49.破邪士の使命
日本国内の児童虐待の相談対応件数は、20万件を超えている。しかし数字に現れている国に認知された事件は氷山の一角で、さやかちゃんの場合も、警察や行政の保護には至っていなかった。
虐待を目の当たりにした天登は、我を忘れて怒った。
これは20万件という数字以上に、己の感情の琴線に触れたからだ。
ゴテンによると、重大な事態にいたる案件の大半が、妖魔がらみと疑われているようだ。妖魔が浸透してしまった社会の実害は、このように現れてくるということを、天登は痛感したのだった。
河川敷にいた天登達は、さやかちゃんを病院へ送り届けた。妖魔とはいえ実親を失ったさやかちゃんの心の傷が、心配された。
「俺がお父さんを倒したのを、見てたよね? どう思った?」
「……。なんだか、ほっとした」
天登は、さやかちゃんがショックを受けていないことに安心した反面、児童虐待は実の親の死に安堵を覚える子供を生むという事実にも、衝撃を受けた。
少なくとも、この子は今、親の愛というものを知らない。
やがて成長し、この子も人の親になることがあるだろう。
その時、受けた経験がない愛情を、我が子に注げるのだろうか。
どうやったらいいか、わかるのだろうか。
うちから湧き上がる親の愛が自然に出るのだろうか。
たまたま親が妖魔だった。自分はその血が薄かった。妖魔の血による残虐性は、この子には発現しないだろう。
しかし人間として、親子間で受け継がれていかなければならない子の愛し方が、さやかちゃんには伝わっていない。
妖魔の人間社会への攻撃は、死してなお、このように後遺症を残す。
天登は、天守が伝えようとしたことの意味が、わかったような気がした。
天登は、刑事の信三に連絡をとった。この町は管轄外だろうが、事情を説明し、母と同じ警察病院でしばらく保護してくれないか頼んだ。信三は快く引き受けてくれた。
病院への道中、天登はさやかちゃんに寄り添っていた。
さやかちゃんの口数は少なかったが、天登に寄りかかってよく眠った。
ひとまず安心してくれている様子が、天登は嬉しかった。
病院で信三や院長に改めてさやかちゃんを頼んだ。2人は力強く承知したと言ってくれた。あかりも来てくれたから、天登は母とあかりをさやかちゃんに紹介した。
天登の話に、あかりは号泣し、さやかちゃんを抱きしめた。天登との別れの時も、ずっと、さやかちゃんは無表情だった。しかし、去りゆく天登の背中に、さやかちゃんの声が聞こえた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
天登は右手を上げて応えた。振り返らなかった。これからは、本当の幸せを見つけてほしいと願う。天登はさやかちゃんに、もう、泣き顔を見せたくなかった。
3人とアクラは、ゴテンに戻り、虐魔討伐を報告した。
御前試合からはや半年。
任務と修行でゴテンを出たり入ったりだったから、天登にとって、もはや勝手知ったる施設だ。
その日は宿で身体を休め、翌朝天登が宿のロビーに行くと、瑠川が小雪と話していた。天登を認めた瑠川が手招きする。
「小雪は、一度故郷の神社に戻ることになったよ」
「え?何かあったんですか?」
驚いた天登に、小雪が答えた。
「私、実家が神社の神主なの。その神主のお父さんが調子悪いみたいで、様子を見に行きたい。破邪士もしていて、地域に出る妖魔退治もしていたんだけど、それもできなくなったから、私がフォローしたい。ごめん。ちょっとだけ、チームを離れる」
「そうか。当然だよ。謝るなよ。俺も慶次も大丈夫だよ! 遠慮なく行ってきてよ!」
「ありがとう」




