1-011 旅立ち
今回から、毎週火曜日17:00頃の投稿予定です。
獣の駆除に復帰してからも、ロイは魔術の訓練を続けていた。さらに、魔力の操作精度と武具強化に加えて、結界の張り方もレーヌに教えてもらった。……いや、教えてもらおうとした。
「えーと、魔力を広げて、その表面を膜に変える感じ、って言えばいいかな? 炎とか光とか熱とかに変えるのと同じイメージで、膜に変える感じ」
と言うレーヌの曖昧な説明で、ロイは結界を張ろうと試みるが、木剣を強化した時と違って上手くいかない。
「どうだ? できてるか?」
「駄目。全然」
尋ねるロイに、レーヌは首を振った。
「くっそ。もうちょっと具体的な説明はないのかよ」
「うーん、原素みたいな物があるわけじゃないからなぁ。上手く言えないよ。他の魔術士に聞いたら、もっと上手く説明してくれるかも」
「そうだな。獣の駆除に出ている魔術士なら、誰でも結界を張れるもんな」
「って言うより、結界を張れることが魔術士として認められる条件なんだよ」
「そうだったのか」
剣だけに注力してきたロイは、魔術士として認められる条件など、知らなかった。
「小さい頃から魔力と遊んでいると、割と簡単に結界を張れるようになるんだけど」
「魔力“と”遊ぶ?」
レーヌの表現に、ロイは首を傾げた。
「そう。うーん、これも上手く言えないなぁ。魔力を使って火を点けたりするんじゃなくて、魔力にお願いする、うーん、魔力を通してお願いする、って感じかなぁ」
レーヌ自身も頭では完全には理解していないらしく、ふわふわした説明になる。
「良く解らないな。でも、それができてなくても結界を張れるようにはなるんだろう?」
「それこそ解んない。わたしは小さい頃から魔力と遊んでたけど、他の魔術士がどうしてたか解らないもん」
「他人のことだからな、そんなもんか。まあいいや、とにかく聞いてきてみるよ」
「うん」
それからロイは、村の魔術士や結界士たちを訪ねて回ったものの、結界を張れるようにはなれなかった。ロイとしては、どうしても自力で結界を張りたい理由があったのだが、武具の強化と違い、1季が過ぎても2季を越えても、足掛かりすら掴めなかった。
(これは諦めるしかないかな……だけど……)
ロイは、なかなか思い切ることができなかった。
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「木の実を採って来ないか? レーヌがいれば2人でも問題ないだろ?」
「うん、いいよ」
ロイとレーヌが瘴期の獣駆除に復帰して4季が経った、ある日のこと。ロイは、レーヌを森へ誘った。2人は、村人に行先を告げて、村を出た。
「なぁ、レーヌ、ちょっといいか?」
森に入ってすぐ、ロイは言った。まだ木の実を探してすらいない。
「なあに?」
ロイの少し前を歩いていたレーヌは、歩みを止めてロイを振り返った。
実のところ、レーヌはロイの様子から、木の実の採集が目的ではなく何か話したいことがあるのだろう、と見当を付けていた。森に入ってすぐ、とまでは思っていなかったが。
「レーヌ、オレ、村を出ようと思う」
ロイは、以前から考えていたことを、口にした。そのために剣の腕を磨いて来たのだし、醜態を晒してからは、自分に足りないものを自覚して魔術にも力を入れて来た。村の人々からも色々と話を聞き、情報も集めた。今なら、村を出てもやっていける、と自信を持てる。1つのことを除いて。
「うん、解った。いつ行くの? わたしも準備があるから、今日とか明日とか言われたら困るんだけど」
「半季か1季先って考えてる。って、一緒に来てくれるのかっ!?」
レーヌの言葉にロイは普通に返事をして、それから目を剥いた。レーヌは涼しい顔をしている。
「ロイ1人じゃ、瘴気を防げないでしょ。だから、わたしもついてくよ」
「いや、だってお前……」
実のところ、そのつもりでレーヌに最初に打ち明けたのだが、予想と違う彼女の反応に、ロイの方が狼狽えた。
「どこに行くのかとか何しに行くのかとかいつ帰るのかとか聞かなくていいのかよ」
ロイは、自分がレーヌの立場だったら言いそうなことをまくし立てた。
「え? 『村を出る』ってことは、長い間、もしかしたらずっと、帰って来ないつもりなんでしょ? どこに行くのかは判らないけど、瘴期について知ることが目的かな。ロイが村のお年寄りに瘴期や瘴気のことを尋ねてたことは聞いてるよ。あ、それから少し前に鳥の卵を獲って来て、孵して育ててるんでしょ?」
レーヌは無邪気な笑顔で言った。
「なんで知ってんだよ……オレが村で聞き回ってたことはともかく、鳥のことまで」
「え。だってロイの家の近くを通る時に鳴き声が聞こえることあったし、それにロイのお母さんからも聞いたから」
「はぁ、そうかよ。隠してたわけじゃないけど、見せたことないから知ってるとは思わなかった」
ロイは肩を落としたが、軽く頭を振って気持ちを切り替えた。
「レーヌが言った通り、オレは瘴期の原因を突き止め、潰すために村を出るつもりだ。ただ、オレじゃ瘴期が来た時に瘴気から身を守れない。だから、レーヌには一緒に来てくれるよう、頼むつもりだった。
だけど、本当にいいのか? 何年も、下手すると一生、村に帰って来れなくなるんだぞ? 小父さんや小母さんにも二度と会えないかも知れない。それでも、ついて来てくれるのか?」
ロイは言った。彼はむしろレーヌが、ついて来てくれないどころか、ロイが旅立つことを止めるかと考えていた。
レーヌは頷いた。
