Ep.8 手にするもの、あるいは望み
……顔面が、痛い。赤くなってはいなさそうだが、目を開けられない。
「到着ッ! さ、二人をよろしくなのじゃ!」
俺が震えながら顔面を抑えている間に、もう到着していたらしい。
セレスさんは俺たちの背中を押したので、慌てて手をはなしてバランスをとった。
「ようこそ、ここはフラーレン最南端の町、"メリディナリス"の【ギルドマシーン】管理部です。」
押されて、ふらふらしながら前進して、目の前にいたのは身長が馬鹿でかいマッチョ。
あ、俺死んだかも。とさえ思うレベルの巨躯なマッチョ。
「ん、なんで固まってるんですか? もしもーし?」
地の底から響くような声でそう言われながら、肩をぽんぽんと優しく叩かれる。
手の感じが優しいとはいえ、やっぱ死んだかも……と、本能的に感じてしまった。
「……はあ。セレス殿も人をからかいすぎるのをやめろ。連絡は聞いてるが、ギルドマシーンに触るのも初めてなら俺みたいな【竜種】見たことないに決まってるだろうが。お二人さんのこの反応、お前さん……俺について一切話をせずに来たな?」
竜種?
言われて初めて、気づいた。
体がでっかい分、焦って背中の状態を確認する心の余裕なかったけど、この男の背中には羽根がある。
ドラゴンとか男の子のロマンじゃねえか。刺さるわー、俺のちゅうにごころに。
いや、欠片もそうは感じていないのだが。恐怖のほうが強いに決まっているのだが。
「は、ははは……さて、なんのことじゃろか」
「おいセレス殿、その辺何も考えてなかったのではあるまいな!」
「ひぇ! ルー君、ご、ごめんちゃーい……」
「ルー君と呼ぶな! 俺はルークだ!」
彼女、ずいぶんと、この怖い……じゃなくて、このインパクトのある人と仲良さげだな……
セレスさんにはルー君などとあだ名で呼ばれているようだ。ルークさん、か。覚えておこう。
しかし随分と楽しそうにしゃべっているが、友人同士なのだろうか。でも、ルークさんはセレス殿、と呼んでいるから、友人というにはどこかよそよそしい気も……。
まあ、出会ったばかりの人間のことを色々追求するのは後々厄介事を生む原因になりそうだ、そっとしておくことにしよう。
「で、確か新規の【カード】の発行と【スキル】の鑑定だけ、【職業登録】と【ギルドマッチング】なしだっけ?」
そうだ、そのためにここに来たんだ。恐怖と考え事のせいで忘れてたりとか……す、するわけがない。
「そうじゃな。それ二つはわしが預かる連中がやる必要はないし、の。まずそっちのうすーい女子を先に頼む。物体には普通に触れるから設定は通常のままでいいぞよ」
「あいよ、わかった。じゃあ、お嬢ちゃん。そっちの扉開けて、部屋入ってくれ。部屋に入れば、どうすればいいかは自然とわかるから、説明は省かせてもらうよ」
[了解です。よろしくお願いいたします]
「あいよ、お嬢ちゃん」
セプトはその返事に何故か満足そうに頷き、右にある扉の中に消えていった。
扉が閉まると同時に、扉の上のランプが火が灯った。
前が見えないのでルークさんから一歩離れて周囲を見渡すと、病院の受付のようなカウンターの奥に、とても大きなコンピュータのようなものがあった。なるほど、あれが【ギルドマシーン】か。
「さてと、俺は奥に行ってマシーンを動かしてくるから、頼むから大人しくそこの椅子に座って待っててくれよ。またマシーンに接近されたらたまったもんじゃない」
ルークさんはそう言いながら、セレスさんに目線を送る。
まあ確かに、好奇心を優先する生き物は、たとえ好奇心に猫を百匹殺されても優先してしまうものだろう。し、仕方ない。
「も、もうしないのじゃ!」
「本当かねえ」
セレスさんがむすっとしながら焦って言い返しているのに見向きもせず、ルークさんは奥へと入っていった。
「セレスさん。怒られたこと、あるんですか。」
「まあ、それはこっぴどくな。あれって、【竜種】以外は近づいたら本当は危険なんじゃよ。」
へえ。この世界にはそういう種族がいる、とかで片付けておくつもりであるけど、そんな種族限定でしか近づけないものってことは、やはり装置自体もかなり危険なものなんだろうな。いや、重要な機械に多くの人を近づけないよう、あえて危険にしている可能性もあるか……。
「……うし、鑑定も発行も無事完了したぞ。」
セレスさんと話しているうち、といっても話し始めてまだ2分も経っていないが、ルークさんがやってきて、それと同時に、セプトが部屋から出てきた。
その手には、カードが一枚握られていた。青く、鉄のような光沢のあるカードが。
[セプト、ただいま戻りました]
「おかえり。しかし、意外と早いもんですね、これって普通なんですか?」
尋ねると、セレスさんは急に接近してまくしたて始めた。
「いや、こいつの仕事の速さはとんでもないぞ! ルー君などを基準にしたら、他の連中はどうなることやら。通常の速さを1とすればこやつは1万って考えていいレベルじゃし、それに……」
「はいはい、褒めてくれてありがとう。俺も迅速な対応ができるよう、かなり頑張っているんでね。まあ今はお嬢ちゃんのそのカードのが大事だが。そして俺はルークだ。普通に呼べ」
これはもう、惚れてるのかなー、と思っちゃうほどに褒めまくってる彼女の発言を、ルークさんは止めて、セプトにカードを見せるよう促した。そしてあだ名を拒絶した。
「どんな感じなんだ?」
[……アキラ、あなたも確認しておいてください。お互いの事を把握するのは大事なので。ルークさんも、セレスさんも。]
そう言いながらセプトはこちらにカードを渡してくるので、見ると……
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[名]セプト
[スキル]【魔力】モノクロームハート
全身の魔力を振り絞り、魔法適性レベルの魔法を放つ。"他者の感情に介入する"魔法のみ使える。
感情の根源に触れれば感情の抑制も変更も思うままだが、異常に強い意志で抵抗されると失敗する。
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「なんだこれ。なんなんだよ、これは。分からん」
思わず、本心が出る。セレスさんも『うわあ……』って感じのことを思っている顔をしている。
「とんでもなく、変わってるな。心をいじるとか、まあうん。個性だな」
うん、自分に使えないから交渉に利用するのも無理。しかし、他者の感情をいじって、下手に何かのスキルで感知されたり抵抗されても危険そうだし。
使い勝手、絶対悪いもんな。
[それは私が他人の心に土足で立ち入るような、デリカシーゼロ娘と言いたいんですか?]
