14.妖魔という存在
「たまに、妖魔は死ぬ時、感謝のような言葉を呟く」
ワシルの滅んでゆく肉体を見つめながら、小雪が言った。
「いつか、瑠川先生に聞いたことがある。妖魔と一口に言っても、血の濃度は千差万別。それに人間の血の方が、妖魔の血よりも濃い者も多い。普段は妖魔の血の影響が強くて人間の心は奥深くに隠されているけど、死の瞬間だけは、闘争心が弱り、抑えられていた人間の心が表に出るんじゃないかと」
「そうなのか……。俺たちが戦っている相手は、人間でもあるんだ……。そんな相手と、人間を守るためという大義名分で、戦っていいのか……」
「でも、瑠川先生はこうも言った。その最後の、人間の心で出てくる言葉は、先生が倒した数多くの妖魔をみている限り、全て感謝や謝罪だったと。つまり、妖魔が悪行を続ける中で、人間の心がどこかでその行為をみているんじゃないか。それに心を痛め、苦しんでいたんじゃないかと」
妖魔として悪行をしている時、二重人格のように人間の心がそれを認識していて、身も、心も引き裂かれるような思いで、やりたくない悪事に手を染めている……。
これが本当なら、こんな地獄はない。
ワシルもそうだったのだろうか……?
◇
(ワシルの過去…)
僕が人との違いを感じたのは、幼稚園へ入園し、しばらくした頃だ。
同じ園児の女の子の指が、綺麗で可愛くて、無性に触れていたいという衝動があった。
だからその子とよく一緒に遊び、手を繋いでいた。
お遊戯の時間などに別々のグループに分けられた時も、その子と離れるのを泣いて嫌がった。
その子も、僕のことを大好きでいてくれたと思う。毎日うきうきして、幼稚園へ行っていた。
周りにも、僕らの仲の良さは、微笑ましく映っていただろう。
そんな日々が続き、ある日いつものように女の子と手を繋ぎ、鉄棒の端で他愛もない話をしていた時、不意に、脳に電気が走るような刺激があった。
次の瞬間には、僕は繋いでいた女の子の手を自分の口へ持っていき、その指をくわえ、歯を立てていた。
一気に力が入る顎は、自分のものではないような感覚だった。
驚きと痛みでみるみる歪む彼女の顔。目にはたちまち涙があふれた。
痛い痛いと泣き叫ぶ声を間近で聞きながら、僕は恍惚感に酔っていった。
鉄棒に唇をつけたときと似た味。あったかくて、心地いい。僕は夢中で歯を立て、血を吸った。彼女が泣き叫び、駆けつけた大人達は、その光景に驚愕していた。
大人に口をこじ開けられ、彼女の指が離れた時、僕はようやく我に返った。
泣き叫ぶ女の子。大人の怒号。
大騒動になり、こっぴどく叱られたのだろうが、我に返ったとはいえ幼稚園児であり、甘美な刺激に陶酔状態だったから、あまり記憶がない。
周りの大人も気味悪がったのではないか。
それからは、その時の血の味が忘れられず、いろんな生き物を傷つけては血を舐めてみた。
しかし人間以外には、特に心を動かされない。あの時の昂揚はなかった。
時が経ち、世の中のルールが一応わかる年齢にまで成長してきた僕は、欲望を抑圧しながら生きていた。
何につけても無感動、無関心になり、周りには何を考えているかわからないと気味悪がられながらの学校生活を、淡々と過ごした。
そんな僕を両親も可愛がることなく、やがて両親は不仲となり離婚。
中学生になっていた僕は母親との2人暮らしをはじめたが、じきに男を作ってあまり帰宅しなくなった母を、毎晩孤独に待ち続ける日々が続いた。
そんなある日、学校帰りの僕を呼び止めた一人の男がいた。
彼は僕の帰り道を並んで歩き、簡単な質問や世間話をしてきた。
児童相談所の職員かと思ったが、スーツも時計も高そうで、とても単なる公務員には見えない。
そして何より、彼が醸し出す雰囲気は、僕を安心させた。
今思えば彼も妖魔だったのだから、同胞同士の波長なのか、僕は父親のような温もりを彼に感じた。
学校帰りにその男と会うようになってから、僕の心は晴れやかになった。
顔にも表情が戻っていたと思う。成績も伸び、高校へ進学することができたのだ。
学生生活は順調だった。
しかし、長ずるにつれ、人の血への関心は、いよいよ抑え難いものになってきた。
ある時僕は、この衝動を男に相談した。すると彼は深夜0時に、近所の公園に来るように言った。
公園へ行くと、清掃用具をしまってある物置小屋の裏、人目につかないところに、2つの人影があった。
一つは、いつもの男だった。直立姿勢で、もう一人を見下ろしている。
もう一人は四つん這いになり、しきりに頭を動かしている。
その下に目をやると、暗くてよくわからないが、三つ目の人影が横たわっているようだ。
男は僕を手招きし、四つん這いの者に加わるように言った。
下になっていた人影の顔をよくみると、月明かりに照らされた綺麗な女性だった。




