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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
15/54

1-015 対オオトカゲ戦と、その後

 オオトカゲに向かって真っ直ぐに駆けて行くロイ。巨体を持つオオトカゲに対し、あまりにも無策に見えるその突撃に、オオトカゲは口を開くことで応えた。

(炎が来るっ)

 レーヌがそう思った瞬間、オオトカゲの口の先から炎が吹き出す。ロイは、レーヌの警告を受けるでもなく、炎を逆に隠れ蓑にして横っ跳びに避け、さらに踏み込んで残る距離を一気に縮め、オオトカゲの右脚を剣で斬りつける。


 ガキンッ。


 およそ生物に剣を当てたとは思えない音をたてて、ロイの斬撃はオオトカゲの全身を覆う鱗に弾かれた。

(硬っ。こんなの剣で、どう倒すんだよっ)

 ロイは頭の中で悪態を吐きつつ、2歩、3歩と下がって距離を取る。下がったロイの眼前を、巨大な太い尾が勢い良く横切った。吹き飛ばされそうな風圧を受けつつも、踏み止まったロイは、足に力を込めて跳び上がる。


 レーヌは少し離れた場所で戦闘域をほの明るく照らしつつ、動き回るロイに結界を張っている。同時に、視覚だけでなく探索用に広げている魔力も使って、ロイとオオトカゲの戦闘を観察する。

(やっぱり体内から炎を吐いているわけじゃなくて、吐き出した魔力を炎に変えてる……魔力の使い方は拙いけど、鱗を魔力で強化してるみたいだし、攻撃に魔術を使わない剣士には、きつい相手だよね。ロイは大丈夫かな)


 ロイはと言えば、魔力を武具だけでなく足にも集中させて力に変えることで、瞬発力・跳躍力を上げていた。ロイが魔力をそんな風に使うのは、レーヌが見てきた限りでは初めてだ。

(でも、鱗に攻撃が通らないと、どうしようもないよね。エベルならぶった斬りそうだけど。ロイはどうするかな)

 ロイは瞬発力でオオトカゲの攻撃を躱し、オオトカゲは極端な防御力でロイの攻撃を寄せ付けない。スタミナが切れる前に攻略しないと、ロイに勝ち目はないだろう、とレーヌは分析する。


 跳び上がったロイはオオトカゲの背中に乗り、剣を両手で逆手に持って思い切り突き立てる。しかし。


 ギンッ。


「くっ。これで駄目かよっ」

 かつて、魔力で強化されたランスの革の防具を素で突き破ったロイが、剣を強化しているにも関わらずオオトカゲの強化された鱗には傷一つつけられない。

 ならばと鱗の隙間に剣を突き立てる。今度は剣先が刺さったが、ほんの10テリン(1センチメートル)ほど。これでは、大したダメージにならないだろう。

 それでも、少なくてもダメージを蓄積できるなら、とロイは鱗と鱗の隙間を狙って2回、3回と斬りつける。


「グギャアアアアアアッ」

 オオトカゲは背中で羽虫のようなチマチマとした攻撃に苛立ったのか、身体を持ち上げて後肢2本で立ち上がった。ロイはそれ以上の攻撃を諦め、オオトカゲに振り落とされる前にその背中から跳び退き、さらに後方に跳んで少し距離を取る。

 苛立ったオオトカゲが振り返りきるのを待たずに、ロイは再び前に出る。

 オオトカゲはロイに振り向くと同時に、持ち上げた身体を倒しながら、再び炎を吐く。


 そこでロイは、レーヌが思っても見なかった行動に出た。武具だけでなく身につけている服全部、そしてロイの身体自体も魔力で強化し、炎に跳び込むように前方やや斜め上に向けて跳躍した。

「ロイっ」

 レーヌは一瞬、オオトカゲの炎を相殺しようと魔術を発動しかけたが、ぐっと堪える。ロイはオオトカゲの攻撃を受けたのではなく、自らの攻撃のために向かって行ったのだから。


