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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
21/54

1-021 結界の森

 危うく焼肉にされそうになった村を出て、十数日が過ぎた。ロイとレーヌの目の前には大きな森が広がっていた。

「どうしよう。迂回するのは無理そうだし」

 そのことは、森が見え始めた時から判っていた。目に見えるかなり広い範囲に渡って広がっており、迂回すると、かなり遠回りになりそうだ。


「突っ切るしかないよな。歩きにくそうだけど」

 下草はそれほど長くはないものの、巨木の根が地面をうねっていて、気をつけていても足を取られかねない。

「でも、次の瘴期が3日後くらいだよね。それまでに森を抜けられるかな?」

 森に巣を作る獣は多い。瘴期になると、森に住む獣に一斉に襲い掛かられる危険がある。


「森の広さ次第だけど、3日あれば抜けられるんじゃないか? そこまででかい森はないだろ」

「じゃ、思い切って行こうか」

 2人は、森の中へと足を踏み入れた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



「なんだか不思議な感じね」

 足元に注意を払いつつ歩きながら、レーヌは言った。

「不思議って?」

 脚を止めずに、ロイが聞いた。

「なんて言うか……生命力が満ちているって言うか、活気があるって言うか……わたしたちの村の近くの森だと、村の中と同じでどこか沈んでいたでしょ?」

「あー、確かに。土地が痩せているからかな。枯れているわけでもないのに、元気はないよな。

 でも、この森の木は瑞々しいって言うか……元気に見えるな」


 2人が感じるように、この森は今まで知っている森に比べて遥かに生き生きしているように見えた。

「それだけじゃなくて、なんか安心する感じしない?」

「ああ。ここにいれば、瘴期が来ても何も起きないような、そんな感じがあるよな」

「うん。さすがにそれはないと思うけど、そんな気分になるよね」

 小鳥が木々の間を飛び交い、木の幹を小動物が駆ける。瘴気検知用に連れている小鳥も、籠の中で嬉しそうに見える。

 葉が生い繁っているので、森の外に比べて光量は少ないはずなのに、森の外よりも明るく感じる。これも、森の雰囲気のためかも知れない。


 のたうつように這う大きな木の根のせいで、森の外から見て感じた以上に歩きにくい。そのため、歩く速度はかなり落ちていた。

 途中、少数のオオカミの群れに襲われたが、難無く撃退した。

 陽が沈み、辺りが真っ暗になる前に、大きな木を背に、夜を明かすことにした。


「スピード、かなり落ちちゃったね」

 炊いた火でオオカミの肉の一部を焼き、残りの肉を燻製にしながらレーヌは言った。

「ああ。森に入らずに次の瘴期を待つべきだったかな」

 ロイは、いつになく沈んだ声で言った。

「んー、森をいつ抜けるられるか判らないし、待っても変わらなかったと思うよ。それより、このオオカミ、村の近くのとちょっと違ったね」

 ロイの気持ちを察したレーヌは、話題を変えた。

「動きが、森の中で生活するのに適した感じだったな。森から出ることがないんじゃないか?」

「そうだろうね。味はどうかな。ロイ、焼けてるよ」


 焼いた肉を頬張りながら、明日のことを話す。と言っても、南西に向かって歩くだけなのだが。

「森の中だけど、ちゃんと方角判るかなぁ?」

 結構、森の奥まで来ているので、レーヌの疑問は今更だ。

「それは大丈夫。言ってなかったか? これ持って来たから」

 ロイが懐から取り出したのは、薄く細長い金属片だった。片側が、やや細く加工されている。

 ロイはそれを掌に乗せ、魔力で浮かせた。金属片が向きを変え、南北を示す。


「あ、磁石持ってたんだ」

「当たり前だろ? どことも知れないところに行くんだから」

「うー、言われるとそうよね。それでロイ、今まで迷わず歩いてたのね」

「毎朝出発する時と、方向を変える時は確認してたんだけどな。気付かなかったか?」

「全然。はぁ、何日旅してるんだろ。注意力が足りないなぁ」

「ずっと気を張り詰めているわけにはいかないんだから、そういうこともあるさ。気にするなよ」

「うん」


 素直に頷いたものの、レーヌのショックは見た目より大きかった。最初に訪れた廃村を出てからというもの、眠っている時や村に滞在している時を除いて、ほとんど常に魔力を広げ、警戒していたのに、すぐ傍のロイの行動にすら気付かなかったのだから。

 もっとも、それも無理はない。半径約1テック(キロメートル)の範囲を索敵しているとは言っても、常に全体を詳細に捉えられるわけではない。そんなことをしていたら、脳がパンクしてしまう。

 レーヌは、魔力を広げた周囲をぼんやりと観察し、何か動きを感じたら、そこに意識を凝らして詳しく視るだけだ。常にすぐ近くにいるロイの小さな行動に気付けないのも当然と言える。


(もっと、小さなことにも気付けるように頑張らなくちゃ)

 課題とも言えないような課題を見つけて、レーヌは気持ちを新たにするのだった。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 森の中で一夜を過ごした翌日。2人は引き続き、南西を目指した。その日の何回目かの小休止に入ろうと足を止めた時。

「あれ?」

 ふと、レーヌが頭を上げた。

「どうした?」

「あっち、家、ううん、村がある。2.2テック(キロ)くらい」

 レーヌが指差したのは、真西より少し南を向いた方角だった。

「よく判ったな」

「うん。えっと、休憩の時にほんの少しだけ、魔力を広げて遠くまで視るようにしてるから」


 レーヌが常に魔力を広げておける範囲は1テック(キロメートル)弱だが、一時的であれば2.5テック(キロメートル)は広げられる。少しでも何かを見つけられれば、と、休憩に入る時に数ミテン()だけ、レーヌは広範囲を魔力で視ていた。

