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Ep.9 快晴の町、あるいは止まぬ豪雨

 

「皆さん、ちょっと、これ、あの、俺」


 よくわからないものを目にした俺は、パニックを起こしながらカードを見せた。


[なんですか、これ……]

「うわ、うわ、うわ、うわ……」

「ちょ、っと……これは……」


 セプトは目が死んでいるし、ルークさんもセレスさんも、セプトの時よりも酷い顔をしている。


「おいおい……ちょっと兄ちゃん、これはシャレにならんよ……」

「見た時点である程度厄介ごとを覚悟してましたけど、これやっぱりヤバいんですか?」


 本当に不安なんだが。持ってるだけでマズいんじゃないか、これ。


「厄介ごと、とかそういう次元じゃない。【事象】なんて人間が持っていい力じゃないんだよ。過去にそれを得た人間はいないわけじゃないが、成長してスキルもろとも精神的な変化を遂げたやつ以外は、その代償のせいでまともな最期すら迎えられていないんだ。そのぐらい、恐ろしいもんなんだよそれは。裏面の呪詛に関する記述を見た時点で大体察してくれたとは思うけれども」


 成長しなければ、まともな死に方すら、できない。そら、そうだよな。

 いや、それはどうでもいいさ。どうせ成長しようとしまいと、俺の死ぬ場所は間違いなく――。


「君が、死ぬ時の事などどうでもいい、と思う本物の復讐鬼ならもう一つ。」


 セレスさんは俺の心を読んでいるのではないか、と思うぐらい的確に考えを当ててくる。

 何も否定できなくて、俺はうつむいた。


「このスキル自体の何が恐ろしいって、成長前から異常な性能であることじゃ。挙句、どんなスキルでも、適切な手段をとれば抵抗することができるはずなんじゃが、ここに()()()()()()()と明確に記載されてるぞなもし。……さあ、どう思うんじゃい?」


 つまり、これを悪用すれば、どんな強力なスキルを持っている人物相手でも抵抗を許さずに、「スキルの使い方」や、「戦い方」や、「自分のスキル」や、……最低だが、「呼吸のし方」などの記憶を封じれば、無力化することも殺害することも容易い、ということだろう。

 こんな力、一度でも使えばその危険性は容易く理解されてしまうだろう。


 まあ代償が不明瞭だし、軽々しく使うつもりは最初からないが。

 まあ仕方ない。俺が先刻望んだのは、狭く苦しいあの場所から扉を開けて出ることであって、もう一度やり直したとしても間違いなく同じ選択をするだろうから。


 俺は、決して失敗はしていない。

 そうでないなら、何が正解だったんだ。望みに正解など、きっとありはしないのに。


「絶対に、この力は他人には隠し通します。俺自身が利用されるのはどうでもいいですが、結果として周りの人が酷い被害を受けるのは目に見えている。それだけは避けたいし、代償も抽象的すぎてどんなものかも分からない以上は使うつもりもない」


 全部本音だ。こんな嘘なんて、つけるわけがない。


[……何があっても、無理はしないでください]

「ああ、もちろん。無理して倒れたら、ゴールにたどり着けないからな」


 あの忌々しいクソ兵士をぶっ潰したい、その気持ちだけは絶対に変わらない。

 あれを潰すためには、まず強くなって、そして到達しなければならない。


 どうやってあそこに戻れるかはわからんが、セプトの口ぶりからして手段があるようだから。

 俺はあの日を、あきらめない。


「……しかし、バレた時に危険すぎるからのう。こりゃ、普通に保護するのは無理じゃな」


 ため息をつかれた。迷惑をかけてしまっているのがよりハッキリわかって、心苦しい。


[ということは?]

「……はは、連中に会わせて情報を得て立ち回るしかないのう。友達を裏切って追い出すわけにもいくまいからのう。というわけでルーク、近場の武器屋まで行くからあとの事は頼むぞよ」


 つまり、俺たちは。"クロックワークス"の人間と会うのに見合った、またはそうせざるを得ないほど面倒なスキルを得たということか。そして、会う前に装備を整えに行く……と?


