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Ep.3 災厄世界からの脱出者、あるいは悪魔

 

「……ぁ……ぅぅぉぇ……」


 喉から意味もない音が漏れ出る。もはや呼吸することさえ面倒に感じる。

 何故、生きているのだろう。何故、あの時に弟だけを建物に突っ込んだんだろう。

 なぜだ。なぜだ。なぜなんだ。


 右手で弟の手を握りしめて、左手でスマホとシャーペンを握りしめて。

 唇をかみしめた。口の中は、いつの間にか鉄の味がし始めていた。


[やはり、凡骨では精神が持たなかったようですね。そんな精神ではもう……。]


 また、後ろからあの、駅でぶつかった女の人の声がする。

 周りがうるさいのに、その声だけは何故かはっきり聞こえる。

 ああ、知っていたなら。何故、どうして、物理的に何もしなかったのだろう。

 なぜなんだ。怒りが、憎しみが、収まらない。こんなことしても、何もないのに、でも。


 思わず弟の手を放し、彼女の胸倉を右手でつかんで空に彼女の体をかざす。


「なんで……なんで……!」


 本当に、こんなことに意味がないのは、わかっているのに。


[私に怒るのも最もですが、そのような場合ではありません。

 このままでは、この街にいる人間がすべて死にます。

 回避する手段を得る権限は、貴方様がたった今獲得なさいました。

 起動キーを手にしたのですから、世界一位の権限を優先されて、当然ですね。]


「なんなんだよ、権限だのなんだのって!」


 口をついて出た言葉は、やはり疑問だった。

 何一つわからない最悪な状況で、俺にできるのは質問だけだった。


[……私は、端末です。あなたをあるべき場所へ送り届けるための]


 女の人の言葉と同時に、また、どこかから爆発音がした。


「はあ?」


 質問に対する返答を聞いて、俺は首を傾げた。

 何を言っているのかさっぱり分からない。


 しかし、次の一言で、俺の心情は一変した。


[あなたは先刻の"機械兵"の攻撃により、あれを構成する粒子に汚染されて力を得ました。

 元々適性があったので、その力に背中を押されることで、権限が完全に発動したようです。

 ……【崩壊】を、"終わらせるための力"を得るための権限を。]


 終わらせる。これを。あのデカブツを。

 たくさんの人を、何よりも俺にとって一番大切な弟を、間接的に殺したあれを。


「……あれを、止められるのか?」


[ええ、貴方はそれだけの権限を与えられていますので。]


 力を、得られる。弟の仇を、討てる。

 それでいい。それだけで、いい。

 あいつが望まなくても、それができるなら―。


 この女性に対して怒っていたのは八つ当たりだ。そりゃあ、あのでかいのに攻撃なんかできないから。

 だけど、それをできるなら。怒りも悲しみも絶望も、全部あいつに、ぶつけられるならば。


「いいさ、お前の掌の上でもいい。あいつに一矢報いられるなら、なんでもいい。」


[いいでしょう。ならば、改めて、全てを託しましょう。

 ただし、権限を得たとしても、今の自分だけで倒せるとは思わないことです。いいですね。]


 その言葉に頷くと、彼女は懐から、留め具に青い宝石の装飾が施され、チェーンをつけられたペンホルダーを取り出し、俺に差し出した。


[どうぞ、これにキーを入れてください。]


 理解した。先程言っていたキーというのは、このシャーペンのことだと。

 スマホをズボンのポケットにしまい、そのペンホルダーを受け取り、シャーペンを突っ込む。

 手渡されたそのホルダーは、弟のシャーペンを入れるのにぴったり合った長さだった。


「何故、このペンがキーなんだ?」

[時間がありませんので、その質問に答えることはできません。]


 まともに会話している余裕もない。

 そりゃそうだろう、いつここが攻撃されるかわかったものではないのだから。


 またどこかで、人が死んでいく音がした。


「ああ、わかったよ。どうすればいい?」

[では、そのペンホルダーを胸ポケットでもなんでもいいので、どこかに身につけてください。]


 今日の服には胸ポケットがなかったので、ズボンのベルトループにチェーンを使ってひっかけた。


「身に着けたぞ。」

[それでは、私の言う言葉を後に続いて言ってください。]

「わかった、頼む。」


 なんとなく、思った。

 きっとこれを言ってしまえば、後戻りはできないのだろうと。


 だが、今は。あの巨大な兵士に復讐を――。


[ルベウス……]

  「ルベウス」


 噛みしめるように、言う。


[……サファイラス]

