71.優天(ゆうてん)
それは、少年だった。
中学生ぐらいの、目が大きく、可愛らしい顔をした、男の子だった。
パジャマのようなダブダブの白い服を着ていた。
そして何より、大きく、美しい翼が生えていた。
「てめぇ! 優天! 邪魔すんじゃねえ!」
地上で、迅鬼が叫んでいる。
構わず、優天と呼ばれた少年は、両脇に天登と小雪を抱え、翼をはためかせ、大空を飛んでいった。
天登は一瞬、空を飛んでいることを感じだが、死を前にした幻覚と思い、そのまま意識を失った。
◇
優天は大空を高速で飛んだ。
海に達し、やがて小さな島が見え、優天はその島に舞い降りた。
天登と小雪は、浜辺に寝かされた。
優天は、翼で彼らの身体を覆い、そのまま動かなくなった。
やがて夜が来た。
しかし優天は動かない。
夜が明けた。
雨が降った。
それでも優天は動かず、2人の意識も戻らない。
また夜が来て、明け、3日目の朝になった。
すると、優天がパタと横に倒れた。
力尽きた様子だ。
代わりに、天登と小雪が目を覚ました。
2人は、自分や互いの身体をみて、不思議と怪我が完治していることを知った。
そして、傍らに倒れている優天を認めた。
2人は夢の中で、母の胎内にいるような、安らぎと心地よさを感じ続けていた。
これが優天がもたらしてくれた治癒の時間だったことは、自ずと認識された。
「小雪、この男の子は……」
「うん、私たちを助けてくれて、力尽きている」
「うん、間違い無いね。彼を介抱しよう」
天登と小雪は、島の木々などを材料に屋根をつくり、草のベッドに優天を寝かせた。
湧水を見つけ、水を飲ませた。
やがて、優天は目覚めた。
「やぁ」
優天は優しく微笑んだ。
「やぁ」
「こんにちわ」
挨拶だけで不思議と、3人の心が通い、それだけで、2人の感謝が伝わったことが知れた。
「初めまして。俺は津神天登」
「私は日皐月小雪」
「優天……」
優天は赤くなった。
人と話すことは慣れていないようだ。
「優天、助けてくれて、本当にありがとう。君は、僕らの命の恩人だ」
天登は、湧き出るような感謝の気持ちを言葉にした。
「素敵な翼……」
心から出たような小雪の言葉に、恥ずかしそうに優天は翼を畳んだ。
大き過ぎて、隠れてはいない。
「本当にありがとう、優天」
手を握った小雪に、優天は、ますます顔を赤くした。
天登と小雪は、優天が妖魔であることを悟っていた。
しかし、彼の瞳には欠片ほどの邪気もなく、放つオーラは優しさで溢れていた。
「優天は、アクラを知ってる?」
天登は思わず、優天と同じオーラを感じるアクラのことを訊いていた。
うんうんと優天がうなづく。
「アクラはね。私たちの仲間なんだ。大切な仲間。そして、友達なんだよ」
小雪が言うと、優天は羨ましそうに、指をくわえた。
「今日から、俺たちも仲間だね」
天登が言うと、優天は嬉しそうに、うんうんとうなづいた。
3人はしばらく他愛もない会話を続けた。
天登と小雪は、優天が2人を治療してくれた代わりに、かなり消耗していることを知った。
「よし! しばらくこの島で、3人で暮らそう! 無人島のようだし、誰にも怒られないだろう」
「賛成!」
「うん!」
その日から、天登と小雪と優天の、不思議な無人島生活が始まった。
動けない優天に草で編んだ布団をかけ、天登は家の屋根を補強した。
小雪は素潜りで魚を獲り、焼いて調理した。
優天は水しか口にしないことがわかったため、天登は木をくり抜いて器を作り、湧水を溜めて尽きないようにした。
夜は、さまざまな話をした。
好きな食べ物や、趣味の話、両親や家族のこと、なぜ天登や小雪が破邪士になったかなどだ。
優天も、たどたどしいながら、自分の話をしてくれた。
妖魔の父と人間の母の間に生まれたこと、生まれた時から翼があったため、人間界に適応できなかったこと。それでも北海道の大自然は、優天にとって伸び伸び飛び回れる天国だったこと。優しかった両親は、そんな優天を慈しむように育ててくれたこと。人間と戦うことを拒んだ父は、パテラの幹部に殺されたこと。優天は10血であること。実は、優天はアクラのことが好きで、いつか告白したいと思っていることなどだ。