 いや、そうと決めつけるにはまだ早いか。こんな力を持っているなら、非武装状態のほうがまだ安全だと判断してもらえる可能性が高い。もしかしたら、他の狙いがあるのかもしれない。この世界ならではの何かが。


「了解だ。もう二度と面倒ごとを持ち込むなよ、面倒ごと本人が自ら来るのは歓迎するがね。またな」


 ルークさんは、俺たちを笑顔で見送ってくれた。

 セレスさんのことは、睨んでいたけど。


 セレスさんに促され外に出ると、教科書に載っている西洋の町の絵のような景色が広がっていた。

 それなりに人が行き交う町には、柔らかい日差しが降り注いでいた。


 俺の真っ暗な、嵐のような感情とは程遠い。


 歩き出しても3人そろって一言も口を開かず、セレスさんの歩くのに俺とセプトがついていくだけ。


 ……天気も、周りの人の笑顔も、町並みも。

 まるで俺たちのことを、バカにしているようだ。

 いや違う、そんなはず、あるわけがないだろう。


 3人の間に流れる気まずい空気の中、地面を踏みしめながら、俺は考える。


 もしも、あのスキルのせいで俺の心が壊れて、思い出すのは何だろうか。

 罪だろうか。罰だろうか。喜びか、怒りか、悲しみか、それとも、幸せか。


 何を失うのだろうか。

 力か。恩人たちの命か。記憶か、感情か、心か、それとも、"俺自身"か。


 俺が望まなくても、この力を使う他ないという時がくるのは間違いない。

 例えそれで、何かを失うとしても、俺は誰かを救ったり、他者のために力を振るう決断を下せるか。

 決断を下したなら、果たして、何を失うのだろうか。


 何も失わずに力を使えるセプトが羨ましい。


 得られた力をどう使うか。それは、今の俺にとって最大の問題だろう。

 最大限の力を引き出せれば最強の力となる【ブレイヴ・デバイス】、厄介な呪いつきで使い方次第では強力な切り札になるといえる【事象】スキル。

 今の俺には完璧には使いこなせないが、どれも強力なのは間違いない。

 そこに、新たな力も追加されるんだ。腹をくくらなければ。


 ああ、半端じゃない力を制御できるセレスさんが羨ましい。


 いつ道を踏み外すか分からない以上、いっそ誰かに殺してもらう手段も用意をすべきか?

 俺よりもはるかに実力のある人がいるし、俺よりも頭の回る人もいるし、全部任せれば……


 いや、おいやめろ、それは、それだけは絶対にダメだ。

 なんで俺は、俺を助けてくれた人に殺してもらおうと考えているんだ?


「酷い顔しちゃってるし、目の色も変色してるぞよ。何を考えてるんじゃい」

「あ、め、目がおかしいですか?」


【事象の呪詛】にあったな、目の色の変化。

 どんな色がどんな感情なのかが分からなければ変色してもどうってことはないが。


「ああ、黒かった瞳が暗い緑色に変化しておる。どんな感情を抱いているかはわからないんじゃが、ろくでもないことを考えてることぐらいはわかるぞい」

「ふむ……」


 暗い緑。暗い色である時点でろくでもない感情を抱いているのは察知されてしまうか。

 アー、次カラハ上手ク隠ソウ。うん、それがいい。


「まあいい、今はこれからの事で思い詰めるんじゃなくて、今の事だけ考えて、前を向け。はい、この話は終わり、次は君の質問タイムじゃ!」


 セレスさんは笑顔で手を叩き、質問を促す。まあ、この場で聞けることといったらあれしかない。


「では、武器屋に行くのはやっぱりすぐに戦う技術を身に着けてほしいから、ですか?」

「違う。本当はまだまだ戦わせたくなかったんじゃが、あえて強力な呪詛のかかった武器を持つことで、【事象の呪詛】によって呪いを引き寄せられるのを抑えるのが狙いじゃよ。呪いというのは全てにおいて、予想がつかないからの。しばらくは、その【事象の呪詛】対策を最優先にすべきじゃろうな」


