92.指名
しかし、その静寂をつん裂くような、悲鳴にも似た金属音が響いた。
皆耳を塞ぎ、どこから聞こえる音かを探ったが、誰もわからない。
それは、何もないところから聞こえていた。
宙空だった。
そこに、切れ目が入った。
かすかに見えた内部は、漆黒だった。
空間が裂けた切れ目から、腕が出てきた。
みるみる人の体が露出する。
それは、龍虎だった。
龍虎は、全身に大きなダメージを負っていたが、妖力をフルパワーにして、自身が籠る結界を生成し、伍代の結界圧縮の圧力に耐えた。
依然として全身には、緑色に輝く妖気のエネルギーをまとっている。
衰えていない。
やがて身体全てが露出し、地上へ降り立った時、空間の裂け目は消えた。
皆、信じられない思いで、龍虎を見つめていた。
そして、全員が気づいた。
龍虎の右手には、心臓が握られていた。
伍代のものであることは、明白だった。
龍虎は右手を天に掲げ、妖力を込めた。
すると緑光のオーラが心臓を包み、上空へ昇らせていった。
一筋の光が、雲を裂き、天空へ消えていった。
「伍代政輝は死に、天へ昇った。強敵だった」
龍虎の声に、だれも応じることができないでいた。
「お前たちも、もはや心力を残していない。しかし、俺は健在だ。勝敗は明白だ」
「そんなことはない!」
天登が進み出た。
「伍代さんは、身を挺して、俺たちに勝ち目を残してくれた。今度は俺たちが気張らないと、あの世で伍代さんに会わせる顔がない!」
「そうだ!」
口々に仲間が叫ぶ。
「しかし、戦えそうなのは、お前だけだぞ?」
龍虎は面々の顔を見回した。
皆、目に闘志は宿しているが、戦えるコンディションにある者は、誰1人としていなかった。
まして相手は、手負いとはいえ、妖魔の王だ。
「みんな、俺に任せてほしい」
天登が言った。
「おバカ。私の仕事よ」
瑠川が言った。
「何を言ってるんだ天登。お前はこの中でも、かなり弱い方だ。俺がやる」
錦が続けた。
「わかっています。でも、瑠川さんも錦さんも、もはや一握りの心力も残っていません。小雪も、慶次も、みんな、全員がそうです。でも、俺だけが、残っています」
「……」
「俺は無尽蔵の心力だけが取り柄です。だから、任せてください」
(それは、破邪士にとってこの上ない才能なんだよ)
瑠川は思いつつも、止めようと口を開こうとした時、空の一点がキラリと光った。
伍代の心臓が昇天した方角だ。何かが物凄いスピードで飛んでくる。
皆が身構えた。
やがてそれは、地面に激突した。
それは、剣だった。
伍代の佩刀、獅子王丸だった。
地面に突き刺さっている。
誰もが驚きで身動きできずにいるとき、皆の心に声が響いた。
(皆、悪かった。俺はここまでだ)
「伍代さんの声だ!」
「どこから聞こえている?」
「伍代さん!」
(これは、獅子王丸を通じた俺の最後の心の声だ。俺は、もうこの世にはいない。あの世から、伝えている)
「!」
(俺の心気と獅子王丸の共鳴があるからこそ、できる芸当だ。俺は、破天結界で龍虎を封じ込めようとしたが、それで奴は止められなかった。だから、この剣を託すやつに、最後を任せたい)
「……」
皆は聞き入った。
(それは、天登だ)
「!!」
誰もが耳を疑った。
(皆も知っているとおり、天登の心力は無尽蔵だ。天登のこれまでの戦い方は、器から溢れた心気を少しずつ、すくって使っていたに過ぎない)
(獅子王丸は、馬鹿みたいに心気を食うが、その量に応じて指数関数的にエネルギーを増幅させる。この上ない相性なんだ。みんなもうボロボロだろ? 天登に任せてみようや!)
死人とは思えない伍代の明るい声色に、絶望的な状況であるにも関わらず、その場の全員が、一握りの希望を感じた。
瑠川が言った。
「天登、行きなさい! あなたしかいない!」
「行けーー! 天登! 俺は最初からお前が切り札だと思っていた!」
慶次の叫びに、皆がうなづいている。
「夕霧を託した俺の見立ても同じだ」
錦が促す。
「伍代さん! みんな! 俺は、自分にそんなすごい力が眠っているなんて思わないけど、俺、龍虎を止めたい! 止められるなら、死に物狂いで、何でもやるしかない!」




