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黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
13/54

1-013 次の村を目指して

 ロイとレーヌは、廃村で水を補給し一晩泊まってから、旅を再開することにした。出発までの時間は、村の中に残った白骨を集めて埋葬することに当てた。

 水は、井戸を掘り直す手間をかけずにレーヌが瞬間移動で地下水を汲んだ。“汲む”と言えるかどうかは疑問だが。

 また、村の周りの畑だったであろう場所を掘り返し、食べられそうな根菜を集めた。大した数は採れなかったが、多少は食糧の足しになる。


 とりあえずの作業を終えると、壊れた桶を直して水を汲み、ロイは下着だけになって絞った手拭いで身体を拭いた。

「レーヌはいいのか? さっぱりするぞ。恥ずかしければ、オレはその辺に隠れてるけど」

「わたしは大丈夫」

 レーヌは、瘴気感知器代わりの小鳥に水を与えながら答えた。


「そうか? ……そう言えばレーヌ、(にお)いがオレよりずっと弱いよな。まだ5日だから、そんなに汚れてないとは思うけど」

 ロイは、自分の腕と、屈んでいるレーヌの頭をクンクンと嗅いで言った。

「もう、ロイ、女の子にそんなことしないの。デリカシーないんだから」

「わ、悪い……」

 ロイは慌てて顔を背けた。


 頬をちょっと膨らせたレーヌは、しかしすぐに笑顔に戻った。

「いくら5日しか経ってなくても、ずっと荒野を歩いて来たんだから、何もしなければそれなりに体臭も強くなるよ」

「じゃ、何で旅に出てからそんなに変わらないんだ?」

 ロイは首を傾げた。

「毎日、身体を浄化してるからね。夜の見張りの時に、服も消毒して埃を払ってるし」

「浄化? 消毒? なんだそれ?」

「えっとね、浄化は、魔術で体表面の汚れとか老廃物とかを排除するの。身体の表面、皮膚に魔力で結界を張って外に押し出す感じ。消毒は、服に付いた汚れなんかを落とす……のとはちょっと違うけど、そんな感じかな」

 首を傾げるロイに、レーヌは説明した。


「そんな魔力の使い方があるのか。村にいた時も聞いたことないんだけど」

「村では他の人は使ってなかったもんね。浄化は“結界”って言ったけど、単なる結界じゃなくて、物理障壁と物質感知を組み合わせたような感じかな」

「他に使ってる人がいないのに、どうやって覚えたんだよ」

「んー、何となく? 毎日、水やお湯で絞った手拭いで身体を拭いてたけど、それだけだと完全には綺麗になった気がしなくて。魔術でなんとかできないかな、って色々試してたら、できるようになったよ」