 見晴らしのいい荒野ではあまり意味のなかったその行為も、視界を遮られる森の中では十分な効果を発揮する。


「そんなことをしてたのか。でも、お陰で休めるな。休憩したら、その村に向かおう」

「そうだね。この前の村みたいなとこじゃなければいいけど」

「あんな村、そうそうないさ」


 そんなわけで、休憩を終えた2人は村を目指した。距離は大したことはないが、いかんせん歩きにくい森の中だ。1ミック(時間)近く歩いてようやく村に辿り着いた。


 村は、森の中の広場に作られていた。こじんまりとした村だ。ロイたちの住んでいた村よりも小さく、人口も50人程度だろうと、ロイは予想した。

 一番外側の家は、森の木から1テナー(10メートル)ほど離れて建てられている。森と村の間には柵などの獣を防ぐようなものはない。これで瘴期にどう耐えて来たのだろう?とロイは訝しむ。


 遊んでいるらしい、走り回っている子供が2人、ロイとレーヌに気付いて足を止め、じっと2人を見つめている。近付いても逃げる素振りは見せない。

 ロイは、腰を屈めて2人の子供に言った。

「こんにちは。オレたち、旅をしてるんだけど、少しの間、この村に泊まりたいんだ。いいかどうか、大人の人に聞いてくれらかな?」

「……うん。待ってて」

 子供たちは、村の奥へと走って行った。


 ロイとレーヌは、子供たちの駆けて行った方向へとゆっくり歩きながら、村の様子を観察した。

「獣に襲われたことはなさそうだね」

「ああ。どの家もその手の疵はないし、綺麗なもんだな」

「柵もないのに、どうして襲われないのかな。あ、森自体の生命力が強くて人が集まってても標的にならないとか」

「それでも、まったく襲われないってことはないと思うけどな」


 すぐに、村の奥から子供たちに手を引かれて、女が1人、歩いて来た。女は2人の前で立ち止まると、丁寧に頭を下げた。

「こんにちは。ようこそお出でくださいました」

「こんにちは」

「こんにちは」

 女の落ち着いた柔らかい態度に、ロイもレーヌも何とはない違和感を感じつつも、挨拶を返した。


「この子たちに聞きましたが、この村に移り住みたいとか」

「あ、いえ、違います」

 子供たちから間違って伝わったらしい言葉を、ロイは否定した。

「オレたち、旅をしているのですが、その途中でたまたまこの村を見つけました。よろしければ、2~3日、滞在させていただきたいのですが」

「あら、そうでしたの。でしたら、我が家へお泊りください。大したおもてなしはできませんが」

「あ、いや」すぐにも歩き出そうとする女を、ロイは止めた。「空いている小屋でもあれば、そこで構いません。小屋でなくても、屋根だけでもあれば」


 しかし女は、首を横に振った。

「あいにく、ここに空き家はありませんの。それに、せっかくのお客人を外に寝かすわけにもいきません。どうぞ、お気になさらず」

 そう言って女は、2人に背を向けて歩き出した。2人はついて行くしかなかった。

 子供たちは、いつの間にかどこかに消えていた。その辺で遊んでいるのだろう。


 案内されたのは、村の中でもやや大きい家だった。使うように言われた狭い部屋に荷物を置いた後、女から話を聞くことにした。

 昼の間は、半数ほどの村人は狩猟や採集に行っており、女の夫も森に入っているらしい。農耕や畜産は行なっておらず、毎日必要分の食糧を森から得ているようだ。


 村の生活を簡単に聞いた後──実は聞くまでもなく、女から話してくれたのだが──、聞きたいことを訪ねた。

「ここでは瘴期の時、どうやって獣から村を守っているのですか?」

 ロイの質問に、女は首を傾げた。それから、ああ、という表情を浮かべた。

「ここでは、瘴期の影響はありませんのよ」

「どういうことです?」


 瘴期は世界規模の現象だ。ロイもレーヌもそう教えられたし、ここまでの旅の間もずっと、ほぼ10日ごとに瘴期はやって来た。それとも、瘴期は全世界的な現象ではなく、地域的なものなのだろうか?


「ここにも、瘴期は来ます。と言いますか、来ているはずです。ですが、森の中にいる限り、瘴気の影響を受けないんです」

「それは、どうしてですか?」

 ロイは身を乗り出した。その理由が判れば、瘴期そのものを解決する糸口を掴めるかも知れない。

「古い話なので伝聞でしかないのですが、この森そのものが結界になっている、というより森の木々が結界を張っているそうです。ですので、森の獣たちも瘴気の影響を受けることなく、外から瘴気に()てられた獣が森に入って来ても、村に来るまでの間に正気に戻ります。そもそも、村まで来る前に森を出てしまいますし」


 ロイはレーヌを見た。レーヌは軽く首を振った。森に入る前も入ってからも、起きている間は魔力を広げていたが、結界が張られていることには気付かなかった。

 確かに、自分のものではない魔力が広がっていることを感じてはいたのだが、植物も魔力を持っているから、気にしてもいなかった。


「あの、森の木を調べても構いませんか?」

 レーヌは女に聞いた。

「別にわたくしたちの持ち物というわけでもありませんし、構いませんよ」

 女は柔らかい笑顔で快諾してくれた。



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テック=100テナー


1テック≒ 1キロメートル

1テナー≒10メートル の感覚です。


時間の単位:

1ミック≒1時間 の感覚です。

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