8.小雪
「天登、怪我はないかい?」
瑠川が天登に声をかけた。
怪我はないが、破邪士と妖魔の本気の戦闘を間近で見た衝撃に、天登は打ちのめされた。
なす術がなかった。
「何もできませんでした」
「気にすることはないわ。奴は、迅鬼は、9血。それに数知れず破邪士を食ってる。超一流の破邪士でも、1人で相手にするにはきつい」
「9血……?! もしかして、あれにもまだ上がいるんですか……?」
「あぁ、いる。だから、強くならないといけないよ、天登」
「は、はい……」
「それと小雪、助かったわ。ありがとう」
瑠川が小雪を労った。
「いえ……」
「紹介するわ。今日からここで一緒に修行することになった、津神天登よ。天登、彼女は、君の姉弟子にあたるね。日皐月小雪といいます。歳は、高2だから、同い年ね」
「あ、あの、俺、天登と言います。小雪さん、よろしくお願いします」
「よろしく。敬語じゃなくていいから」
「フフ。敬語も何も、小雪の口数が少なすぎて、どっちでもいいんじゃない?」
「天登、小雪は見てのとおり、剣技が得意なの。9血の妖魔に物理的にダメージを与えるのはそう簡単じゃないけど、小雪のはその域にきている。今はさらに剣技の才能を磨き上げることと、刀に心気を伝える修行を中心にやっているのよ」
確かに、小雪が迅鬼に一刀を見舞ったとき、背後が見えると言う迅鬼でさえ、不意をつかれたようだった。
小雪の剣技の実力は相当なものなのだろう。
「あの、瑠川さん、俺も何か武器を持った方がいいんですか?小雪は刀、瑠川さんは鎖鎌を使いますよね」
「そうだねぇ、小雪はもともと破邪士の家系に育って、剣の修行は小さい頃からやってきた。才能と合わさって、もはや刀は身体の一部というところまでになっている。天登はよっぽどマッチする武器が見つかれば別だけど、そうでない限り、武器ありきで考えなくていいと思うよ。まずは心気を使いこなそう。自分の闘い方やスタイル、得物なんかも、後から自然と身に着いてくるから」
破邪士の戦い方には、セオリーはないようだ。ベースになる心気の質•量に個人差が激しいからだろう。
「それはそうと、天登はさっき、心気弾ができたね。岩の抉れ方から、なかなかの威力が出ている。今で潜在力の1割ぐらいは、威力に転換できたってところかな」
「たった1割ですか?あの威力で?」
「あら、自分を過小評価しちゃいけないよ。君の心気はあんなもんじゃない。催魔に打ったやつでも今の倍はあったよ」
「確かに……。ただあの時は咄嗟で……」
「そう、それをコントロールできるようにならなきゃね。その方法が、これ」
瑠川は右手を空へ向かって突き上げた。
やがて腕全体が光りだし、右手に集中していく。
「それっ!」
右手に集まった光が上空に放射状に伸びて飛んでゆく。
5〜6階建てビル程度の高さまで達したろうか。
「今、私の心気は上に向かって扇を広げたように散開しているね。これを、束ねる」
みるみる広がっていた心気が一本の筒状にまとまり、長さも縮んでくる。
色も白から青みがかってきた。
最後には、突き上げた右手から1.5メートルほどの長さ、直径10センチメートルほどの太さにまで、心気がまとめられた。
「心気は広がっていると威力も分散してしまう。こうやってまとめ、束ねることで、大きな力になるし、形状も戦いに応じて、柔軟に変えられるようになる。ここまでできれば、妖魔との戦闘でかなり優位に立てるはずよ」
瑠川は続ける。
「ちなみに、これは基礎の領域ね。まずはここを目指そう。ね、小雪も」
「はい……」
小雪が顔を赤らめる。心気のコントロールは苦手なんだろうか。
その夜、長い長い一日が終わり、床に就いた記憶がないほど、天登は泥のように眠った。
小雪も早い時間に寝入ったようだ。
神社の境内は静寂に包まれ、墨のような深い闇があたりを塗り込めていた。
しかしそんな境内の片隅に、瑠川がいた。
怒りと苦しみが合わさったような、苦悶の表情を浮かべ、境内の大樹に、拳を打ちつけている。
瑠川の拳には、血がにじんでいる。
「迅鬼……。必ずこの手で、殺す! 和美の仇は、必ずはらす!」