「うん。せっかくまた、昔みたいにロイが話してくれるようになったんだもん、今離れることなんて考えてないよ。それに、このまま村でずっと暮らしてたら、わたしも無気力な大人になりそうな気がするし」
そう言うレーヌは、少し寂しそうだった。
「……悪かったよ。オレが大人気なかった。ごめん」
「あ、違うの、ロイにはもう謝ってもらったからそれでいいの。わたしが言いたいのは、ロイと一緒で、わたしも倦怠感に包まれて生きてくのは嫌だな、ってことだから」
以前の罪悪感から頭を下げるロイに、レーヌは慌てて、両手を前に出して振った。
「……じゃ、本当に、オレと一緒に村を出てくれるのか?」
「うん」
「村には帰れないかも知れないのに」
「うん」
「瘴期の原因なんて見つからずに、どこかで野垂れ死ぬことになるかも知れない」
「うん」
「……ありがとう」
「お礼なんていらないよ」
さっきとは別の意味で頭を下げたロイに、レーヌは朗らかに言った。
「わたしだってロイと同じ気持ちだって言ったでしょ」
「ああ、そうだったな」
「じゃ、それはそう言うことでいいね。細かいことは後で相談することにして、少しは木の実を集めよう」
「そうだな。その名目で出て来たんだから」
2人は、森の奥へと入って行った。
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ロイの両親もレーヌの両親も、自分の子供が村を出て行くことに、強く反対はしなかった。子供たちの覇気に気力の低下した彼らでは耐えられなかったのか、それともこんな日が来ることを察していたのか。少なくとも、2人を想っていないわけではないことは、本心から心配する様子から察せられた。
獣駆除のメンバーから外れることになるが、それも大きな反対はなかった。
「どうせ、本来なら2人はまだ駆除参加できないんだ。レーヌはまだ13で成人前、レーヌがいなければロイも結界からは出られないんだからな」
剣士たちのリーダー格のエベルは何の感慨もなさそうに、そう言った。
エベルの素っ気ない態度にロイは内心むくれたものの、村を出る障害になるよりはマシだと割り切った。しかし後日、村で最強と謳われる魔術士のソーサが、エベルの本心を話してくれた。
「これ言ったこと、エベルには内緒しておいてよ。
ああ見えてエベル、2人が出て行くことを、すごく心配しているのよ。2人の腕前は彼も知っているけれど、2人きりだと、瘴期の10ミックを交代無しで乗り切る必要があるでしょう? どこかの村に立ち寄れていればいいけれど、広い荒野で、森の只中で、遭遇するかも知れない。
2人の意思を尊重して反対はしなかったんだろうけど、彼は、村から出ることの危険を一番知っているからね。それだけ2人が心配なのよ」
「……エベルが、村から出ることの危険を一番知ってるって?」
レーヌと一緒にソーサの話を聞いていたロイは、疑問を口にした。
「昔のことだけどね、エベルも村を出たことがあるのよ。ほんの1旬程度だけど。その時に何があったのかは知らないけれど、その間に瘴期があったから、その時に何かあったんでしょうね。何があったかは話してくれないけれど」
「……」
一度自分のしたことだから、エベルは反対しなかったのかも知れない。真意はわからない。
「だから、あんまりエベルを悪く思わないでよ。それと、もう一度言うけど、私がこのことを2人に話したことは、くれぐれも内緒にね」
そう言って、ソーサは2人と別れた。
「……エベルが村の外に出ていたなんてな」
「そうだね。全然知らなかった。エベルに外のこと、聞いてみる?」
レーヌの言葉にロイは少し考えてから、首を振った。
「やめておこう。ソーサにもああ言われたし」
「そうだね。何があったかはソーサも知らないみたいだし、話したくないことなんだろうね」
それでも、エベルほどの人物でも1旬で村に戻らざるを得なかった、と言う話は、2人の気持ちを引き締めるには十分役に立った。
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それから2人は村を出る準備を続け、ロイがレーヌに計画を打ち明けてから1季後には、すべての用意が整った。
獣の駆除に出る時の服装に加えて革のマントを羽織り、数日分の水や食糧を持った2人は、村人たちの数人に見送られて村を後にした。
「どっちに行くの?」
「南西だ。瘴気の監視小屋の方向。前は村を囲むようにあったらしいけど、いつも南西の監視小屋の動物が最初に暴れるから、他の監視小屋は無くなったんだってさ」
「つまり、瘴期の原因は南西方向にあり、ってことね」
「ああ」
監視小屋と言っても、大した物ではない。小さく頑丈な檻に小動物が入れられているだけだ。瘴気は、身体の小さな動物ほどの早く蝕まれるから、小動物が暴れると、それを交代で観察している村人が板を叩いて知らせる。
瘴気は、人間には感じられないので、鍛冶屋に作ってもらった球形の檻に、ロイが飼っていた小鳥を入れて連れている。この小鳥が暴れたら、レーヌがすぐに結界を張る手筈だ。
「見つかるといいね。瘴期の原因」
「見つけるさ」
方角以外の手掛かりは何もない。しかしロイは、自信を込めて言い切った。
■作中に出てきた単位の解説■
時間の単位:
1年=8季
1季=6旬
1旬=8日
1日=20ミック
1季≒1ヶ月
1旬≒1週間
1ミック≒1時間 の感覚です。
日本と単位が違うので、例えば4季と言っても感覚として4ヶ月の場合と6ヶ月(=半年)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。




