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Ep.5 門番の兵士との諍い、あるいは虐殺

 

「疲れた……もう、足が動かん……」


 町の近く、つまりフラーレンとこの区域の境の、国境の門の付近に到着したころには俺はへとへとだった。


[我々、現地のお金持ってないので、まずどこかの依頼斡旋業者に……いや、そもそもギルドマシーンと接触してないからまともに動けないですね……ふむむ、どうしたものか。

 とりあえず、へばらないでください。ここにいるのはまずいです。不審がられますよ、国境警備兵に。]


「無理だ、生身の人間には。これ以上は。」

[『キアイがあれば何でも』……とか、言うじゃないですか!]

「存在しない体力(モノ)を根性論でどうにかしようとするなッ!」


 叫んでしまう。あれだけ機械みたいにガッチガチだった性格はどこに行ったんだよ。

 まあ、あんなに冷たいよりは、こうして温かみがあった方が良いに決まっているが。


 はあ、と俺がため息をつくと、急に背後から低いトーンで怒鳴る声が耳に刺さった。


「おい、貴様ら何者だ!? おかしな恰好をしているし、怪しいぞ! しかもそちらの少女、透けているな……貴様! 召喚士のスキルの使用は、この森では制限されていたはずだぞ!?」


 バレたあああああああああ!

 これは100%俺のせいです、ごめんなさいいいいいいいい!!!!


 しかも俺の服装では、中世ファンタジーな世界では目立つ!

 全く、どうせ転移するなら、着せ替えもしてくれていいだろう!?


 というか、召喚士なんているんだね。こんなところで知識をつけられるとは!

 うん、顔面真っ青になるな。それどころじゃねえもんな!


「おっとぉ……新人いびりの現場、げーっちゅ! よーし、王国の広場に現像してやったろ!」


 急に目の前の兵士の後ろから声がしたのでそちらを見ると、ローブを身にまとい、おかしな顔、というか顔文字の「しょぼん」のようなものがデザインされた帽子をかぶる少女の姿が。


 それを見て俺は思った。うわあ、愉快な人がやってきたぞ……と。

 しかし、彼女は何一つ愉快じゃない人だった。


「おやおや、誰かと思えば。下位貴族のセレス様?」

「貴方様は確か3日後の帰宅と聞いております!任務を放棄して帰るおつもりですか、それとも雑な仕事の帰りですか!? そうでなければ、説明が……」


 貴族ですか。そうですか、っていやいや、なんで平然といんの!?

 というか、門番の兵士が貴族を煽っちゃダメでしょ……。


 そのさらに後方にいる兵士も、つっかかる二人の兵士を止めようとするどころか、ニヤニヤしている。

 おかしい、中世ヨーロッパに近い世界と考えれば、普通じゃない。何が起きてるんだ?


 彼女は二人の兵士に何を言われても無視していたが、兵士が仕事の事について揃ってけなし始めた瞬間、ふるふると震え始め、鬼の形相で叫びだした。


「……もうよい、黙れ。この森においてのスキルの使用は制限されているが、命の危機を感じた場合には一切の罪を問わないということになっておろう。門番のくせにそんな知識もないとはな。」


「な、な、な……」


 反撃されたことが意外だったのか、兵士は動揺し始めた。

 俺が予想するに、この兵士が「下位貴族」と言った事から、そこの兵士ども(クズたち)には上位だか上級だか知らねえが、このセレスと呼ばれた女性よりも身分の高い人物の後ろ盾か何かがあるのだろう。


 それで、そこの人が反撃できないと想定して、一方的に……。

 本物のクズだな……とはいえ、俺には何もできないし、そもそもこれについてはほぼ部外者だ。

 踏み込む方が、逆に無礼だろう。俺は、あいつらみたいなクズには絶対ならないと心の中で誓うこと以外余計なことはすべきではないな。


「そもそも、貴様が脅した時点で混乱している様子のこいつが、フラーレン近辺に関する知識があるかもわかるまい。それに、ここでは転移者の目撃がしょっちゅうあるんじゃぞ? このアルカレスの裏側からやってきた可能性について考慮していないのか?」


 転移者? もしかしたら、俺以外にもいるんじゃないのか。

 異世界人が。そこのセレスさんとかいうひとの服からして。


「は、話がちが……いえ、申し訳ございません!! ど、どうかお慈悲を……」

「お、お助けを……!」


 二人の兵士は抱き合って泣き始めた。なんだか、わざとらしい気が、するが。


「まだじゃ。それ以外にも、私の仕事にケチをつけるなどというふざけた真似をしてくれたじゃろう? なんだ、門番の仕事もまともにできず3日前に犯罪者を素通しにした貴様は、私より優秀だと?」


