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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
19/54

1-019 あてのない旅路

 ロイとレーヌは、石壁に守られた村で3日間を情報収集や旅の準備に費やした。

 ここでも、瘴期は南西方面からやって来ることは知られていた。2人の暮らしていた村と同様、村から南西に離れた場所で小動物を飼い、その様子を観察して瘴期の到来を察知している。


 交流のある村は、東と南にあるらしく、南西方面は荒野がどこまでも続いているだけのようだ。地図も見せてもらったが、目立つものと言えば、2人が水の補給をしたかつては大河だっただろう川だけ。

 ロイは、その地図を牛皮紙に写させてもらった。川以外の目標物は、目的とする方向の逆なので、あまり意味はないだろうが、何も無いよりマシだろう。


 また、ロイは、この村で数頭の馬が飼育されていることを知り、一頭を譲ってもらえないかと交渉した。村としては譲ることは吝かではなかったものの、水や食料を人間の10倍は必要とする、と聞いて、ロイは馬の入手を断念した。さすがに、それほど大量の水や飼葉を持ち運ぶことは、馬がいても難しい。

 しかし、何かの役に立つかと、馬の乗り方だけは教えてもらった。


 しばらく村がなさそうなので、レーヌは日保ちする根菜などを分けてもらった。村人たちは「助けてもらったのだから」と対価なしにレーヌにそれらを渡そうとしたが、半ば無理矢理、獣の皮やオオトカゲの鱗を受け取らせた。トビオオトカゲを仕留めたことについては、瘴期や地図などの情報をもらったことで貸し借りなしだと、レーヌは思っていた。


 その合間には、トビオオトカゲを倒した魔術について、村の魔術士たちから尋ねられた。レーヌは魔力で土を圧縮して槍状にしただけだと教えたのだが、魔術士たちはなかなかそれを実現できず、レーヌに何度も実演を願い出た。

「周りから均等に力を入れるだけです。注意すべきは『均等』ってところですね。力自体を同じにするのは魔力濃度を均一化するだけなので、それほど難しくはないですけど、それを全部別のベクトルの力に変えないといけないですから。練習あるのみです」


 レーヌは掌に乗せた拳大の土を細長く固めて見せたが、村の魔術士たちが真似ると土が崩れてしまう。力のベクトルがぶれているため、加わる力が結果的に均等にならず、力の弱い部分から崩れてしまっている。

「まず、魔力を精密に操作できるように鍛錬を積んでください」

 レーヌは、魔力操作の精度を上げることで、土槍も作れるようになる、と説いた。


 どうすれば操作精度を上げられるか、という質問に、レーヌは「わたしは、砂を板の上に撒いて、魔術だけで一粒ずつ選り分ける練習をしました」と答え、魔術士たちの目を白黒させた。

 魔力の操作精度を上げるなら、ロイに教えたロウソクを使う方法もあるが、その方法ではせいぜい10テリン(ミリメートル)単位の精度練習にしかならない。土を槍のように固めようとすると、0.1テリン(ミリメートル)以下の単位での操作精度が必要になる。


 ソーサを抜いて村一番の魔術士になることを目指していたレーヌが、魔力の操作精度を上げるために考えたのが、砂粒一つ一つを動かす方法だった。砂粒一つを力に変えた魔力で動かすだけの簡単な方法だが、魔力を精密に操作しないと数粒まとめて動かしてしまう。

 この村の魔術士たちも、レーヌに教えられた方法で鍛錬を始めたものの、かなり苦労しているようだ。レーヌは、最初は数粒動かしても気にせず、少しずつ数を減らしていくよう助言した。


 そうして必要な物を入手し、村人たちとの少しの交流を持った後、ロイとレーヌは村を後にした。村長(むらおさ)を始め、何人もの村人が、もうしばらく、せめて次の瘴期まででも、と引き留めたが、2人は、先を急ぐので、と断って旅を再開した。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 何もない荒野をひたすら歩くだけの旅が続いた。今度は、大まかな目標すらもない。ただひたすら、南西に向かって歩いて行く。