 ロイはまじまじとレーヌを見た。

「どうしたの? 変なものでも見るような目で」

「……いや。レーヌが凄いことは魔術を習い始めてから良く解っていたつもりだったんだけど、それ以上に凄かったんだなと、改めて思っていたところだよ」

「わたしなんてそんな凄くないよ。ソーサみたいな、ううん、ソーサを超える魔術士になりたいな、とは思ってるけど」

「レーヌならなれるだろ」

 そう答えつつ、もうすでにソーサ以上なんじゃないか?、とロイは思った。


「それじゃ今日は、なるべく壁の残っている家の中で寝るか」

「そうだね。最近は獣に襲われた形跡もないし。でも、見張りしなくて大丈夫かな? 視界が遮られちゃうけど」

「いらないだろ。一応、家の周りに警戒用の罠を仕掛けるつもりだし」

「そう? じゃ、今夜は見張りはいらないね」

「ああ」

「ここを出たら次はどっちに向かうの? 真っ直ぐ南西?」

「もうちょっと南かな。ちょっと待て」


 ロイは服を身に着けて、大切にしまってある牛皮紙の地図を取り出した。レーヌもそれを覗き込む。

「この前も見せたけど、ここが今いる村だ。で、ここがオレたちの住んでいた村」

 ロイは地図の上の2地点を指し示す。

「ほとんど南西に真っ直ぐだよね。わたしたち、だいたい真っ直ぐ南西に歩いて来たから、それなりに正確なのかな」

「ああ。それで、次の村がここだ。こっちはそれこそ100年近く没交渉で、完全に伝聞らしい」

「あるかどうかも怪しいってことだよね」


 地図が正しければ、その村はこの廃村から南南西よりも少し西方向、200テック(キロメートル)ほど離れている。

「ここまで4日半くらいかかったことを考えると……8日くらいかかるかな? 明日出発したら、途中で瘴期が来ちゃうね。次の瘴期までここに留まる?」

「いや、いてもやることはないし、予定通り明日出よう。いつかは旅の途上で瘴期を過ごすことにはなるんだから」

 レーヌの質問に、ロイは躊躇うことなく答えた。

「そうだね。明日出るとすると、3日目かな」

「それくらいだろうな。包囲されたらさすがに不味いし、その頃に適当な場所があったら、早い時間でも休むべきだろうな」


「それから水だよね。5日分しか持てないから、途中で補給しないと。地下の2.5テック(キロ)より浅いところに水脈があれば、取り出せるけど」

「水脈はそんなに深くないだろ。草木が生えていれば10テナー(100メートル)より上にはあるだろう」

「そうとも限らないよ。植物って生き延びようとする力がすごいから、水脈とも言えないほんの少しの地下水で生きてたりするから」

「そうなのか?」

「基礎教育で習ったよ?」

「そうだっけ? 結構忘れているからなぁ」


 ロイは頭を掻いた。

「それなら、ちょっと遠回りにはなるけど、最初は南西に進むか」

 ロイは、廃村から南西に向けて指でなぞり、蛇行している線に当たったところで止めた。

「この線って、川?」

「らしいよ。今もここを流れているかは判らないけどな」

「この距離ならここから2日くらいかな? それから川に沿って南方向に向かって、村に近付いたら離れるのね。いいんじゃないかな」


「じゃ、それで行こう。あと、ここに来るまでは襲って来たオオカミを退治しただけだけど、この先は少し積極的に獣を狩っていかないとな」

「そうだね。食べ物も調達しながら行かないとね」

「ああ。それじゃ夜に備えて、暗くなる前に罠を仕掛けておくか」

「うん」


 地図を描いた牛皮紙を大切にしまうと、2人は、一夜を明かすことになる家の周りに簡単な罠と鳴子を仕掛けた。その後で簡単な夕食を済ませると、村を出て初めて、二人揃って一晩中眠った。幸いにして、朝まで何も罠にかかることはなかった。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 翌日は陽の出とともに起き出し、前夜と代わり映えのない簡単な朝食を摂ると、すぐに廃村を後にした。予定通り、川を目指して南西へと向かう。

 それまでと同じように、1ミック(時間)に10ミール()程度の休憩を取りつつ、ひたすら歩く。


「そうだ。魔力を広げて探索しながら進む? その方が獣を見つけやすいし」

 途中でレーヌが提案した。

「え? できるならやってもらいたいけど……レーヌが疲れるんじゃないか?」

 ロイは歩みを止めずに聞いた。

「最大距離だと無理だけど、1テック(キロ)弱ならずっと広げてられるよ」

「そんなかよ。じゃ、頼めるか? さすがに視認じゃ、1テック(キロ)先の獣なんて、まず見つけられないからな」

「うん、解った」


 それからさらにしばらく歩いて、ロイがふと気付いたように言った。

「なあ、レーヌ、半径1テック(キロ)の結界も張れたりするのか?」

「え? うん、張れるよ」

「……なら、瘴期の間、ずっと結界を張ってれば……」

 瘴気の中にいなければ、瘴気に()てられた獣もやがては瘴気が抜けて正常に戻る。1テック(キロメートル)もあれば、ほとんどの獣は2人に辿り着く前に正常に戻るだろう。


 けれどレーヌは首を横に振った。

「あー、それは無理かな。魔力を広げてるだけなら大したことないんだけど、結界を張ってると集中力が落ちるから。瘴期って10ミック(時間)続くでしょ? その間結界を張り続けるなら、せいぜい30テール(3メートル)が限界かな。ごめんね」