 既にこんな呪いのかかった身なのに、力どころか呪いが追加か。

 呪詛のかかった武器……まあ、地球のよくあるRPGの呪いの武器みたいなものだろう。そういうのは多分武器屋の人間に聞くべきだろうし、ここで質問すべきではないか。


[さらに、不本意ながら、貴方が成長する可能性が最もあるのは戦場でしょうからね。貴方を最も縛るあの憎しみを、断ち切らずとも緩めなければ先に進めないでしょうし……]


 確かに俺には、あの滅びが、昨日のこととは思えない。

 まるで数秒前に見たものであるかのようにハッキリとあの景色を思い出せる。


 ああ、イライラする。頭にくる。怒りのあまりに吐きそうだ。

 この強すぎる怒りも吐き気も、俺があの時の憎しみに雁字搦めにされていることの証拠なのだろうが、同時に、今の俺がこの世界で歩くための原動力でもある。


 今のまま無理にこの気持ちを捨てれば、きっと俺はここで立ち止まったまま、永久に動けなくなる。

 俺が今のうちに膝を折ったほうが、この世界にはいいのかもしれないが。


「……そう簡単に、捨てられるもんじゃないさ。自分から話す分にはいいが、セプト以外のヒトにあの日のことについて言及されたり尋ねられたりしようもんなら、間違いなく俺は耐えられない」


 もしも、俺自身のことが、俺の過去が、誰かによって探られたら。俺の本心や目的について知られたら。どうなるか分からないのが、怖い。

 それだけでない。もしも、誰かが俺の過去を、目的を、笑い嘲り踏みにじったら、そこに、今のように、他者と会話し思い悩み考える、ヒトとしての自分の心が存在しているのか分からない。


 だが、恐怖を上回る怒りが、確かに俺にはあった。


『第二に、その精神は逸脱して、思考回路は外れて、決して、人として生き続けることはできぬ。』


 あの呪詛は、俺を何にしようとしているのだろうか。


 復讐は果たしたい。だが、それは冷静さと理性をもって果たすべきだと思っている。

 激情にかられたとしても歪まずにいられるかどうか、まだ分からないけれど。

 少なくとも、今のままで復讐しようとすれば。

 感情の所為で心が歪んでしまうのは……間違いないだろう。


[だからこそ、一刻も早くってことですよ]

「わかってるさ……でも、ヒトの感情ってそう簡単なつくりをしていないだろう」


 俺は、今を見ろ、前を向け、って言われたそばからこんなにもウジウジしているんだ。

 感情っていうのは面倒くさいものだ。制御なんて簡単にはできない。


[……そうなんですか。なんだか、微妙にわかりませんね。]


 セプトは、少し悲しそうな、理解できないという顔をしながら、俺の目を覗き込んだ。


「わからないんなら、少しずつ理解すればいい。なーに、時間くらいいくらでもあるさ。みんなで頑張っていこうぞ」

[ええ、ありがとうございます]


 俺がどう返答するか考える暇もなく、セレスさんが話を済ませてしまった。

 まあ多分、俺にはそういうフォローは向いていないだろうから、黙っているのが正解なのだろう。


「さ、もう少しで武器屋じゃぞ。あそこの店主は頭が岩どころかダイヤモンド並みに硬い頑固野郎じゃから、ふたりも気を付けるんじゃぞ」

「[はい]」


 武器屋を目指し、3人はまだ歩いてゆく。

 雨はやんだが暗雲に覆われた俺の心は、この空と日差しを受け入れることがまだ出来ないけど。

 そう、時間はある。それができるかは分からないが、ゆっくり、少しずつでも……変わっていけたらいい。少しずつでも、変わりたい。


 分からないことだらけの世界ではあるが、「変わりたい」と、初めて心の底からそう望めたのは。

 それが彼女たちのおかげであるのは、確かな事実だろう。


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