6.襲撃
まだまだ残暑が続く厳しい日差しが照りつける中、天登は掌に集中し続けた。
額から流れ落ちる汗が目に染みる。
時折頬を撫でるそよ風、けたたましい蝉の声が途切れる瞬間・・・。
そんなささやかな変化でも、集中力に影響が出る。
天登はかれこれ2時間ほど、こうしていた。
(俺にはどんな感情変化が心気のきっかけになるのか。怒りは、どうやら今の俺の心の持ちようでは、心気の引き金にはなっていないようだ)
(もしかして、俺には素質がないのか……)
不安がもたげる。
心気を操って初めて破邪士と言える。
破邪士になれないと、母さんを目覚めさせる方法を探すことはできない。
(こんなところでつまづいているわけにはいかないのに……!)
焦りと悔しさが、余計に心を乱す。
(そもそも、母さんを目覚めさせたいのは、母さんと、あかりとの、あのいつもの日常を取り戻したいからだ)
(貧しいながらも、平和で喜びに満ちていた生活……。大切な家族だ。あの日々を……)
「あぁ、幸せだったなあ……」
思わず独り言がこぼれ落ちた。
その時、掌がにわかに光り始めた。あの平和な日常に意識を飛ばした瞬間だった。
「あぁ、こういうことか、心気って……」
天登はなんとなくわかった気がした。
心に気が充たされる。
充実、満足、あるいは、怒気。
そうして気を炎のように大きくした時、心気は発現する。
俺の場合は、そのきっかけは、幸福感なんだ。
天登は両掌に発現した心気を見つめながら、慎重に気持ちを切り替えていった。
「幸福感を現実にする。それには、一つ一つの目標を成し遂げていくことだ。その最初の目標が、心気で岩を攻撃すること」
天登は心気に言い聞かせるように、両掌の光り輝く心気を合わせた。
すると心気は光球と化して、ソフトボール大ぐらいの大きさになった。
本堂にいた瑠川は光に気付き、振り返った。
(おやおや、まだ2時間かそこらよ。とんだ坊やを拾っちゃったよ……)
「はっ!」
天登は腕を伸ばし掌に力を込め、光球を岩に向けて放った。
光球は一直線に30m先にある岩に向かって飛んでいき、大きな音を上げて激突し、無数の破片を撒き散らした。
やがて砂埃が消えて岩の様子をみると、表面が30センチ四方の大きさでえぐれている。
相当な破壊力だ。
「お見事お見事!」
手を叩きながら本堂から境内に降りた瑠川は、岩へ近づいた。
「由緒正しい庭石を、見事に抉ってくれちゃったねえ」
「え、ダメだったんですか?!」
天登はやばいと思った。
「ウソウソ(本当は今夜中に違う的を用意しようとおもってたんだけど、まさかもうできちゃうとは……。神主に怒られちゃうなぁ)」
瑠川は抉られた表面を調べた。
しっかり心気の芯が岩に食い込み、その回転が周りを削り取った跡がある。
「かなりの殺傷力ね。これは5血ぐらいなら相手にできるんじゃないかしら」
「え、瑠川さん、5血ってなんですか?」
「妖魔の血の濃度が50%ってことよ。60%は6血、80%は8血」
「え、50%って、相当強いんじゃ……」
「そうだねぇ、並の破邪士じゃしんどいけど、君なら行ける気が……」
その時、瑠川は尋常じゃない殺気を感じた。
同時に天登も違和感を察知し、周囲を見回した。
「上よ!」
瑠川が叫ぶ。
天登は瑠川が叫んだ方向に咄嗟に顔を上げた。
本堂の屋根の上に人がいる。
逆光で影しか見えない。
「いた!人がいる!もしかして妖魔?!」
「へっへっへっ、レッスン中に邪魔するぜ瑠川〜、へっへっへ」
そこには、長い銀髪で半分顔を隠した妖魔がいた。肌は青みがかり、切長の目と長い舌が目立つ。細身の長身をレザースーツで包み、天登たちを見下ろしている。
「迅鬼!」
瑠川が叫んだ。
「なんでてめぇがここにいるんだぁぁ!!」
瑠川の女言葉がすっかり引っ込んでいる。
「へっへっへっ決まってんじゃねぇか、お前に会いに来たんだよ。でもレッスン1の最中だったんだなあ、じゃあそのヒヨコ生徒さんも、一緒に殺してやるから、あの世でレッスン2やればあああ??」
言い終わるや否や、迅鬼は瓦屋根を蹴り、飛び上がった。
そして瑠川めざして、一気に距離を詰めてくる。
「ぎゃっきゃっきゃっ、ほれーーー!」
迅鬼は両手の指先に長さ20センチはあろうかという爪を光らせ、真っ直ぐに瑠川の首を狙い、右手を突き立てた。
それを瑠川は心気を込めた鎖鎌で間一髪防いだ。
続いて迅鬼は左手の爪でニ撃目を繰り出す!
激しい金属音とともに、瑠川はこれも鎖で止めた。
力で押し合いながら、2人が睨み合う。
「なかなか機敏じゃねぇか。ビンビンくらぁぁ瑠川ぁ」
「黙れ!」
瑠川が心気を込めた右足で迅鬼の腹を蹴り上げる。
「うふぉっ!」
迅鬼は蹴り飛ばされながら空中で蜻蛉返りし、地面に着地した。
天登との距離は10mほどだ。
天登は両掌に心気をためはじめた。