 ロイの期待に応えられないことに、レーヌは謝罪した。


「あ、いや、オレの方こそ悪い。もしできるなら、って思っただけだから気にするな。だいたい、村の結界士だって瘴期の間ずっと結界を張っているのは無理だから、4人で交代しながらやってるんだろ。それをレーヌが1人でできるんなら、結界士連中の面目が立たないだろ」

 ロイは慌てて、先ほどの言葉を撤回する。

(それに、レーヌばかりに活躍されたら、オレの立つ瀬もないしな)

 口には出さずに、付け加える。


「うん、解った。でも、できるだけ結界を広げられるように練習するよ」

 レーヌは言ったが、ロイは首を横に振った。

「いや、それよりも魔力での探索範囲を広げてもらった方が助かるな」

「解った。頑張るね」

 レーヌは笑顔で言った。

「無理はするなよ」

 ロイも一言付け加えた。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 暗くなると適当な場所を見つけて野営し、陽が昇ると再び歩き出す。しかしその日は、急な雨に足留めされることになった。

 歩き出してからしばらくして雲行きが怪しくなり、レーヌが一時的に魔力をいっぱいまで伸ばして見つけた岩陰に避難したところでぽつぽつと降り出した雨は、すぐに土砂降りになった。


「そういや、瘴気って魔力でも感じられるないんだよな」

 雨を見ながらロイは、思い出したように言った。

「そうだね。誰かが感じられるようになったって話も聞いたことないし。だから瘴気の検知に小動物を使っているわけだし」

 瘴気に()てられても、すぐに暴走するわけではない。ある程度の時間がかかる。そして、身体の大きい獣ほど、体重の重い獣ほど、瘴気への抵抗力は強い。

 だから、小動物が凶暴化してから、すぐに村に籠もり結界を張れば、人は正気を保っていられるわけだ。


「レーヌにも判らないのか?」

「うん、全然。なんで?」

「いや……その、さ、オレが瘴気に呑まれた時、瘴気を抜いてくれたって聞いたから」

 ロイは自分のかつての失態を思い出しつつ、言いにくそうに言った。

「あ、それで。でも実際、判らないんだよね。瘴気を抜くって言っても、ロイの身体の中にわたしの魔力を入れて、それを結界にして外に向かって広げただけだから。

 だから、瘴気が抜けたかどうかって確認はできないのよね。結界は瘴気を通さないから、抜けてるはずってだけで」


「そうだったのか。でもそれじゃ、オレにはできないな」

「結界を張れることが前提だからね。でも、結界を張れるからって誰でもできるわけでもないんだよね。村でできるの、わたし以外ではソーサくらいかな? もしかするとマギーもできるかも」

「そうか。やっぱりレーヌは優秀なんだな」

「まだまだ半人前、ロイと合わせてやっと一人前だよ」

 レーヌは自嘲気味に言ったが、それが本心か謙遜しているのか、ロイには判断が付かなかった。


 雨は降り続いている。今夜はここで野営になりそうだ。



■作中に出てきた単位の解説■


距離の単位:

1テック=100テナー

1テナー=100テール


1テック≒ 1キロメートル

1テナー≒10メートル

1テール≒10センチメートル の感覚です。


時間の単位:

1日  =20ミック

1ミック=80ミール


1ミック≒1時間

1ミール≒1分 の感覚です。


日本と単位が違うので、例えば10ミックと言っても感覚として10時間の場合と12時間(=半日)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。

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