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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
20/54

1-020 未来のない村

 ロイの見つけた櫓らしきものは、櫓そのものだった。櫓の周りには何戸かの小屋があり、全体が粗末な柵で囲まれている。畑も柵の内側にあって、小屋は(まば)らだ。

「また随分と寂しい感じの村ね」

 村の柵から5テナー(50メートル)ほど手前で、レーヌが言った。

「そうだな」

 ロイも首肯した。


 2人の暮らしていた村も、石壁の村も、人々は沈んでいて暗い雰囲気を醸し出していたが、今目の前にある村は、それに輪を掛けて寂れた雰囲気を醸し出している。まるで、村そのものが意気消沈しているかのように。

「なんだか……廃村みたい」

 レーヌが思ったのは、旅に出てから最初に見た廃村だった。この村は、人の姿は見えるのに、どこかあの廃村を思い起こさせる。住民ではなく、村そのものが滅び行く未来を受け入れているかのようだ。


 周りに注意を払いつつ、2人は柵の一角に設けられた門を開けて村に入った。

「なんだい? あんたらは」

 2人を見つけた男が誰何した。

「旅をしている者です。何日か滞在したいのですが、泊めていただける場所はありますか?」

 ロイが答えると、男は胡乱そうに2人を見た。


「……あんたら、食い(もん)はあるかい?」

「はい? はい、ありますが」

 ロイは首を傾げながらも答えた。

「ならいい。ここには、他人に分ける食い(もん)はないからな。ついて来い」

 男は、2人に背を向けて歩き出した。ロイとレーヌは一瞬顔を見交わせてから、男について行った。


 村、柵の内側は、面積のほとんどが畑で、家は10戸程度しかない。どれも、家と言うより小屋としか言えないような大きさだ。村の規模に見合うように、村人も少ない。人口は20人程度だろう。

 歩きながらロイは、村人たちの妙にねっとりする視線を感じた。視界の中では、これと言って興味のなさそうな顔しか見えないのだが、視界の外から見られている、気がする。


「ここを使ってくれ」

 男は村の端にある、他の小屋からは少し離れている小屋に2人を案内すると、すぐにどこかへ去って行った。その姿を追うようにロイとレーヌが何気無い仕草で村へと目を向けると、感じていた視線がさっと逸らされた。

 ロイは何も言わずに小屋に向き直り、ガタつく扉を開け、中に入った。レーヌも続く。


「……なんか見られてるよね」

 扉を閉め、薄暗くなった小屋の中に魔術で光を灯して、レーヌが言った。

「気付いてたか」

 ロイは小屋の壁に寄り、隙間から外を見た。2人のいる小屋を見ている者はいないが、確かな視線を感じる。

「あれだけあからさまだとね。誰がってことまでは判らないけど。どうする?」

「一応、情報収集はして、明日には()とう。食糧調達は無理そうだけど」

「そうだね。水くらいはもらえるかな? そっちはわたしが聞いてくる」


 荷物を置いた2人は、選り分けた獣の皮や燻製肉を持って、小屋の外に出た。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



「ここには、結界士はいないんだとさ」

 夕食を摂りながら、ロイは集めて来た情報をレーヌに話した。

「それじゃ、瘴期はどうしてるの?」

「村に地下室があって、瘴期にはそこに籠もってやり過ごすんだってさ。地下室の壁が結界になっているらしい」

「魔力も通さずに常時展開されてるってこと?」

「そうらしいよ」

「ふうん。どうやってるんだろ。昔の結界士が遺したのかな」

「かもな。そっちは?」


「うん。食糧はやっぱり分けてもらえないって。でも、水はもらえたよ。ただね……」

 レーヌは口籠もった。

「気になることでもあったか?」

 そう聞きつつも、あのことだろうな、とロイは見当をつけている。

「お礼に皮や肉をどうぞって言ったんだけど、受け取らなんだよね。食糧のことを気にしている割に」

「だよな。オレの方も、情報料を渡そうと思ったんだけど、受け取ってもらえなかったよ」

「うん。それにね」

 レーヌはロイの言葉に頷いてから、声を顰めて続けた。


「子供を1人も見ないのよ」

「ああ、確かに。でも、人が少ないから、そんなもんじゃないのか?」

「最年少がわたしたちくらいだったら、そう思うよ。けど、見た感じ一番若くても25歳くらいだよ? それで子供が1人もいないって、不自然だと思う」

「そう言われてみると、変だな。子供を産まないと先細りだもんな。もう諦めてるのな」

「諦めてるって?」

「未来を。諦めてるで悪けりゃ、世界の終末を受け入れてる」

「うーん、それならわたしたちの村の大人たちみたいに、無気力になるだけじゃないかなぁ」

「……考えても解らないな。とにかく、明日は夜が明けたら出よう。朝飯も、ここを離れてからどこかで摂ればいいよな」

「うん。そうだね」


 そう決めると、2人は早々に眠りに就いた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 不審な気配を感じたロイは、パッと目を開き、身体を起こした。隣で眠っていたレーヌも身体を起こす。