「そういうわけじゃなくてだな。その、正直に言えば、心に介入する魔法って、上位スキル一歩手前なんだよな。その、ちょっと将来性を考えると心配でな……」
……ん?
「上位スキルって何ですか?」
俺がそう言った瞬間に、ルークさんは鬼の形相でセレスさんの方を向く。
「……セレス。おい、お前さん?」
「ごめんなしゃいいいいいいい!!!!」
やっぱりこの巨躯で凄まれると、俺に対してじゃないってわかってても怖えええぇぇ!!
「上位スキルってのは、【技術】の上位なら【偽術】……みたいに、ラベルのどこかが偽物の偽って文字に置き換えられてるスキルのことだ。それらは通常のラベルのスキルをはるかに上回る強さを誇るんだが、どんなものであっても代償が発生し、通常のものよりもはるかに酷く理不尽な代償を要求するもんだ。こんなの持ってんのは上位貴族とか、国に雇われる公務員サマぐらいじゃねえか?」
ルークさんはセレスさんをにらみつつ、説明してくれる。
なるほど、そんなものが。
「つまり、そこのお嬢ちゃんは成長したらかなりヤバい、ってことだ」
ああ、強くなれそうだが同時に厄介ごとが押し寄せそうだな。
相変わらずセレスさんを見つめる目はガチのままだ。
「まあ、そろそろお兄さんの鑑定を行うか。アキラ殿、セプト殿の入った部屋に」
セレスさんから目を離したルークさんは、こちらを向いてニコリと笑った。
おぉ、セプトが一回呼んだだけなのに、もう名前を覚えてくれたのか。少し嬉しい。
「はい、よろしくお願いします!」
――俺はすっと礼をし、部屋の扉を開ける。何が起きるのか、ワクワクしながら。
そして、足を一歩踏み入れる。
「……わあ」
思わず声を漏らす。
その小さな部屋は真っ白な壁に囲まれていて、地面には一本の剣と靴があった。
さらに、部屋の中央には猫足テーブルがあった。
テーブルの上には青い鉱石と、透明な鉱石によって装飾が施された美しい燭台があった。
思ったより機械っぽさはないが、なんだか少し不気味に感じた。
「何をすればいい」
『望みを、その手に』
口にした俺の疑問に答える言葉が、どこかから返ってくる。
「俺の望み、か」
『貴方の望み、貴方の希望』
言葉を発するたびに、どんどん苦しくなる。
姿が見えない声の主とか、儀式みたいとか、不気味な部屋とか、そういうのが嫌なんじゃなくて。
ただ、この閉じられた空間を。閉じられたものを。開きたい。
俺は、ここに押し込められたくない。
俺の体は180度回転し、何も手に取ることなく"ドアノブを手にし"開けた。
――部屋から出た俺の手には、いつの間にか一枚のカードがあった。
白い枠に銀色の金属がはめられたような見た目をしていた。
セプトのものと違って、異常な量の文字がびっしりと表裏両方に刻印されていた。
「ただいまです」
[おかえりなさい、アキラ]
なんだか、不思議で、温かい気持ちになった。
改めて、カードを見ると。
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[名]アキラ
[スキル]【事象】記憶の門番
嫌な記憶を封じ、その心とともに閉ざされた記憶の扉をこじ開ける。使うたびに心を摩耗する。
どんな記憶でも、封印も開放も簡単にできる。また、どんな手段をもってしても【抵抗不能】。
門番の心が壊れたとき、その者は最も大切なものを思い出し、二番目に大切なものを失う。
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「……なんだ、これは」
存在を聞かされていないラベル。文面から漂う、明らかな異質さ。
心を摩耗する。大切なものを思い出して大切なものを失う。
内容が穏やかではない。額を伝い、頬に汗がつつと流れた。
焦りながらカードの裏面を見る。
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[特殊]【事象の呪詛】
望みにより、汝は過ぎたる力を得た。その代償は呪いによって払われる。
第一に、その感情は増幅され、眼の色に反映され、決して、激情を抑えることはできぬ。
第二に、その精神は逸脱して、思考回路は外れて、決して、人として生き続けることはできぬ。
第三に、その呪いは増幅して、周りの呪いを寄せ、決して、いつか自分を呪わずにはいられぬ。
成長なくして、汝の未来に光は無し。
その未来に希望を望むならば、汝の望みに偽りを。あるいは、汝の望みの真実を。
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そこには、気味の悪い詩のように、悪趣味な物語のように、おぞましい呪いが綴られていた。
額を、頬を、また汗が流れ落ちていった。