 なるほど、仕事にプライドを持っているタイプの人間か。

 それなら、仕事についてけなされたら怒るに決まっている。門番、頭が悪いな。


「すみません……どうか、命だけは……」


「もうよい、貴様のような無能を生かしておけるか。お前らは、()()()()()()()()()()()。」


 恐れおののいている兵士に向かって彼女が指を振ると、二人の兵士は消えた。

 消える直前、一瞬彼らはニヤついていたのだが、消滅してしまったので何故なのか、わからなかった。


 目の前で人が消えたというのに、ここに来る前に地獄を見てきたからか、またはあいつらにイライラしていたざまあと思ってしまっているからか、それとも一瞬で人が消えたために人の死を実感できないからなのか、はたまた俺がサイコパスなのか。


 俺は、全くと言っていいほど何も感じなかった。ただ、消えたなぁと思った。

 自分が壊れてしまっていることを自覚して、吐き気がしてきた。


「う、ウソだ……あいつらは、魔法効果を跳ね返すマジックアイテムを身に着けていたんだぞ……これで貴様を始末すれば、我らが主の上位2位貴族の当主のキリモ様に―」


 ああ、やっぱり俺の予想当たってたのか。的中ボーナスとかくれねえかな。などと、のんきなことを考えている場合ではない。本能が警鐘を鳴らす。


 セレスさんから背筋が凍るほどの殺気を感じて、汗が噴き出る。


「黙れ。その名を、口にするな。()()()()()()()()()()。」


 再び彼女が指を振ると、兵士が喉や口を抑えて転げ回りだした。

 しゃべりたくてもしゃべれないので、パニックに陥っているのだろう。彼女の口ぶりからして。


 なぜなら、転げまわるほどの苦痛を感じているはずである、絶望の表情を浮かべている彼らは、悲鳴を一言も発していないのだから。


「――ッ!! !!!!」


 サーッ、と血の気が引いた。ちょっと怖い。


「……あー、こ、怖い現場を見せちゃって、ごめんちゃーい……ってやっても、怖いよね。大丈夫。私は、君の味方――」


「いえ、みなまで言わなくてもいいです。理解しているので。

 口実なのかもしれませんが、少なくとも最初は、僕のために動いてくれましたし。

 それに、侮辱や略奪などに対する復讐や逆襲って許されるべきだと思っているので。」


「そうかの、ありがとのう。」


 平常の口調がこうで、顔文字の書いてある服を着ていて、俺の弟ぐらいの歳の女の子。

 何より、その声の耳触りのよさ。なつかしい気のする、雰囲気。


 確かに、怖くないと言ったらやっぱり嘘になるが、この人は信用してもいいと、俺の勘が告げている。何より、立場が弱い人間なら――。


 違う、そんなこと考えたらさっき消された連中と一緒だ。違う。俺は、違う。


[はー、さっきの兵士はクズでしたねえ。スカッとしましたよ。それはそれとして怖いです。]


 そりゃあ、まだ目の前で兵士が転げまわっているのだ。怖いに決まっている。出会い方が違えばこうなっていたのは俺達かもしれない、などと考えて先ほどから流れていた汗の量がさらに増えた。


「ふむふむ、じゃあお友達になれば解決じゃの!()()()()()()()()()()()を出しちゃうぞお!」


 彼女がそう言うと同時にセプトの頭に四つ葉のクローバーが生えた。ポン、と音をたてて。

 半透明の女性の頭から四つ葉のクローバー。いや、シュールにもほどがある。


 この状況下でお友達になれとは、怖い。ここの常識なのかもしれないが、怖い。


「雰囲気とかなんか色々、全部ぶち壊しだよもう……」


[シリアスで苦しい空気であるよりはいいでしょう。このクローバーは、ありがたくいただきますね。]


 言いながら、ブチッと頭からクローバーをもいだ。

 笑顔で自分の頭からもぐな。絵面が最悪にもほどがある。


「ふむ……しかし、変わった格好じゃのう。どこから来たのじゃ? 君たちは、普通の人と違って、わしの知識欲を満たしてくれるかのぅ? ニヒュヒュ……。」


 笑い方がおかしい。いや、おかしいと言えば最初から何もかもおかしかったが。

 相変わらず、後ろで転げまわっている兵士たちが気になるし。落ち着かない。


 しかし、知識か。俺の元居た世界について……言っていいもんでは、ないよな。


「ああ……その……その辺の説明が、難しくて……。」


 誤魔化したい。詳細を述べるのは、マズいかもしれないんだ。


「……ここで無理なら、とりあえず、行くかの? わしの家。というか、屋敷じゃのう。

 何か知識をくれるというなら、約束するぞい。君たちの身柄を守ると。」


 うわっ……何が何でも、話を聞こうというのか。


[あの、セレスさん、というんでしたよね。その……非常に傲慢で言葉にするのも憚られるのですが、身柄を守ること以外にも、いくつかの約束して頂きたいのです。

 その対価として、普通では得られない、非常に珍しい知識を授けるとお約束しましょう。]


 ナイスフォロー! ありがとう、セプト!

