表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の国 ~終焉を迎える世界の運命に抗う少年と少女の物語~  作者: 夢乃
第一部 終末の迫る世界に足掻く少年
10/54

1-010 復帰

 狩に出たロイとレーヌは、昼前に一度村に帰り、午後にもう一度狩に出てそれなりの数の獲物を仕留めた。

「1日で随分と狩れたね」

 ウシを曳きながら、レーヌが言った。暗くなりかけた道を、魔力で照らしている。

「運が良かっただけだよ。最初に小動物を見つけたことも、その後で肉食獣を上手くおびき寄せられたことも」


 それでも、二度目となる午後の狩猟では最初に比べて獲物をなかなか見つけられなかった。そのため、陽が沈む前に村に帰り付けなかったのだが。

「でもこれなら、実践は今日だけで十分だね」

「そういや、今日『から』狩に行く、って言っていたっけ。獲物が少なかったら毎日狩に行く計画だったのか?」

「うん、そうだよ」ロイの問に、レーヌは当たり前のように答えた。「1匹2匹を狩ったくらいじゃ、判定できないからね。何日かやってもらうつもりだったよ」


「そうだったのかよ。それでオレは、合格か?」

 なんでもないように聞いているが、ロイの口調には不安が滲んでいた。

「うん、合格だよ。剣も防具も、しっかり強化できてたよ。それに、倒した後は強化を解いて、次の時に改めて強化してたのもポイント高いね」

「そ、そうか?」

 ロイは、レーヌの手放しの褒め言葉に、大いに照れた。


「でも」ロイを嗜めるように、レーヌは言葉を続ける。「瘴期の獣の駆除に参加できるかは、まだ判らないよ。それを判断するのは、エベルだから。それに、それを許されたとしても、また魔術士の補助無しに飛び出したりしたら、今度こそ永久に、参加させてもらえなくなるからね」

「解ってるよ」

 ロイは笑みを消して、神妙に頷いた。


「そう言えば、レーヌは他人の魔力が判るんだよな」

 ロイが話を変えた。と言うよりも、ようやくその有用性に気付いた魔術に対する興味からの質問だ。

「うん、判るよ。あんまり薄いと無理だけど」

「それは、誰にでもできるようになるのか?」

「どうかな。魔術士でも、全員ができるわけじゃないし、魔術士じゃなくてもできる人もいるんじゃないかなぁ」


 魔術士の誰もができるわけではないことを、レーヌがいとも容易く行なっているという事実は、レーヌが魔術においては村でもかなり上位に位置していることを示している。実際、彼女自身あまり自覚していないが、レーヌの魔術士としての能力は、最強魔術士のソーサに次ぐほどだし、ある分野においてはソーサをも超えている。

 レーヌの言葉でロイは、自分に魔術を教えてくれていた幼馴染がそこまで強いと知って、その差を改めて実感した。成人前なのに、1人で森に行くことが許されるのも当然だ、と。


「もうすぐ村だね。解体屋のおじさんに渡して、早く帰ろ」

「ああ。だけどあのおっさん、まだ仕事してるのかな?」

「頼んであるから大丈夫。まだ陽が沈んだばっかりだし」

「そうか。じゃ、さっさと預けに行こう」

「うん」


 瘴気に()てられて初めてレーヌとの差を自覚し、それから半年に渡って魔術を教えてもらい、少しでも彼女に追いつこうと努力して来たロイだった。しかし、魔術を使えるようになればなるほど、彼女との差を痛感する。剣の腕は比べるべくもないが、それを差し引いてもレーヌの背中は遠い。

(小さい頃はオレの後ろをついてくるだけだったのに……いつからこんなに差がついたかな)

 通り抜けた村の門を閉めながら、ロイはいつか幼馴染の隣に立つことを心に誓った。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



「ロイ」

 翌日。案山子を相手に木剣を振るっていたロイに、静かな声が掛けられた。彼が手を止めて振り返ると、村で最強の魔術剣士、エベルがいた。

「はい」

 ロイは木剣を左手に下げ、緊張して返事をする。

「そう硬くなるな。ロイ、お前がどれほどのモノになったか、確かめてやる。実剣を持って来い」

 エベルは静かに言ったが、言葉には厳しさが籠もっている。

「解った。すぐ取ってくる」

 ロイはすぐに家へと走って行った。


「エベル、実剣で手合わせかよ」

 剣の訓練をしていたランスがエベルに歩み寄って聞いた。

「ああ。その方がロイも本気になれるだろう?」

「そうかも知れんがな。無茶はするなよ」

 エベルは黙ったまま頷いた。


 ロイはすぐに戻って来た。防具も着けている。

「完全装備か」

 エベルが何の感慨も籠もっていない声で言った。

「オレが獣の駆除に出られることを示すためだからな。同じ装備でやるよ」

「そうか。それなら始めるぞ。ロイのタイミングでいい。いつでもかかって来い」

 エベルは静かに言って剣を抜き放った。

 剣の稽古をしていた他の剣士たちもその手を止めて、ロイとエベルの手合いを観戦する構えになっている。


 ロイは剣を抜いた。両手で剣を構えると、地を蹴って一気にエベルとの距離を詰め、中段に構えていた剣を大上段に振り被ると、エベルの脳天に向けて振り下ろした。しかしそれは、エベルが片手で上げた剣で簡単に防がれる。

 ロイはそんな単純な攻撃が通じるとは当然思っておらず、剣が火花を散らすと同時に剣を引き、地面に着地するなり地を蹴って横に跳びながら、剣で横に斬りつけた。エベルはそれも簡単に()なす。


