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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
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1-002 剣士と魔術士

 瘴期がいつから始まったのか、正確な記録はない。数百年前とも、数千年前とも言われる。少なくとも、村の住民の誰もその始まりを知らない、これだけは確実だ。

 それをロイは、幼い頃、父から聞いた。


 話のきっかけは、大人たちの活力だった。いや、活力の無さだった。

『どうしてみんな、元気がないの?』

 幼いロイが父に聞いたように、村には快活な大人が少なかった。まったくいないわけではないが、村が全体的にどんよりした雰囲気を纏っていて、子供のロイの目には、“みんな、元気がない”ように見えた。


『それはな、この世界に未来がないからさ』

『みらいがないって、どういうこと?』

 父は、木工の仕事をしていた手を止めて、ロイにゆっくりと丁寧に話した。

 父の話によると、瘴期は世界の終わりが近づいていることの現れだと言う。それが事実かどうかは、実際のところ判らないものの、村にはそういう伝承が口伝てに残されている。

 それを証明するかのように世界では、畑は痩せて農作物の収穫量は落ち、井戸は涸れて少なくなり、野生動物も減っている。


『ここはまだ井戸が残っているから、我々は何とか生き残っていられる。いや、井戸があるから人が集まったんだな。それでも、食料が少ないから人はどんどん減って、今や百人程度しか残っていないが』

『どうして、なんとかしようとしないの?』

『どうにもならないんだよ』父は、雄弁な溜息を吐いて言ったものだ。『10日起きにやって来る瘴期の間、瘴気に()てられた動物から村を守り、それが過ぎたら荒らされた畑を耕し直したり、壊された柵の修理をしなければならない。そうこうしているうちに、また次の瘴期がくる。村でできるのは、それで精一杯だよ』


 ロイは父の説明で納得できたわけではなかったが、上手い反論もできなかった。瘴気が問題ならそれを防ぐ手立てを考えればいいじゃないか、とか、土地が痩せたなら瘴気に負けない肥料を考えればいいじゃないか、とか、そもそもの瘴期の原因を調べて元から断てばいいじゃないか、などと考えるようになったのは、もう少し成長してから後のことだ。


 ロイは、村の大人たちのように、すべてを諦めて滅びを迎えるまで惰性で生きるようなことはしたくなかった。父以外にも、村の大人たちに話を聞いて回り、過去に瘴気の防衛や地質改良に取り組んだ人がいたらしいことを知った。しかし、瘴期の根本原因を探ろうとした人はいないらしい。それなら、とロイはそれを目指すことを考えた。


 瘴期の原因は、少なくとも村の中にはない。ならば、村の外に1人で出て行ける力を付けなければならない。瘴気に()てられた獣の群に1人で対抗できるほどの力を。

 ロイはその力として、剣を選んだ。魔術という選択肢もあったが、ロイの魔力はそれほど多くないことを、村で最強の魔術士であるソーサに聞いたから。


 魔術には見向きもせず、ロイは毎日、剣の稽古に打ち込んだ。13歳を前にして、ロイの剣の腕は村でも5本の指に入るほどになっていた。しかし、14歳になっていないことと、ペアを組む魔術士がいないことの2つを理由に、瘴期の獣の駆除には参加させてもらえなかった。仕方なく、村に入り込んだ獣の排除に割り込んだが、それも本来の戦士たちに先を越されることが多かった。


 オレは瘴気に()てられたりしないっ。そう強く言っても、誰にも耳を貸してもらえなかった。オレなら、大丈夫なのにっ。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 レーヌが物心ついた頃、彼女の傍にはいつもロイがいた。単に、村に同年代の子供がほかにいなかったからだが。

 やがて、ロイはレーヌの相手をせずに剣の稽古に打ち込むようになった。レーヌが話しかけても邪険に扱われるようになり、それからレーヌは1人でいることが多くなった。


 幼少の頃から他人の魔力の動きを敏感に感じ取っていたレーヌは、村人たちが魔術を行使するところを見て、感じて、自分でも自然と使うようになっていた。

 誰でも、魔術を使う。例えば、食事の支度をするのに薪に火を点けたり、暗い中で作業する時にほかの人に明かりを灯してもらうように。しかし、魔術で戦闘までこなせる者は、そう多くない。


 レーヌは人々が魔術を行使する時の魔力の動きをじっと観察し、それを真似している間に、自分の身体を動かすように自然と魔力を操作する術を身に付けた。結界──物理障壁や魔力障壁──も、魔術士たちが瘴期に備えて練習している様を見ているうちに、自然と修得した。