 俺にこういう交渉とかに関わるコミュ力は備わっていないし、助かる!


 まあ、怖いことには怖いが、心のどこかで、この世界で初めて信用のできる人間にこんなにも早く出会えて、安心はしているし。


 それに、恩人に恩を返すことは大事だ。受けた恩を忘れるのは、クズすることだ。

 俺はクズにはなりたくない。


「なんじゃの、遠慮なく言ってみよ。その分つまらん話じゃったら、明日以降はわしの友人の宿で住み込みで使用人じゃからな。」

[……我々が話すことを口外しないこと。フラーレンで流れているウワサについて教えてくれること。最低限、この二つはお願いしたいのです。]

「ふむむ、問題ない。まだあるようであれば、二つは許容してやるぞよ。君たちは面白そうじゃしの。」


 笑顔で言うセレスさんに、俺は心の底からゾッとした。試されている気がした。

 怖い。背景で転げてる兵士が余計恐怖を引き立てているし、汗もそろそろ止まらないと脱水になりそうだ。


[ありがとうございます。ならば、もし我々は手を貸す価値がある存在であると認めていただけたら、ギルドマシーンによる初回登録と、あなたとお友達になる権利をください。]


 ……ギルドマシーン。いつか、俺が壊さなければならないかもしれないもの。

 そもそも、ギルドシステム自体をどうやって破壊するかも分からないのだから、この世界の摂理に従って情報を集めてから挑むのは間違いなく得策だろう。


 それにしても、後者の要求。コネにも心象アップにもつながるかもしれないが、真逆の事態を引き起こす可能性もある。彼女の人間性によって、意味は大分変ってくるだろうが、どうなるかな。


「……く、ひゅっひゅっひゅ! よもや、わしのような人間と友になろうとするとはのう!

 よかろう、そんな変わったことを要求するんじゃ、話の内容、期待しておるぞ?」


 無事に、丸めこんだ。一安心、か。

 考えれば、下級であるが故に上級貴族にも嫌われていそうで、また貴族であるが故に平民にも嫌われていそうな彼女の友達は、間違いなく少ないだろう。どうやら、彼女はそこを気にするタイプのようだ。


 気にしないなら、友達になる要求を馬鹿にして一蹴するだろうしな。


 この奇抜な性格。時に感じられる、悪寒と恐怖。友達はできにくいだろう。

 とはいえ、友達になることを要求するという発想は普通ない。心はがっしり掴めるに決まっている。結果を見れば、確かに理屈はしっかり理解できるな。


 恐るべきはこのセプトの予測力と脳ミソ力だな……。


[ええ、ご期待に沿えると良いのですがね。]


 その笑顔の奥に、何を隠しているのか。俺にはさっぱりわからない。

 やはり女子は恐ろしい。


「さて、善は急げじゃ。()()()()()()()()()()ぞよ!」


 セレスさんがそう口にした瞬間に、辺りが光に包まれた。


「わ、わわっ」


 その白い光は、俺の目を容赦なく貫いた。

 ふらついて、しまう。


 その様子をからかうつもりだったのか、セレスさんは言う。


「わしから離れるでないぞぉ、ニイチャンよぉ!」

 『ニーチャン!』


 混乱しているせいか、その声が頭の中で反響して、なつかしい弟のあの声と混ざる。


「……ッ!」


 心に広がる混乱の中、目の前に一瞬、あの瓦礫の山が広がった。


 ギチ、と歯が音を立てる。俺が、歯を食いしばったからだ。


 ああ、なんで俺は、あの憎しみを、激情を、忘れかけていたんだ。混乱など言い訳にならない。俺は何をしにここに来た? 俺は何のためにここに立っている?

 

 そう自分に問う、自責の念を。

 目の前にいる無関係な少女にリオ、と呼び掛けてしまうのを。

 憎い機械兵の姿を思い出して、叫ぶのを。


 何もかも全部、嚙み砕いて呑み込んだからだ。


[……]


 心配そうに、セプトがこちらを見つめる。

 彼女には何もかも見透かされているようで、俺は。


「わあああああああぁぁっぁぁああぁぁぁ!!!」


 耐えきれなくて、目を抑えて、光で目がつぶれかけたフリをして、叫んだ。

 表に出しきれない、飲み干せない、こらえられない、やり場のない感情を、空に吐いた。


 あの瓦礫を踏みしめたときの嫌な感覚が。足に張り付いて、剥がれない。

 弟の死は、やっぱり俺の罪なのか?


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