「この臭い……火か」

 暗闇の中、ロイが眉をしかめる。

「うん……それに燃えてるのって多分……」

 レーヌが暗い光を灯した。小屋の四方の壁の隙間から、白い煙が入って来ている。そのうち、小屋そのものが燃え始めるだろう。


「レーヌ、すぐに出発の支度だ。脱出するぞ」

 ロイがそう言った時には、レーヌは身支度を始めていた。元々、夜明けと共に出立するつもりだったので、旅装のまま、荷物もまとめたままなのですぐに終わる。

「どうする? 村から離れた場所にも飛べるけど」

「……いや、万一追われても面倒だ。村人たちは?」

「この小屋を囲んでいるよ。21人、全部。棒とか農具で武装してる」

「なら、奴らの後ろに出よう。で、ちょっと脅して、さっさと出よう」

「判った。じゃ、手を」


 ロイの差し出した手をレーヌが握り、ロイの身体の中に自分の魔力を満たす。それを終えた次の瞬間には、2人は小屋の外にいた。

 目の前には、燃え盛る小屋と、それを囲む人間の姿が見える。松明と棒状の物を持っているが、何人かは松明を手にしていない。小屋に火を点けるのに使ったと見える。

 ロイは、村人たちの30テール(3メートル)ほど後ろに立った。


「ここでは、客人にこういうもてなしをするのが普通なんですかね」

 突然、後ろからかけられた声に、村人たちが一斉に振り向く。

「な、お前ら、どうやって……」

「あんたらの動きが怪しかったからな。眠ったと見せて予め抜け出してたんだよ」

 ロイはハッタリを効かせた。


「くそっ。久し振りの肉なのにっ」

 男が歯噛みする。

「肉? 肉が目的かよ。だったらなんで、やるって言った時に拒んだんだよっ」

 ロイが言い返す。まだ剣を抜いていないが、油断なく身構えている。

「ワシらが欲しいのは新鮮な肉じゃっ。いつ獲れたか知れない燻製などではないっ」

「若い子供の肉っ。肉を頂戴っ」

 周りから、他の村人たちが寄って来る。


「……こいつら、オレたちを喰おうとしたのかよ……」

 ロイは呟くように言った。

「そうみたいね……。道理で、燻製肉を受け取らないわけよね。後で回収できるんだから」

 レーヌも囁くように言った。

 その間も、村人たちは2人との距離を詰めて来る。ロイとレーヌは動かない。


「……やっちまえっ」

 最初に答えた男が言うと同時に、間合いを詰めていた住民たちが一斉に2人に襲い掛かって来た。しかし、ここの住民たちはまともに剣の稽古などしていないらしく、ロイからすれば素人の集団にしか見えなかった。


 相手の懐に思い切りよく飛び込み、振り下ろされる手に肘を打ち込んで得物を落とさせ、さらに腹に膝を蹴り込んで身体を折ったところを、首の後ろに手刀を叩き込む。

 隣の男が振り下ろす鋤を、魔力で強化した剣を抜きざまに斬り払う。続けて男の腹を思い切り蹴りつけ、その身体を吹き飛ばす。

 続いて切りつけられる鎌を左手に持ち換えた剣で受け止め、右手に固めた拳を顔面に叩き込む。


 レーヌもロイと同時に動いていた。

 包丁を振り被る女を無視し、瞬間移動で棒を持った男の前に出現すると、拳に魔力を纏わせて、腹に喰らわせる。

 男が取り落とした棒を奪い取り、魔力で強化した上に魔力を纏わせ、襲い来る村人たちを1人、2人と薙ぎ払う。吹き飛ばされた村人たちは倒れたまま起き上がってこない。


 数年に渡って、エベルやランスといった剣士たちを相手に稽古を重ねてきたロイと、そのロイに遅れを取らないようにと鍛えてきたレーヌにとって、ここの村人たちは敵ではなかった。

「ぐっ、くそっ」

 およそ半数が戦闘不能になった時、残った村人たちは2人から距離を取って身構えた。


「まだやるか? これ以上やるなら、命の保証はできないが」

 ロイが警告した。今までのところ、倒れた村人は気絶しているだけで、致命傷すら負っていない。実力差は明白だった。

「き、きさまら、何が目的だっ」

「はぁ?」

 間の抜けた質問に、ロイは呆れた声を出した。


「オレたちを殺そうとしたのはアンタたちだろう。オレたちは無事にこの村を出たいだけだよ」

 ロイは剣で威嚇しながら声を張った。

「ぐっ……、なら、さっさと出て行けっ」

 2人には敵わないと悟ったのか、村人の1人が言った。

「で、でもっ」

「言うなっ。このまま逆らったら、こっちが全滅しちまう。それに……」

 文句を言いたそうな女に、男が何か囁いた。女は、倒れている村人の1人にさっと視線を向けてから、諦めたように頷いた。


「話はついたか? ついたよな」

「ああ。あんたら、さっさと出て行ってくれ。追ったりはしない」

「そうさせてもらうよ」

 ロイは剣を納めた。レーヌも棒を捨てる。しかし、2人とも警戒は解いていない。

「追って来たら、今度こそ命の保証はないからな。レーヌ、行こう」

「うん」




 ロイとレーヌは、周囲を警戒しながら、村を離れて夜の荒野へと歩き出した。

「……あの人たち、いつもあんなことしてるのかな」

 歩きながら、レーヌはポツリと言った。

「さあな。旅人なんてほとんどいないだろうから、滅多にやりゃしないだろうけど」

 ロイは吐き捨てるように答えた。

「村に子供がいなかったのって、もしかして……」

「言うなっ」

 言いかけたレーヌを、ロイは厳しい声で遮った。


「あいつらが今までどう生活してようと、これからどう生きようと、オレたちには関係ない。それより、村から離れたら朝まで休もう」

「うん、そうだね」

 2人の足は、自然と普段より速くなった。



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テナー=100テール


1テナー≒10メートル

1テール≒10センチメートル の感覚です。

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