 跳躍したロイの眼前には、オオトカゲの右眼が迫る。タイミングを計って、眼球に剣を突き立てる。眼球までは強化されていなかったのか、それとも元々防御力が弱くて強化しても大したことはなかったのか、ロイの剣は3分の1ほどが突き刺さった。

「ギャアアアアアアアアアッ」

 オオトカゲが痛みに頭を振り回す。その勢いも利用して、ロイはオオトカゲの顔を蹴って剣を引き抜きながら跳躍し、地面に立った。


「痛みを感じるってことは、無敵ってわけじゃないんだよな。なら、なんとかするっ」

 ロイは一度、右方向に跳び、すぐに立ち直ったオオトカゲのやや左前方から一気に相手に迫る。三度(みたび)の火炎の兆候を見て取ると同時に、ロイは左に跳躍し、オオトカゲの失った右眼の死角に入る。

 慌てたオオトカゲがロイに合わせて向きを変え、大口を開いた時、ロイは至近に辿り着いていた。


「くらえっ」

 右手に逆手に持った剣を、オオトカゲの口を目掛けて投げつける。狙いやあまたず、剣はオオトカゲの口の中に吸い込まれ、喉奥に突き刺さった。

「ギャイイイイイイイイイイイッ」

「これで最期だっ」

 オオトカゲが叫ぶのを無視して、ロイは剣の強化を解除、強化に使っていた魔力をオオトカゲの体内で炎に変えた。

「プギャアアアアアアアアアアッ」


 後ろに跳び退いて距離を取るロイの前でオオトカゲはのたうち回り、やがて地に伏してすべての動きを止めた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



「ロイっ、大丈夫っ!? 火傷はっ!?」

 決着がついたのを見計らって、レーヌはロイに駆け寄った。

「ああ、大丈夫、問題ない。かなり熱かったけどな。……ぐっ」

 ロイは、防具と身体にかけていた強化を解いた。と同時に片膝をつく。

「ロイっ。やっぱりどこかに火傷をっ? 見たとこ、なさそうだけど」

「ああ。それはない。でもなんか、身体中が軋むような感じがする。痛てっ」

 ロイは顔を顰めた。

「それは、反作用かな」

「反作用?」

 ロイは痛みを堪えつつ、レーヌの言葉に首を傾げた。


「多分だけど。ロイ、自分の身体を防具みたいに強化したでしょ?」

「ああ。そうしないと死にそうだったし」

「でもその後も、ずっと強化したままだったでしょ。

 えっと、人間の身体も原素(分子)でできてるから武具と同じ要領で強化はできるけど、強化を解いた途端に原素結合力(分子間力)が弱くなって、って言うか原素結合力(分子間力)自体は変わらないんだけど原素(分子)を結合する力が弱くなって、生物の場合、身体が崩れかけるのよ」

「は? なんで?」


「詳しい説明は後。そろそろ夜も明けるだろうし、瘴期も過ぎた頃だけど、取り敢えず、さっきの岩陰に戻ろう。動ける?」

「動けなくはないけど、身体中が痛くて……」

「なら、瞬間移動するよ」

「あ、ちょっと待った」

 ロイは、手を握るレーヌを制した。

「何? 瘴期が終わっても、血の臭いを嗅ぎつけた猛獣が来るかも知れないし、守りやすい場所がいいんだけど」

 言葉は焦っているように聞こえるが、レーヌの態度は落ち着いている。今も魔力を広げて警戒を解いていないから、獣が近付けばすぐに判る。


「オレの剣、オオトカゲの身体の中から取ってくれないか? 瞬間移動を使えば取れるだろう?」

「もう。後のことも考えて戦ってよね」

 そう言いつつも、レーヌはオオトカゲの体内から取り出して目の前に出現した剣をロイに手渡し、続いてロイの身体を元の岩陰に瞬間移動させた。そうしておいてから、レーヌは岩陰に向かって歩き出した。浮かせた鳥籠を引き連れるように。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



