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雪ノ湖星騒ぎ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほう、日本の誇るUMA「〜ッシー」系の記事ねえ。

 ネス湖のネッシーから来てるんだろうけど、この狭い日本列島で、よくもまあ、こんなに集まったものだ。

 アッシー、イッシー、クッシー、モッシー、最近はチュッシーというのも知ったかな。

 本家であろうネス湖のネッシーの情報も含めて、得体のしれないものがいるという話は多くの人を惹きつけるものだ。

 僕もUMAとは少し違うかもだけど最近、親の地元にあったという不思議な生き物の話を聞いたんだ。よかったら、耳に入れてみないかい?



 むかしむかし。

 親の地元に、「雪ノ湖」という湖があったらしい。

 これは、あるひとつの湖を指す言葉ではなく、とある条件を満たす湖たちに与えられる、総称であったとか。

 その条件とは、夜になると頭上に輝く星空を、鏡のごとく湖面に反射させること。それでいて、目を凝らせば湖の水面のはるか下までのぞき込めることだった。それは中を泳ぐ魚の姿さえ、はっきりとその目に映す。


 星ある所に星を、星なきところに魚を。そして特に、星がその輝きを前面に押し出すときは、まるで雪が積もる光にも見えたのが、この総称のいわれとされた。

 そこに風流を感じる者は、たとえ舟遊びを趣味とせずとも湖へと漕ぎ出した。敷き詰められた星の明かりが、夜の水辺の危うさを薄れさせ、湖の真ん中で思い思いの時間を過ごさせたというんだ。

 

 

 そうして湖が愛されてから、長い年月が過ぎたとき。

 雪ノ湖のひとつで、一人の少年が船を出そうとしていた。彼はかねてより、この湖では二中よりも夜間の方が、多く魚が姿を見せることを知っていたらしい。

 その日は新月。遮られることのない星の光が、ここへ存分に降り注ぐとき。

 水に浸かり出す小舟の底に、すでにここまで伸びている天の川が触れ、顔を震わせた。

 ヘビのようにうねる光の道。湖の面を渡り、向こうの岸へ届くまで存分に伸びたその身へ、少年は舟をかぶせていく。

 ぱっと飛び乗った。転がしておいたかいを取って漕ぎながら、おりを見て積み込んだ釣り糸の具合を見ていく。

 それほど多くを釣り帰るつもりはない。大魚を目当てにするわけでもない。彼は竿を持たず糸とエサ、それと魚を入れるびくのみをもって、湖半ばまで漕ぎ出していった。

 

 その晩は、いつもにも増して湖面は明るく感じたという。

 水に映した星の光に、目がくらむのは初めての経験だった。三匹目の魚を引き上げる直前、目の前の水面がにわかに輝き、まなこを閉じてしまったんだ。

 糸は手なりで引き上げたし、舟板を叩く魚の気配もあった。ほぼ手の感触だけでそれらをびくに入れながら、少年は目元をごしごしとこすったのち、そうっとまぶたを開いていく。

 


 糸を垂らしたところより、三尺(約1メートル)向こうに、真新しい光の散らばりが集まっていた。

 思わず、少年は頭上を見やる。何度も湖に出て、空と水とを見てきたから、おおよその星の位置はつかんでいた。

 この時期、この場所に、あのような星の集まりが現れたことなどない。第一、目がくらむ直前まで、あそこは深い黒をたたえる湖面があったのみのはずなんだ。


 想像していた通り、空にはあのような星はない。

 それから三度、目を湖と空に行き来させ、他の星々の位置も確かめた。「あのようなものがあるのはおかしい」と思ったところで。

 ざざっと音を立てて、その「星だまり」に上から飛び込んでくるものがあった。

 ほんの数拍の間、滝のような帯を成し、星だまりへ注がれてなおも広げたのは、これもまた星。たまったものと同じ色をした星くずの集まりが、一斉に滑り落ちてきたように見えたんだ。


 ――星が流れ落ちる。それが流星ではなく、こうも湖へ注がれるなど、あるものか?


