑が荒れてないよね」
「確かに、な」
ロイは畑を見渡した。さっきの男がいた畑はこれから種蒔きのようで何も生えていなかったが、今見ている場所では野菜が芽吹いている。その向こうでは、育った野菜が青々としていて、そろそろ収穫できそうだ。どこにも、荒らされた形跡はない。
「あとね」
「何かあったか?」
「うん」レーヌは囁くように言った。「畑の周りに立ってる棒があるでしょ? その棒と棒の間に、結構強い魔力があるのよ」
「魔力が? 誰か魔術でも使っているのかな?」
「多分。それも、棒の間にだけ、膜みたいにあるから、結界を張ってるんじゃないかと思う」
「それで獣を防いでいるのかな。いや、無理か。物理障壁ならともかく」
「瘴気はそれで防いでいるのかも知れないけど」
「まあ、とにかく聞いてみよう。悩んでいても解決しないからな」
「うん」
ロイは、考え込むレーヌと共に、村に入った。
教えられた家の扉を叩くと、老人が出て来た。
「なんじゃい。見ない顔じゃな」
「旅の者です。この村に、2~3日逗留させていただけないでしょうか」
老人は胡乱そうに2人を見てから、首を横に振った。
「ならんならん。この村は村のことで精一杯じゃ。他所者に構ってなどおられん」
「家でなくても、納屋でもお借りできませんか?」
「無理じゃ。そんな余裕はない。……が、そこまで言うなら……」
老人は一度、言葉を切った。それから徐ろに口を開く。
「……そこまで言うなら、村の外に住んどる魔女にでも頼むんじゃな」
「魔女?」
「いけ好かないババアじゃ。村の南西に住んどるわい」
「解りました。ありがとうございます」
「ふんっ」
ピシャッと扉が閉められた。
「嫌な感じっ」
レーヌが顔を顰めて言った。
「瘴期でよほど荒んでるみたいだな。取り敢えず、その魔女とやらに会って、その人もあんな感じだったらさっさと先に行こう」
「うん、そうしよっ」
レーヌは先に立って、ズンズンと村の門に向けて歩いて行った。ロイも、苦笑いを浮かべながら後を追った。
魔女の家は、すぐに見つかった。入ったのとは別の門から村をでると、少し離れた場所に小さな家──と言うより小屋──が建っているのが見えた。場所としては畑の中だが、小屋の周りだけ畑になっておらず、少しだけ開けている。
小屋の横には井戸もあり、裏手には長い丸太が何本か積み上げられている。
小屋に着いた2人は扉を叩いたが、誰も出てこない。軋む扉を少し開いて中を覗いたが、誰もいなかった。
「どうする?」
「このまま行っちゃってもいいけど……魔女さんにはちょっと会ってみたい気がする」
魔女の小屋まで歩いている間に頭が冷えたのか、レーヌは落ち着いて言った。
「どうして?」
「多分、あの棒の結界、かどうかは判らないけど、その魔女さんが作ったんじゃないかと思うんだよね。それで、ちょっと話を聞いてみたいなって」
道具を使って結界を張れるなら、瘴期の時に役立つかも知れない。それに、人喰いの村の地下の結界や、結界の森の仕組みについても何かが解るかも知れない。
「それなら、ちょっとその辺の人に聞いてみるか」
ロイは扉を閉めながら言った。
「うん。……村の人に話しかけるの、ちょっと嫌だけど」
「そう言うなよ。……待った、あの人じゃないか?」
ロイは小屋から離れながら辺りを見回し、一点で視線を止めた。ロイの視線の先には、農作業をする村人ではなく、棒を弄っている人がいた。
「あ、それっぽいね。行ってみよう」
レーヌはまた、先に歩き出した。
「あの……魔女さん、ですか?」
レーヌは棒を両手で掴んで揺らしている老婆に声を掛けた。老婆は手を止めてジロリとレーヌを見た。
「ほれ、見てないで手伝わんかい」
「え? あ、は、はいっ」
レーヌは慌てて駆け寄り、老婆の持っている棒を握った。老婆はと言えば、手を離してレーヌに指示を出す。
「ほれ、垂直に立てて、下の線の部分がちょうど土の上に出る深さで、周りの土を集めて平らに踏み固める」
レーヌは、わけが解らないままに、老婆の言う通りに棒を立て、魔力で辺りの土を集めて固め、固定した。
「ちゃんと踏み固めんかい」
レーヌが棒から手を離すと、老婆は文句を言う。
「あの、ちゃんと固めましたよ。魔力で。これ以上は固めない方がいいと思いますけど」
「生意気言うんじゃないよ。どれ。……ほう、上手くできているじゃないかい。じゃ、次行くよ」
老婆はさっさと歩き出した。見た目の歳の割には元気そうだ。腰も伸びているし、歩みもしっかりしている。歩く速度は遅いが。
老婆は隣の棒を調べ、そこは問題なかったようで次に歩く。次の棒は僅かに傾いていた。レーヌは荷物を下ろしてついてきているロイに預け、老婆に言われるままに棒を垂直に立て直す。
村を二重に囲むように立てられた棒の列のうち内側を、小屋から順に点検していたらしく、8本を点検して3本を立て直した後、老婆は初めてレーヌを真っ直ぐに見た。
「手伝ってくれてありがとうよ」
「あ、いえ、お役に立てて幸いです」
最初こそムッとしながら手伝ったものの、素直に礼を言われて、レーヌはあたふたしながら礼を受け取った。
「あんたら……見ない顔だね。あたしが惚けたかね」
「いえ、わたしたち、旅をしているんですけど、たまたま立ち寄ったんです」
「そうかね。大したもてなしもできないが、うちに来んさい。聞きたいことがあるなら、答えてやるさね」
「はいっ」
2人は、老婆に招かれて、魔女の小屋へと入って行った。
■作中に出てきた単位の解説■
距離の単位:
1テール≒10センチメートル の感覚です。