「それで、さっきの話だけど、オレの身体、大丈夫、なんだよな?」

 のたうち回るほどではないが、動くのも嫌になる痛みに漏れそうな声を抑えつつ、ロイは聞いた。

「大丈夫。あのまま、そうだなぁ、丸1日くらいずっと強化してから解除したら、危なかったかも知れないけど」

「……ほんとかよ」

 ロイは我知らず、身を震わせた。


「1日って時間は適当だけど、でも本当。習ったことが間違ってなければ」

「マジか……。それでなんで? もしかして剣や防具も、強化するたびに弱くなってるとか?」

「それは大丈夫。

 えっとね、簡単に説明すると、生物も原素(分子)が集まってできているんだけど、非生物と違って細胞っていうものになるの。その細胞が集まって生物になる。どうしてそうなのかは聞かないでよ。そこまではわたしも解んないし。そういうものだと思って。ここまではいい?」

「うん」

 ロイは痛みに顔を顰めつつも、相槌を打った。


原素(分子)原素(分子)は、前に言ったように原素結合力(分子間力)でくっついているんだけど、細胞と細胞はそれとは違った力、細胞間結合力(接着結合)って呼ばれる力でくっついているんだって。

 それで、魔力で生体を強化すると、細胞と細胞の結び付きも強くなるの。だから身体も強化できるんだけど。でもね、魔力による結合力の強化はあくまでも原素(分子)に対して作用するからか、使い続けると細胞間結合力(接着結合)がどんどん弱くなるらしいよ」

「らしいって、そう習ったんじゃないのか?」

 ロイが聞いた。


「うん、だけど授業でも『と言われている』だったんだよね。研究の途上で瘴期が来るようになって途絶えたらしいよ。もしかしたら、昔は知られていたのが、瘴期で伝承が途切れたのかも知れないけど。

 だから、肉体を強化すると細胞間結合力(接着結合)が戻るまで、身体が引き千切られるような痛みがあるらしいよ。ロイがそこまで酷くないのは、強化の時間が短かったからね。

 あと、何度も肉体を強化することで、細胞間結合力(接着結合)の弱体化が弱まるらしいよ。昔は村にも肉体を強化して戦う剣士がいたんだって。

 わたしが知ってるのはこれだけ」


「なるほど。……でもそれだと、防具も強化した後、弱くならないか? これって動物の皮から作られてるだろう?」

 ロイは籠手当てを着けた左腕を出して言い、その動きによる痛みで顔を顰めた。

「それも研究途上だったか失われたかした知識らしいよ。生物が死ぬと細胞も死んでただの原素(分子)の集まりになるからじゃないか、ってソーサは言ってた」

「なるほど。って、応用魔術の授業ってソーサだったのかよ」

「そうだよ。それも知らなかったの?」

 レーヌは呆れたように言った。


「全然。結界士の誰かかと思ってた。……話は変わるけど、さっきのオレの戦闘、合格かな?」

「わたしは剣士じゃないからちゃんとは判んないけど、1対1の戦闘としては合格なんじゃない? ちゃんと倒したし」

「そっか」

 レーヌに認められたことが嬉しくて、ロイの表情が緩む。慌てて、そんな思いを見透かされるのはごめんだとばかりに顔を引き締め、痛みに呻く。

 しかし、レーヌはなんでもないように続けた。


「でも、あれを集団の中の1匹相手とか連戦の初戦を想定してたのなら、駄目駄目ね。わたしに回収してもらうことを想定して武器を手放したり、無茶して身体を傷めたりしたんだから」

「う……頑張るよ」

 ロイは今度は、容赦ない批判に、項垂れた。

「だけど、あんな大物を相手にしたのは初めてなんだし、やっぱり合格だと思うよ。肉体強化の反作用以外では無傷で倒したんだもん」

「そ、そっか。ありがとう。自惚れないように、今後も精進するよ」

 上げて下げて、また上げられたロイは、神妙に答えた。



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テリン≒1ミリメートル の感覚です。



■魔力による身体(肉体)強化■


 長時間身体強化しても、命が危ないなんてことは、実はありません。慣れていないのに強化を長時間続けていると、苦痛と疲労と倦怠感で数日間身動きが取れなくなったりはしますが。

 レーヌも言っている通り、途上で研究が途絶えたか、あるいは後世(作中の時代)に伝わらなかったものと思われます。

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