  「サファイラス!!」


 叫ぶ。

 怒りを、込めて。


[音声入力を認識。権限を確認。デバイス、ユーザー登録。執行者名、アキラ。

 機械化因子を刺激。ソルジャー粒子を刺激。活性化。]


 突然、彼女が目を閉じて、言葉をぶつぶつ発し始めた。


 ――"端末"。まさか、何かをするための中継器か何かなのだろうか。


 考えていると、彼女が急に俺の手首をぐっとつかんだ。


[――ブレイヴ・デバイス。起動。]


 瞬間、俺の体に電撃が走るような―実際に喰らったことはないが―痺れと痛みが走った。

 思わず目を閉じる。


 そして、再び目を開ければ、俺の手足は何かの機械のような見た目に、変化していた。

 そして、視界の端を遮る何かがある。……感覚からして、おそらく仮面がついている。


[ブレイヴ・デバイス。現在、浸食率15%。動作可能。跳躍支援ブースター使用可能。

 ブースター使用を申請。……承認。跳躍可能距離、推定800m。推奨、敵の頭部の殴打。]


 姿が変わったのは、俺だけではなかった。彼女は、姿を消していた。

 いや、姿があまりにも変わっていて認識できなかっただけだ。


 彼女に握られた手首に、いつの間にか時計がついていた。

 そして、彼女の声によるアナウンスはそこからしている。

 つまり、彼女は文字通りの端末になってしまったということだろう。


「とりあえず、強くなったから、喧嘩するみたいに戦えばいいんだよな!」


 その場でぴょんぴょん軽く跳んでみる。

 体が軽い。なんかの割合が本来の2割未満でこれということは、本来は相当ヤバい力があるのだろう。


 だが、先刻の彼女の言葉からして、これでも勝てないのか。


 フルパワーにしない理由。彼女の姿の変化。口走っていたことの詳細。

 疑問点は多いはずなのに、目の前にいる仇が憎くて仕方なかった俺は、何も考えずに駆け出していた。


「グルォゥォゥォォォォォ……」


 こちらを向き、まだ僅かに残されていた建物に対して行っていた攻撃をやめた兵は。


「オ゛オオオオオオオオオォオォォォォォォオオォオン!!!!!!!!!!!」


 叫びながら、瓦礫を吹き飛ばしながらこちらに向かってくる。

 それでいい、そのままこっちにこい。俺も、お前を迎え討つから。死ね。壊れろ。


「ッラアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアァァァァァアァァ!!!!」


 地面に踏み込み、空に跳躍する。残されたあらゆる建造物を超える、とてつもない高さまで。

 もはや、機械兵の頭より遥かに高い位置に跳んだ。


 俺が叫び声を上げると、喉が焼けそうなほどの痛みが走った。


[現在、ブレイヴ・デバイスの適応が完全終了していません。

 最高出力を出せば、体が負荷に耐えきれず死にます。なので、制限された性能で戦ってください。]


 先程からゲームのシステムメッセージのようなことばかりを喋っていた彼女が、やっと普通な調子で話してくれたことで、俺は安心しながら、返事した。


「……了解、だ!」


 この力。俺は、使いこなしてみせる。あいつを、可能な限り壊さなければならないのだから。

 俺が空に上昇する速度は急速に遅くなり、一瞬の静止を経て急降下し始める。


[ブースターによる軌道修正開始。攻撃目標、"機械兵"]


 アナウンスと同時に、足の後ろ側に熱を感じた。

 脚、というか踵から、噴射しているのだろう。エンジンで。なんかを。


 軌道修正によって正しい方向を向いた俺は、機械兵めがけて降下していく。


「ぶっ飛べ……これでッ!!!! せめて止まりやがれえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 敵に向けて、拳を突き出す。このまま重力とこの身体の重みに任せて、葬る。


[攻撃アクション。空間歪曲式・殴打特化タイプ『フェイタル・フィスト』、使用可能です。

 発動条件は技名を叫ぶこと、それだけです。どうぞ、存分に力を振るってください。]


 あと少しで、この拳が届く。あと少しだ。


 この時、俺の耳には何の音も聞こえなくなっていた。

 ふと右を見ると、俺がもう一人いる幻を見た気がした。


「一発ぐらいは、喰らっとけよッ!! 『フェイタル・フィスト』ォォォォ!!!!!!」


 叫んだ瞬間、世界が一瞬揺らいで、機械兵の顔面がねじれて、崩壊した。


「やったッ!!」


 一発は、入った。一矢、報いた。


「ウウゥゥ……オオオオオオオォォォォォオォォォォン!!!!!!」


 顔を抑えて悶えている。

 ざまあみろ、俺の弟のほうが地獄を見たんだ。

 もっと苦しめ。もっと悶えろ。人に絶望させたぶん、お前も絶望しろ。


[これ、一応言っておきますが、こいつにとってはかすり傷ですからね。]


