91.贖罪(しょくざい)
薄れゆく意識の中で、伍代は、若い頃の姿に戻っていた。隣には、代替わりしたばかりの天守、17歳の有栖川凛がいた。
「政輝、あなたは死ぬのですか?」
「そうらしい。今まで世話になったな。天守」
「なぜ?」
「なぜって、やるだけやったけど、龍虎には勝てなかったんだよ」
「なぜ?」
「俺が弱かったからだな」
「あなたは弱くない」
「そう思ってたよ。ただ、上には上がいたわ」
「そうじゃない。あなたは、私の方針に、一番耐えられなかったはず」
「そうだったなぁ。最初は、凛が何を言ってるのか全然わからんかった。小娘に何がわかるとさえ思ってた」
「皆、多かれ少なかれ、そうだったはず。でも、一番今までのスタイルを否定されたのは、あなただった。なのに、全てを飲み込んでくれた。だから、みんなに浸透した」
「そりゃあ、俺だってさ、天守様の言うことは聞くさ」
「それだけじゃないはず」
「?」
「私が天守ってだけじゃないでしょ?」
「……」
「あなたは、私の母の死を、自らの責任だと感じている」
「……」
「破邪士団が当時のパテラに肉薄した時、妖魔の激しい反抗の中で、母は命を落とした。一番腕の立つ破邪士だったあなたが、パテラ侵入部隊の指揮をとっていて、母のそばにいなかったことを、まだ悔いているんでしょう?」
「……」
「母さんのことが、好きだったのね」
「……」
「有栖川家は、代々女系が相続する。婿は子供ができれば家から追放され、下野する。私も父の顔も消息も知らないし、関心もない。政輝、あなたは、厳しく、孤独で、常に最前線で陣頭指揮を取る母に仕え、働くうち、慕う心が生じたのですね」
「……」
「だから、母の忘れ形見である私に、誠心誠意、尽くしてくれたのでしょう?」
「へへ、身も蓋もねぇな」
「政輝、ありがとう」
「礼なんて、天守が言うもんじゃないって、何度も教えたでしょう」
「あなたは、母の死を悔いて、悔いて、でも歯を食いしばって、果たせなかった責任を、私に返してくれた。疲れたでしょう?」
「へへ、ちょっとな」
「もう……、休んでいいんだよ」
「凛、俺は、堂々と、香澄さんに、会いに行っていいのかな? 俺は、あの日の責任を、果たせただろうか?」
「大手を振って、行きなさい。私が保証する」
伍代は、安らかな表情のまま、空に昇っていった。
伍代の結界が空間を圧縮した。
外界からみても、完全に結界内の世界は消滅した。
見守っていたその場の全員が、呆然と立ち尽くした。
伍代と龍虎は、死んだというより、この世から存在そのものが消え失せたという印象だった。
皆、言葉を失っていた。
「伍代さん……」天登が呟いた。




