9.心気柱
ふと目覚めると、まだ深夜だった。
寝所まで虫の声が入ってくる。
神社であるこの拠点で食事もしたし、風呂も入ったような気がする。
あまりに疲れていて、記憶が定かでない。
寝巻きも借りたようだが、着替えをした覚えもない。
ただ一つ、寝る前の場面で覚えていることがある。瑠川が小雪と話していた光景だ。
「明日から夜回りに、天登も同行してもらうよ」
「え、早すぎませんか?」
「そんな気もするけど、急ぎたいのよ。お願いね、小雪」
「はぁ……、わかりました。戦い方だけは教えておいてあげてください。今日みたいだと、あの人、本当に死にます」
「はは、そうだね」
そんな会話だった。本当に死んでしまうような夜回りってなんだ?
考えてもわかるわけがなく、天登は再び、深い眠りに落ちていった。
目覚めると、あたりは明るくなっていた。
「みんなー、ごはんよー」
瑠川の明るい声が響く。
眠い目を擦りながら庫裡の方へ向かうと、エプロン姿の瑠川と小雪がいた。
「あ、おはよう、天登。よく眠れた?」
瑠川がまだ眠そうな天登に声をかける。
「あ、はい、すごく深く眠った気がします」
「それはよかった。でも、身体は痛くない?」
「え……?」
そういえば、痛い……。
慣れない場所で目覚めた違和感に気を取られていたが、確かに……、
痛い!
ものすごく痛い!
どこがってわけじゃないが、とにかく身体の芯から痛みが湧き上がってくるようだ。
意識すればなおさら感じる。
「い、痛いです……! めちゃくちゃ痛くなってきました……! これなんですか?!」
天登は立っているのも苦しく、柱に寄りかかった。
「心気を使って慣れないうちは、そうなるのよ〜。初めてだもんねぇ、痛いよねえ。でもすぐ消えるし、慣れるよ!」
慣れる慣れないなんて次元じゃないが……。
小雪がつぶやいた。
「心肉痛」
心肉痛というのか?
筋肉痛をもじってるんだろうが、心の肉ってなんだ?
全然うまくないネーミングだ……。
天登はなんとか食卓に着いた。
用意された朝ご飯は、白いご飯に焼鮭、豆腐の味噌汁に海苔と生卵。
旅館の朝食のようにきちんとしている。
「すごい、いただきます!」
長い時間空腹だったことを思い出し、天登は食事に取り掛かった。
とても美味しい。
「瑠川さんと小雪で作ってくれたんですか?」
小雪が「私は配膳だけ……」とつぶやいた。
「やぁね、小雪も頑張ってくれたじゃん」
「お二人とも、ありがとうございます。明日から俺も手伝います!」
「いいの、いいの、あなたはまずは強くなりなさい。それに、私は本職が料理人だから、好きでやってんのよ。気にしない気にしない」
「本職?料理人?破邪士は?」
「破邪士は使命としてやってるわよ。でも私は料理が好きで、これも仕事にしてる。どっちも極めるのよ、私は」
「はは、すごいや。破邪士って、人としてすごい」
「そんな話はいいから、食べちゃいましょう。朝ドラはじまっちゃうわよ」
小雪の食べるスピードか上がった。朝ドラが好きなようだ。
「いつもどおり、9時から修行を開始しまーす。境内に集合ね」
天登はユニフォームに着替えた。
心肉痛はあるが、少し慣れてきて、動けないほどじゃない。
境内に下りた。
昨日、瑠川が迅鬼と死闘を繰り広げた場所とは思えない、静けさと清らかさ。瑠川が朝から掃き清めたのだろうか。しかし、庭石の抉れは残っている。
あれは俺がやったんだ。自信持って修行に邁進しよう。
やがて小雪も境内に現れ、次いで瑠川が下りてきた。
「じゃあ、今から昨日やったとおり、心気を束ねる、まとめる訓練をしていくよ。2人とも、心気を空に向かって出してみよう」
天登と小雪は、右手を上空に向け、力を込めた。
小雪の手の平から、白い光が真っ直ぐ空に向かって伸びていく。
10mほどで伸び切ったが、先へ行くほど光は薄まり、裾が大きく広がったような形になった。
「いいね、小雪。それを束ねて、長さ1m、直径10センチ程度にまで小さくすることが目標ね」
「はい」
天登は小雪に続こうと力を込めた。