 少年が四度、天空を見上げようとしたところで。



 ばしゃん、とあごの下から額に至るまで、大きな水塊が叩きつけられる。

 また目を潰される少年だったけれど、光にくらまされるほどじゃない。すぐ袖で拭い、見やった先には、幾重もの波紋を浮かべながら泡立つ、星だまりがあった。

 よく見ようと、身体を乗り出したところで、もう一つ。大きな水はねがあがった。

 先ほどより大きい。ざぶん、とうねる湖面の波が、少年の乗る舟を大いに揺する。

 あわやひっくり返る寸前までいくも、少年は舟板にひっくり返りながら、どうにか持ちこたえる。

 びくが傾き、獲った魚がすべてこぼれたが、かまってはいられない。

 ひときわ、星だまりは大きくなっている。その波紋、そのあぶくも何もかも。


 ――何かが落ちてきた。

 ――得体は知れない。

 ――逃げなくちゃいけない。



 同時に湧き出た三つの認識。それがすでに少年に櫂を握らせていた。

 少しでも速く、少しでも遠く。

 しめやかに漕いできた行きとは違い、はばからぬ水音があたりにこだまする。

 少年は何度も振り返る。


 ――あの星だまりが広がっていやしないか。

 ――あそこからしぶきをあげて、こちらへ迫ってくるものはいないか。

 

 切り替わる視界が、そのたび「否」と告げてくれる。

 そうして得た安心が、前を向かせ、舟を進ませる。

 しかし安らぎの貯えはすぐに消え、また振り返ってしまう……。

 

 

 それを何度、繰り返したか。

 あともう数回漕げば、岸に乗り上げるというところで。

 ぐっと、後ろから強く引っ張る力。同時に、少年はもんどりうってその場に倒れ込んだ。

 足。自分の積んでいた釣り糸が、足首にがっちり絡まっていたんだ。

 その一方ははるか遠方、湖の水下へと伸び、いまやその身をぴんと張っている。

 ――波に揺られた時だ。

 

 あの時、自分でも気づかないうちに、糸が絡んでしまったに違いない。

 小刀は腰にさしている。それを掴もうと腰を浮かせたところで、また強く引っ張られた。

 たまらず、押し倒されて打ち付ける背中。水へ引き込まれるところを、ぎりぎりで舟の減りにぶつかってくれた、足の裏。

 

 もう奇跡は期待できまい。

 さっと抜いた少年の小刀が糸を切るのと、三度、糸が強く引っ張られ、水底へ飛び込んでいったのは紙一重だった。

 ほうう、と長い溜息と共に、船底へ寝ころぶ少年。けれど、その目がへりの向こうに見たのは、すっかり?み込まれた糸の先。

 それにわずか遅れて、黒い水の底からぬっと顔を出した、少年の身ほどもある大きなナマズらしきものの頭だというんだ。

 その肌は、あの星だまりと同じ。色とりどりの小さな光を散りばめ、瞬いていたらしい。

 

 

 それきり、気を失ってしまった少年が次に目覚めたとき、舟はもう岸にあがっていた。

 白みかける空の下、すでに雪ノ湖に星の姿はなかった。あの、星の光を放つナマズらしきものの姿も。

 少年が持ち帰ったこの話を聞きつけ、それからしばらくは湖が調べられた。潜りの達者な者たちによって、行ける限りの湖の深くも探られた。

 しかし、少年が見たような肌を持つ大ナマズは、とうとう見つけられなかったという。

 

 

 そして、その調査の間も、それ以後も。

 雪ノ湖は、雪ノ湖ではなくなってしまった。これまでのように満天の星が広がろうとも、湖面にその光はいささかも映らなくなってしまったんだ。

 水が透けることもなくなり、少年の体験のこともあって、夜に近づく者はめっきりいなくなってしまったのだとか。

 やがて湖は、後年の土砂崩れのために、すっかり埋まってしまうことになったが、その際も湖には、魚たちのむくろより他に、何も見つからなかったらしいんだ。

 


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