 さらには、念話、瞬間移動、肉体強化、武具強化、治癒などの使い方も、ほかの魔術士から貪欲に吸収した。12歳を前にして、レーヌは村の誰よりも器用に魔術を使えるようになっていた。“誰よりも強力”とまではいかなかったが。


 レーヌはそれを、誰よりもまず、幼馴染のロイに話して褒めて欲しかった。そうすればまた、以前のように、一緒に遊べる関係に戻れるかも知れない。しかしロイは、自分が強くなることだけに拘り、レーヌの話に耳を傾けなかった。

 結果、レーヌは自分の魔術の腕を誰にも話すことなく、ロイと前のように気の置けない仲に戻れることを信じて、ひたすら魔術の向上に邁進した。ロイが剣の腕を磨くなら、自分は魔術で1番になるんだ、と。


 いつしか、レーヌの魔術は、村1番の魔術士ソーサに次ぐほどの腕前になっていたが、それに気付いているのは数人の魔術士だけだった。レーヌ自身、自分の魔術の力量を過小評価していた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 ロイが瘴期の獣駆除に参加を許されたのは、1番の理由はいくら言っても彼が聞かなかったからだ。このままでは、そう遠くない内に勝手に瘴期の村の外へと出てしまうかも知れない。それよりは、駆除に正式に参加させてしまおう、と言うことになった。

 もう1つ、人数の問題もある。人口100人少々の狭い村とはいえ、僅か30数人の剣士と魔術士での防衛は、かなりの負担になった。何しろ、瘴期はいつも10ミック(12時間)ほども続くから、交代で対処する必要があるし、しかも剣士と魔術士を組み合わせる必要もあるから、1組の担当範囲はかなり広くなる。そのため、剣士も魔術士も、1人でも多く欲しかった。


 しかし、結界も満足に張れないロイを、1人で瘴気の中に出すわけにもいかない。1人で駆除をしているソーサと組ませることも考えられたが、そこに手を上げたのがレーヌだった。

 この時、ロイは13歳になったばかりで、レーヌは1つ下の12歳。当然、反対する声もあったが、ソーサがレーヌの魔術の力量を保証したことで認められた。

 ただ、それを不満に思う者もいた。ロイだ。散々幼いからと獣の駆除に参加させてもらえなかったのに、自分より歳下のレーヌが簡単に参加できる事になったのが、気に喰わなかったのだ。しかし、結界を張れるパートナーがいなければ駆除には参加させられない、とエベルに言われ、仕方なく受け入れたに過ぎない。


「俺の足を引っ張るなよな。俺は1人だって平気なんだから」

 ロイはレーヌに言ったものだ。

「うん、頑張る。あと、ロイも魔術の練習、しようよ。わたしが教えるから」

「魔術なんてオレにはいらねーよっ。オレは剣だけでやれるっ」

 ロイは、レーヌのその言葉を受け入れなかった。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 ロイとレーヌは、瘴期に村を襲う獣の駆除において、目覚ましい活躍を見せた。ロイの剣は、どんな獣も一刀の下に切り捨てた。レーヌは自分とロイを結界で包み、瘴気の影響から完璧に守り抜いたばかりではなく、襲って来る獣の一部を電撃で行動不能にした。

 剣士や魔術士たちも、2人の実力を認めたが、実のところ、2人の実力を正確に把握していたのはレーヌただ1人だった。だからこそ、レーヌはロイに魔術を教えようとしたのだが、ロイはまったく耳を貸さなかった。


「だいたい、お前はなんで動物にとどめを刺さないんだよっ」

「だって……お肉ならみんなが倒した分で十分だもん。無駄に殺す必要はないじゃない」

「そんなこと言って、目覚めたらまた襲われるだろうがよっ。きっちり殺せないなら、戦闘はオレに任せろよなっ」

 レーヌは、そう言うロイを悲しそうな瞳で見つめることしかできなかった。


(前は一緒に遊んでいたのに……もうあの頃には戻れないのかな……)

 レーヌは悲しく思ったが、諦めなかった。

 剣の扱いが上手かろうと、ロイには他の剣士に劣っている部分がある。それでも彼が獣の駆除で戦えていたのは、(ひとえ)にレーヌのサポートがあったからだ。彼女もその欠点を知っているからこそ、ロイに魔術を教えようとし、そして駆除の時にはロイに代わって魔術を行使した。

(駆除メンバーから外されたら、ロイは悲しむだろうし。どうすれば魔術を覚えてくれるかな)

 悩みを抱えつつ、瘴期のたびにレーヌはロイと共に村を守った。



■作中に出てきた単位の解説■


時間の単位:

1日=20ミック


1ミック≒1時間 の感覚です。


日本と単位が違うので、例えば10ミックと言っても感覚として10時間の場合と12時間(=半日)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。

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