 何もないと言っても、灌木の繁みや林や森があり、その地下を探ると水脈があることが多かった。水は、地下水脈からレーヌが瞬間移動で入手した。


 食糧は、石壁の村で入手したものの他は、時々現れる小動物の肉だ。ロイが仕留めた動物を捌き、レーヌが消毒した後で、燻製にする。

 ほかに、果実を実らせている気があれば捥ぐこともあったが、それほど多くはない。森の中に入ればそういう木も多少はあるだろうが、今のところ、森は遠目に見るだけで、2人の進路を塞ぐ森は無かった。


 夜も変わらず、交代で眠り、1人は見張りに立つ。少し変えたのは、石壁で囲まれた村にあやかり、付近の土を掘り固めて、洞穴のような簡易的な小屋を作り、睡眠は奥で、見張りはその入口で行うようにしたことだ。


「これなら、わざわざ休みやすい場所を探す必要もないね。はぁ、なんでこんな簡単なこと、思いつかなかったんだろ」

 レーヌは作った小屋の前で、温めた燻製肉を手にぼやいた。

「仕方ないさ。必要に迫られないと、なかなか思いつかないもんだよ」

「そうかも知れないけど。もっと早く思いついてれば、野宿にちょうどいい場所があるからって早目に休憩にする必要もなかったし」


「急ぐ旅じゃないんだ。それくらい気にすることはないさ」

「そんなこと言って、この前の村を出る時は『先を急ぐから』って出てきたのに」

「そうでも言わないと、いつまでも引き留められそうだったろ? 次の瘴期まで、それを過ぎたらまた次の瘴期まで、1(ヶ月)、1年って、ずっと引き摺りそうだったし」

「確かにそんな雰囲気はあったね」

「だろ? 急いではなくても、いつまでも引き留められるわけにはいかないからな」

「わたしたち、住む場所を探してるわけじゃないもんね」

「そういうこと」


 日が暮れると足を止め、日が昇ると歩みを再開する。獣を見つければ狩り、水脈を見つけると水を補給する。

 瘴期には結界を張って瘴気の影響から心身を防ぎながら、襲って来る獣を剣と魔術で仕留める。

 歩いている間は遠方にも目を凝らし、村がないか、村でなくとも人工物が見えないか、気を配る。


 代わり映えのない日々が続いた。昼は村の影がないか注意を払い、夜は交代で獣の襲撃がないか気を張る。

 たった2人だけの当てのない旅路は、心を荒ませるに十分な状況だった。


 しかしロイは、『瘴期の原因を突き止める』という信念で、自分の心を強く律した。また、一時期レーヌに対して素っ気ない態度をとっていた罪悪感から、同じことを繰り返すまい、と強く心に刻んでいたことも関係しているかも知れない。

 レーヌはと言えば、しばらくの間自分に邪険な態度を取っていたロイが、幼い頃のように優しく接してくれることが単純に嬉しかった。その喜びが大きく、目的地も判らない、いつ終わるとも知れない旅を、文句の1つも言うことなく続けられた。


 2人はひたすら歩いた。何もない荒野を、南西に向かって。先に瘴期の原因があると信じて。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 それを見つけたのはロイだった。レーヌは周囲に魔力を広げて近距離の警戒を主に行なっているので、遠方の変化に先に気付くのは、ロイのことが多い。

「あれ、櫓かな?」

 ロイが指差す方向に目を向けたレーヌは、彼が何を示しているのかじっと確認した。

「そんなふうに見えるね」

 目を凝らすと、地面から突き出している家のようなものが見える。ほかに建物は見えないので、あれが村に作られた櫓だとすると、距離は4テック(キロメートル)前後はあるだろう。方角は、現在の場所から西南西の方向だ。


「あっちに行ってみる? よね」

「もちろん。行くぞ」

「うん」

 石壁の村を出てから21日目。次の村らしき場所を目指して2人は方向を変えた。



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テック≒ 1キロメートル

1テリン≒ 1ミリメートル の感覚です。


時間の単位:

1  季≒1ヶ月

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