11.夜回り
天登は瑠川の説明を真剣に聞いた。
「夜回りでは、妖魔と実際に対峙し、『戦闘』をすることになる。だから、天登にはその基本だけは教えておきたい」
「はい」
「と言ってもシンプルよ。心気をためて、放って、当てること」
「はい」
「戦闘のタイプは、相手に接近して物理的な攻撃でダメージを与える近接型と、心気弾や弓矢•銃とか、飛び道具で攻撃する遠隔型がある」
「天登は大した修行もなしに心気弾が使えることから、遠隔型の攻撃ができる貴重な存在よ。対して小雪は、スピードと剣技が売りの近接型。敵と対峙した時は、近接型の仲間が相手に接近するのを支援するのが、遠隔型の主な役割。心気弾で相手の遠隔攻撃を牽制し、攻撃の態勢をとらせないこと。近づいてしまえば小雪の剣技は一流だから、あとは任せる。あなたは周囲にほかの妖魔がいないか警戒しつつ、至近弾を放てる位置に移動し、攻撃を続ける。これが基本スタイル」
言われたことは簡単だが、初めての戦闘だ。本当にうまくいくだろうか。
「不安は当然ね。まあ今のは指針みたいなもので、戦闘なんて想定通りにいくことなんかまずない。想定を持っていること自体が、臨機応変な判断を妨げるとさえ言える。その辺は経験と勘とセンスの世界ね。そこは小雪先輩に頼っていいわよ」
「ね、小雪」
刀の手入れをしながら、小雪は黙ってうなづく。
「そして、はい」
瑠川が鞘に収まった一振りの刀を差し出した。
「言ったように、戦闘は指針通りにいくはずがない。遠隔攻撃だけしか知らないあなたに、近接攻撃をしてくる妖魔が必ずいる。その時は、この刀で応戦しなさい。あくまで護身用」
「はい、ありがとうございます」
天登と小雪は、境内を横切って鳥居を出た。
昨日ここに来てから、初めて敷地外へ出る。
いつも通っていた近所の道なのに、大海へ漕ぎ出すような緊張感がある。
そんな心とは裏腹に、辺りは何の変哲もない。
「普段と変わらないようだけど、本当に妖魔が出るのかな?」
「もう、妖魔に見られていると思った方がいい。行きましょう」
ルートは、神社を出て東進し、住宅街を抜けて、丘の上のニュータウン造成中の工事現場を目指す。
そのあと南進し、街の外れを東西に流れる川にかかる橋を渡って、川沿いに西進。
中学校前の交差点で右折して北進し、神社に戻るという経路だ。
普通に歩けば20分ほどだ。
住宅街に差し掛かった。
午後10時。
家々に灯りはついているが、空調を効かすためか窓を閉め切っている家が多く、静かだ。
5分ほど歩いた時だった。
天登は突然悪寒を覚え、横の小雪をみた。
小雪は刀の柄に手をかけ、上を見ている。
「あそこ、屋根の上」
「あっ!」
天登は思わず声を出してしまった。人影が屋根の上に這いつくばり、こちらを伺っている。
「!」
よく見ると、正面、左右それぞれの屋根に、待ち伏せている妖魔がいる。合計3体。天登は戦慄した。
「心気をためて。歩きながら」
小雪に言われ、天登は両掌に力を込めた。徐々に熱くなってくる。
「私が合図したら、左右の妖魔を撃って。正面は、私が」
「りょ、了解……」
声が震えて情けない自分を自覚する。
小雪は落ち着いているようだ。
妖魔との距離が20mほどに迫った時、三体が同時に動いた。機敏だ。こちらに向けて飛びかかってくる。
「獲物だぁぁ! 死ねええ!」
「若くてうまそうだっ!」
「げへへへへへ!」
「今っ!」
小雪の合図に、天登は一気に掌の光の弾を左右に放った。同時に小雪は地面を蹴り、正面の妖魔に向かって突き進む。次の瞬間には、血飛沫を上げて舞う正面の妖魔の首が目に入った。
(俺が放った心気弾は? 当たったか?)
左を見ると腹に風穴が空いた妖魔が吹っ飛んでいくのが見えた。
(右は?)
煙だけで、様子がわからない。
風が煙を散らし始めた。
天登は目を凝らして様子を伺う。すると煙の中に小さな黒い穴ができた。それがみるみる大きくなったと思うと、妖魔が飛び出してきた!
獰猛な爪を生やした左手を突き出し、飛びかかってくる。右腕は千切れかけている。心気弾が掠ったのだ。
天登は後ろに飛んで距離をとった。再び両手に力を込める。構わず妖魔は距離を縮めてくる。
(速い!心気を込める間がない!)
(やばい! やられる!)
と感じたとき、妖魔の腹から刀が突き出てきた。
「ぐえぇ・・・!」
うめき声をあげ、妖魔が倒れた。
その後ろに、小雪がいた。
小雪が刀の血を払いながら言った。
「大丈夫?」
「あ、あぁ、危なかった、ありがとう」
初めて自分が参加した戦闘に、まだ手も膝も震えている。
倒れた妖魔は、煙のように蒸発していく。
この時、一瞬だが悪臭が伴う。
催魔の時も思ったが、死体も残らないのは、やはり彼らが人ではない種族だからだろうか。
「さ、行こう」
小雪が言う。
彼女は相当慣れている。
美しい横顔からは、あんなに激しい戦闘をやってのけた者と同一人物だとは思えない。一瞬で2体の妖魔を葬ったにもかかわらず、涼しい顔だ。
「小雪は、怖くないの?」
「別に」
「これまでは一人で夜回りに?」
「そう」
「危ないことはなかったの?」
「毎日、危ない」
「そうだよね。でもそんなに落ち着いていられるなんて、すごいよ」
「君も、慣れるよ」
天登は小雪のような境地に達する日が来るのかと、途方に暮れる想いになった。
「さっきの妖魔は、何血?」
「4血ぐらいかな」
「あの恐ろしさで、たった4!?」
驚く天登を尻目に、小雪はスタスタと歩き出した。