 ロイは剣を引きつつ後ろに跳び退く。そこへエベルが剣を脇に構えて肉薄し、剣を振り切る。ロイは横っ跳びに剣閃を躱すが、エベルがさらに追い詰める。

 横薙ぎに迫り来る剣を、ロイは自分の剣で受け、弾き返そうとするが押し切られ、逆に弾き飛ばされる。

(くっそっ。どこにそんな力があんだよっ)

 エベルは、見た目は細身でそれほど力があるようには見えない。訓練での手合いでも、力押しよりは技巧を凝らした剣筋で相手を翻弄し、圧倒している。

 そのエベルが、力押ししてくるとは思わず、ロイは虚を突かれた感じだ。


 しかし、飛ばされた先ですぐに態勢を立て直し、待ちは不味いとばかりに飛びかかる。エベルは、今度は真っ向からは受けずにロイの剣閃を自分の剣で受け流し、近付いたロイの腹に蹴りを入れる。

 それでまたロイはエベルから離れたが、胴着も魔力で強化していたので、それほどのダメージはない。レーヌから魔術の特訓を受けていなかったら、地面を転げ回っていただろう。


 止まっていては、またエベルの重い剣を受ける羽目になると、ロイは次の攻撃に移るべく、崩れた態勢を立て直す。しかし、ロイが行動を起こす前にエベルがロイに迫る。斬り上げられる剣を避け切れないと判断したロイは、それを避けつつ剣で受ける。


 キンッ。


「くっ!」


 ロイの手から剣が弾き飛ばされ、高く舞った。回転しながら落ちて来たそれが、地面に突き刺さる。

 ロイは左手で右手首を押さえ、片膝をついてエベルを見た。エベルは少し離れて静かに立っている。

 ロイは立ち上がると、直立してからエベルに頭を下げた。

「参りました」

 エベルは剣を鞘に納めた。

「お前も成長したようだな。次の瘴期から、レーヌと組んで獣駆除に参加してもらうぞ」

「は??」


 ロイはポカンとした。

「どうした? 不満か?」

 エベルが、表情を崩さずにロイに言った。

「だってオレ、エベルに負けたじゃないか」

「エベルに勝てる奴なんてこの村にはいないよ」

 後ろからの声に、ロイは振り返った。ランスが、拾った剣の柄を差し出していた。

「ありがとう。じゃ、この手合いって……」

 礼を言って剣を受け取り鞘に納めたロイは、再びエベルを振り返った。


「別に、勝敗で決めようなんて思ってないからな。ロイの実力と成長を見極めただけだ」

 エベルは、素っ気ない口調で言った。

「……ありがとう、ございます」

「礼は不要だ。ロイの実力を公正に判断しただけだからな。それにしても、たった4季(6ヶ月)かそこらで、ここまで変わるとはね。どうやったんだ?」

 エベルは初めて、表情をニヤリとさせてロイに聞いた。


「どうって言われても……教師が良かった、のかな」

「確か、レーヌに教わっていたんだな。ふむ。レーヌに、応用魔術の教師も頼むか。まあ、どうするかはソーサに任せるか」

 後の方は、独り言のようにエベルは言った。


「ロイ、良かったね」

 いつの間に来たのか、レーヌがロイの隣に来ていた。

「ああ。ありがとう。レーヌのお陰だよ」

「ううん、わたしはほんのちょっと、手伝っただけ。ロイが頑張ったんだよ」

「確かに、努力はしたけどな、それもレーヌが効率のいい方法を教えてくれたからだよ。改めて、これからよろしくな」

「うん」


 兎にも角にも、これでロイは、瘴期の獣駆除に復帰できることになった。彼の表情は満足気ではあったが、何か別のことを考えているようでもあった。



 ∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞8∞



 ロイはそれからも、剣の稽古に加えて、レーヌに習った魔術の稽古も続けた。狩のために1日休んだ薪割りも引き受けている。もちろん、木剣を使っている。

 これまでは、剣の稽古だけに集中していたので、村の仕事も誰かに頼まれた事しかやっていなかったのだが、薪割りがロイの役割として定着しつつあった。


 瘴期には、エベルの宣言した通り、レーヌとともに獣の駆除に参加している。以前は剣を振るうだけだったが、剣や防具に魔力を通すので、それを意識して効率が落ちるかと思ったものの、それは杞憂に終わった。むしろ、以前よりも上手く剣を振るえているように感じている。


 それは、毎日ロウソクを使ってピンポイントで魔力を操作する練習を繰り返したことで、半ば無意識に魔力操作をできるようになったためだった。それに加えて、剣に魔力を満たすことで、文字通り自分の手の延長のように剣を意識でき、より自由に扱えるようになっていた。


 ロイはそこまで気付いておらず、駆除に出なかった約4季(6ヶ月)の間も1日として欠かさず剣の稽古をしていたためと思っている。もちろんそれも理由の1つではあるが、魔術の鍛錬を真面目に繰り返していることの方が、実は大きかった。


 そんな風に、以前に戻った、しかしやや変化した日々を過ごしながら、ロイはその先のことに想いを馳せてもいた。



次からは、毎週火曜日17:00頃、投稿予定です。

次回は8/1(火) 17:00頃、投稿予定です。



■作中に出てきた単位の解説■


時間の単位:

1年=8季


1季≒1ヶ月 の感覚です。


日本と単位が違うので、例えば4季と言っても感覚として4ヶ月の場合と6ヶ月(=半年)の場合があります。そのあたりの感覚は、ルビで察してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