98.天守の問い
「パテラは、どこにあるのですか?」
沈黙があたりを覆う。正直に答えれば、妖魔の王、龍虎にとっては、破邪士団の総攻撃を受けかねない最重要機密だ。
「知床半島の、先の洞窟だ」
皆は驚いた。
「来るか?」
龍虎は笑みをたたえ、天守に訊ねた。
「お茶を、ご馳走してくれるなら」
天守も微笑んだ。
「はっはっはっ! 折を見て、ご招待しよう」
史竜が、龍虎に肩を貸し、エリスを抱きかかえ、言った。
「では失礼する。天守、エリスのこと、礼を言う」
3人は歩き出した。
去りながら、龍虎が史竜へ呟いた。
「俺たち妖魔は、妖気の巡りの良し悪しで体調に支障が出ることがある。その時は、冬場の沈丁花の根を乾燥させ、粉末状にしたものを煎じて飲む。巡りが整う効果がある。天登と言ったか。試す価値はあろう」
「え?」
天登は、龍虎が何を言っているかを、理解できなかった。
天守が口を開いた。
「天登。お母様へ、試してみなさい」
天登は、さまざまな感情が噴出し、何の言葉も、発することが、できなかった。
ただただ、涙が溢れた。
「では、さらばだ」
3人は去っていった。
山を下りながら、史竜が龍虎に尋ねた。
「なぜ、パテラの場所を教えたのですか?」
「あれを答えなければ、俺たちは全員、殺されていた」
「!?」
「有栖川の姿を見たのは初めてだったが、たとえ万全であっても、俺は決してこの破邪士の王には勝てないと感じた。パテラの場所を聞いてきたのは、俺たちに対する牽制だ」
「そうだったのですか……。わかりませんでした……」
「嘘をついても同じだったろう。ただ同時に、有栖川は、妖魔と人間との、共生の可能性を信じていることが、伝わってきた」
「はい」
「俺たちは、この敗北から、自らの在り方、人間との対峙の仕方から、改めて考えていかねばならない」
「はい。どんな結論に達しようと、この史竜、どこまでも、龍虎様に、お仕えいたします」
頷いた龍虎の顔は、どこか晴れやかだった。
◇
ゴテン攻防戦から1週間が経った。
天守の治療を受けていた海堂信理は、千切れていた手足も元通りとなり、全快していた。
代わりに龍虎襲来戦で傷ついた仲間たちの看病に、アクラや優天とともに奔走していた。
彼は目覚めた当初、自分の治療のために、あまりに大きな犠牲が払われたことを深く悔いた。
特に時空の狭間に消えた伍代政輝の遺体を求め、戦いのあと降り注いだ雨の戦場を、必死に探し回った。
益体ないことと知りながら、誰も彼を止めることはできなかった。最後は天守に諭され、今では皆の看病に全力を上げている。
破邪士たちは皆深傷を負い、治療に専念していたが、錦は早々に治療を切り上げ、妖魔討伐に出た。
龍虎との事実上の休戦状態は生まれたが、彼の支配下にない妖魔の活動も一定のボリュームがあることがわかり、錦は各個撃破するために出陣し、全国を飛び回っている。
天登は、まだ目覚めていなかった。
破邪士としては駆けだしの天登は、龍虎戦で歴戦の勇者たる伍代を、はるかに凌駕する心気量を放出した。
魔剣獅子王丸が欲するままに心気を放ち続けた天登の身体は、強力な弾は打てても、それに耐える銃身たる身体の準備までは無論できていなかったことから、多大な負担が残った。
初めて心気を使った日に経験した身体中の痛みを数千倍にしたような苦痛が全身を駆け巡り、天登は三日三晩苦しんだ後、気を失ったままだ。
天守によると「命に別状はない」ようだが、勝利の立役者たる天登の枕元には、皆が日参し、心配そうに様子を見に来た。
天登は、夢を見ていた。
太古の昔、人間と妖魔が共存していた頃の夢だ。
当時は、集団同士の交流が珍しく、少し離れたところに住む者の姿、風習、文化は著しく異なっているのが普通だった。
妖魔の集団も、そんな村の一つに過ぎなかった。
それがいつしか人間を一つの朝廷のもとに統一しようという大事業が動き出し、妖魔の村は、他の人間の村と同じく、その動きと時には戦い、時には和睦した。
やがて他の人間の集団はあらかたまとまり、北方の村の人間と妖魔は、共に北へ北へと追いやられていった。
小さな子を連れて雪山を歩く妖魔の母親の姿が、自分の母の顔にそっくりだと感じた時、天登は目が覚めた。