「……は?」


 ……少しは苦しんでくれると思ったのに。


[死にはしませんよ。まともに動けないでしょうけど。]


 確かに、人間は顔面崩壊しても、生き残ることはある。

 ならば、頑丈そうなこいつが死ぬはずもない、と。


[フェイタル・フィストを使ったので、1分以内に地面に到着しないと。

 変化が空中で解除されて死にますよ、イチゴジャムみたいになって潰れたくないなら早く]


 おい、そう言うのは早く言えよ。


「おいやめろ、そんな例え話をされたらイチゴジャムが一生食えねえだろうが!!!!!!」

[なんでもいいので、私も死にたくないですし早く]

「わがまま言うな!!!!!!」


 こうして話していて、少し安心した。彼女が、少しは人間味のある子だとわかって。

 ずっと、人間じゃないみたいな雰囲気がすごくして気味が悪かったが、これならまだ安心できる。


 とか考えつつ、俺も死にたくはないので、踵についているブースターを吹かせて一気に加速、降下し、地面につく直前に足をぶんぶん動かしてくるくると回転し、減速しながら地面に降り立った。


 そして地面に足をつけた瞬間に、手足が元に戻り、顔の仮面が消えた。

 危ないところだった、とため息をつく。


 彼女はどうなった、と後ろを向くと、無事元の姿に戻っていた。


「……存外、空を飛ぶってのはいいもんだな」


 あいつを壊すには、人のままではいけない。空を飛んで、街一つ壊せるぐらいにならなければ。きっと届かないと思うと、空を飛ぶことが重要なんじゃないかと思えた。


 何より、あいつの顔、つぶすことによるメリットはそれなりだっただろうし。

 もちろん、その分の代償や犠牲も多いに決まっているのだが。


[飛べません。空中で静止することは不可能です。]


 十分飛んでたような気もするが、あれは確かにいいとこホバリングか何かだな。

 本格的に飛べるようにできないのか。飛べればきっと、あいつを――。


「ロマンとかも、何もないなあ。」


[ロボに変身できるんですし、十分ロマンがあるのでは?]


「それもそうだな。」


 俺はくすっ、と笑った。こんな話をして笑っている場合ではないのに。

 俺は、現実から逃げ始めていたのだろう。


[さて、これで全ての準備は整いました。貴方の長い復讐譚が、始まりますね]


「は?」


 終わったとは言い難いが、顔面崩壊したあれはまともに動けないのだから、癪だがあとは軍隊に任せるしかないのでは?


[おや、貴方はあの兵を徹底的に破壊し、蹂躙し尽くしたいのではないですか?]

「それは、そうだが。」

[そもそも、あの力を除いて、あれを排除できる攻撃は存在しないんですよ。なので、あれの破壊を他者に任せることはそもそも不可能なのです。]

「……そう、か。」


 あのブレイヴ・デバイスというのは、文字通り、"終わらせるための力"と、いうわけか。


[だから、本当にこれを終わらせられるのは、貴方のその力だけ、ということですね。]

「……どうすれば。どうすれば、あれを倒せる? なんでもするぞ、あれに勝つためなら」


 なんだってする。その言葉に嘘はない。

 俺が人でなくなろうが。死のうが。人を殺そうが。アレをどうにかできるならなんでもいい。

 あいつを壊したい。あいつに復讐したい。あいつを……殺したい。


 ああ、俺の心は、もう壊れているのだろうか。


[あなたが、ブレイヴ・デバイスを最大出力で動作させても発狂しなければ勝てます。

 まあ、最低限9割は出していただく必要がありますかね。なんでもしてくれるなら、そのために……]

「に、どうす……」


 どうするんだ? と、言いかけて、俺は地面に吸い込まれた。


「る……?」


 何の前触れもなく時空に亀裂を作るな。心臓に悪い。


[いってらっしゃいませ。私もついていきますが。]


 こんな思い悩んでいる最中に、こんな軽いノリでどこかに転移してたまるか。


「ああああああああああああああぁぁぁぁあぁっれえええええええええええええぇぇぇ!!!!」


 ……と思うも、重力には勝てなかった。

 物理法則に従って、俺の肉体は奈落の底へ落ちていった。


今作、読んでいて句読点が多いと感じると思いますが、ある重大な設定による「仕様」なので、ご了承ください。

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